黒煙とのデュエル 前編
寝てしまったプロをおぶってリチャードは自宅に戻った。
「ふぅ、ただいまーって、誰もいな…………」
リチャードは普段のくせで、ただいまと言った自分にツッコミを入れたが、途中でそのツッコミが成立しないことに気がつく。
「今の俺には……プロがいる」
ドラゴンらしく荒い寝息を立てるプロをベッドに寝かせてあげると、リチャードは彼女の顔を見る。穏やかな寝顔を見せる彼女を見ていると、胸の内でなにかがグッと込み上げた。もう後戻りはできないらしい。
覚悟を決めた翌日、リチャードは社長室に二日連続で呼び出された。
「なあ、リチャードくん。昨日は成果はあったのかな?」
「……ないです」
「君は、出たまま帰ってこなかったよなぁ?ついでに、備品も帰って来なかったがな」
社長は嫌味を交えつつ、指を組み直して顔の前で構える。室内には昨日のようなジリジリとした緊迫感が張り詰めた。
「……はい」
「たまたま、出先から戻る君の同僚が君を見かけたらしい。呑気だなぁ、昨日はたくさんランチを食べたらしいじゃないか」
「それはっ……その……」
「反論……できるのかね?」
社長は冷たい眼差しをリチャードに向けてくる。そのたった一言の制止が、リチャードから反論の勇気を奪う。
「……でき……ないです」
「今すぐクビにしてもいいんだぞ?次からは立場を弁えた行動をしたまえよ?」
「すみません」
そういうとリチャードは、昨日の出来事をなぞるように、とぼとぼと社長室から出た。
誰かの生活を守らなければならないというのに、社長から向けられた眼差しは、リチャードに対する期待を微塵も感じさせなかった。
それでも、倍以上が想定される生活費のために、ここで雇用を切られるわけにはいかない。
「今のままじゃクビだし、今までの給料じゃやってけない。結果を出さないと」
昨日のリプレイのようだと形容したが、間違いなくリチャードの内心にはより強い焦燥感が募っていた。
リチャードが廊下を歩いていると、奥から人が歩いてくる。
「あ、リチャードくん!こんにちは」
「ロイヤーくん」
「調子はどうですか?ドラゴンは討伐できました?」
「いやぁ……それが……まだなんだよねぇ」
リチャードは目を逸らしながら、絞り出すように答える。
「アハハハ……リチャードくんには別の強みがありますし、まあそういうものですよ。自分も先程先輩に先を越されちゃいましてね。お互い、悔しい思いをするものですね」
爽やかな物腰の彼に、少なからず憧れの感情があるリチャードだが、その反面悔しい思いのレベルの違いが、彼の中で嫉妬心を育んだ。
「では、外回り気をつけてくださいね。最近は物騒なドラゴンが多いですから」
「ありがとう。ロイヤーくんも気をつけてね」
「お気遣いどうも」
そう言うと、ロイヤーは奥の社長室へと入っていった。社長室からは社長の高らかな声が聞こえてきて、本当にリチャードを威圧している人かと疑問に思うようなトーンの変わりようであった。
外は晴れていたが、空気は少し淀んだ雰囲気があった。晴れているのに、どこか炭っぽいような、そんな空気の汚れを体が訴える。
「今日はなんか、息苦しいなぁ。」
リチャードは一度会社に戻って、ガス系ドラゴン用の防護マスクをつけてから、周辺を見回す。すると、リチャードは西の空に黒い影を発見した。
黒い影は猛スピードで南東方向へと進行しているようだった。
この手の超常現象は基本的にドラゴンである。
「ド、ドラゴン……」
リチャードのほうきを握る手が震える。その主要因は恐怖だ。プロと関係を持ったとはいえ、やはりドラゴンに対する恐怖感は拭えないまま。それも、自分が討伐となれば、プレッシャーはより大きくなる。
「でも……あいつを倒せば……倒せれば……」
リチャードは震える手を胸に当てる。そしてふぅと息を深く吐いた。
息を大きく吐くと心なしか、身体が戦闘態勢に移行する。
リチャードはほうきを飛ばすと、ロンドンの上空を爆進する黒影に立ちはだかった。
