ロンドンの日常 前編
イングランドの中心・ロンドン。
多くの歴史的な建造物と、ガラス張りの高層建築が共存する大都市には、その分多くの日常がある。例えば──
「リチャード!そっちの方はまだ避難が終わってねぇ!絶対北には行かすな!」
「了解です!」
巨大なコウモリのような影が爆音を轟かせながら、ロンドンの青空を高速で横切り、それをいくつかの小さな影が追いかける。
『ドラゴンの都・ロンドン』
そんな愛称をつけられるほど、この街はドラゴンの出現が日常茶飯事。
そして、そんなロンドンにはドラゴンを討伐する専門職・魔法使いも多く集まる。
ドラゴンの都であることは、即ち魔法使いの都でもあることを意味していた。
コウモリのような影はドラゴンだった。
それは耳障りな騒音を