「ボアアアア!」
黒煙が咆哮する。黒影の正体はやはりドラゴンだった。
しかし、姿は黒煙に覆われてドラゴン本体の様子を上手く伺うことが出来ない。黒煙は所々でパチパチと火花が散るような音を立てている。
リチャードは杖を構えると、宝石が淡く赤紫に輝いて、途端に光線が一直線に黒煙へ向かっていく。
しばらくすると光線は黒煙の雲に着弾する。その瞬間にそれは轟音を轟かせて、ロンドン上空で爆発した。
リチャードは爆炎の先にいるはずのドラゴンを目掛けて攻撃を乱発するが、黒煙や爆煙が煙幕になって中々当たらない。
煙が程々に晴れると、やつの姿が見当たらない。
リチャードは必死に周囲を見回す。
前、右、左、上、後ろ……どこにもいない。
ガチャ──黒煙の噴き上がるギアが入った音だ。
「ボアアアアアア!」
リチャードの下から、ドラゴンが体当たりを決めてくる。他の方向に気を取られていたリチャードがこの攻撃を交わせるはずもなく直撃してしまう。
「ぐああぁぁぁ!!」
黒煙のドラゴンの攻撃はその巨体が高速で体当たりするため、強い衝撃が身体全体に来るのだが、それ以上に熱い。
マスクを持ってきたのは正解だった。彼の周りでは黒煙が充満し、空気が高温になっている。下手に近づくと危険だ……。
そんなことを考えていると……
ガチャ
再び黒煙のドラゴンが突進をしてくる。
今度は距離をしっかりと取れていたので、リチャードは黒煙のドラゴンの突進を回避できた。このドラゴンは高速で直進することが得意なようだが、その代わりにカーブすることが不得意らしい。
ただし、彼の残した炭煙がよりドラゴン本体の視認性を悪化させる。
「ボアアア!ボアアアアアアア!」
ドラゴンの翼が羽ばたくと、自らが纏う黒煙がより撒き散らされる。
翼には煙突のような機関が付いているようで、ドラゴンを覆う黒煙はここから吐き出されているようだ。
ドラゴンはその黒煙をリチャード方面へと流すと、炎のブレスを口から吐き出した。
流れてきた黒煙は瞬く間に炎へと姿を変え、爆炎の魔の手がリチャードに伸びた。
リチャードは炎に触れられる事こそ回避できたものの爆風にバランスを崩されてしまった。
ガチャ
バランスを崩したリチャードの顔からサッと血の気が引く。この音が聞こえた時、必ず"あの"攻撃が来るからだ。
「ボアアアアアアアア!!」
瞬間、黒煙のドラゴンが咆哮しながら猛スピードでリチャードに突撃してくる。
バランスを崩したリチャードには、それを避けることなどできるはずもなかった。
突き技のような突進がもろに直撃して、リチャードは、街に叩きつけられる。
「ガっ!はぁっっ!」
体全身を二度の衝撃が襲う。マスクにじんわりと褐色のシミができていて、吐血を筆頭に、身体の各所に損傷が伺える。幸い手足は動く、まだこの戦いを降りるには早いようだ。
力の入らない体を気力で起こしてみると、街はリチャードとの戦闘でその場に滞留した黒煙により、パニックになっていた。
アドレナリンが出ていて気づかなかったが、クラクションやサイレンが鳴り続けるように響いていた。
「おいおい、この黒いのはなんだ!」
「お前がぶつけて来たって言ってんだろ!」
「ゴホッゴホッ。息しづらいよ〜」
市民も困惑や健康被害を訴え、街の都市空間が、ドラゴンの影響により混乱し、悪化している様子が伺える。
この時リチャードは、ドラゴンを討伐したとしてそれが……それだけが街を守ることではないということに気がついた。
なにか、街を守りながらドラゴンを討伐する方法を考えなくてはならない。
上空では、ドラゴンが羽ばたきながら滞空していた。恐らくリチャードを探しているように見える。
ふと、リチャードはなにか思いつく。
リチャードはそれが思いついたと同時にほうきに跨り、北西方向へと飛び出した。
ドラゴンは北西の空へ飛び立つリチャードを補足すると羽ばたきを停止する。
ガチャ
そして、リチャードの方向へと猛スピードで直進を始めた。




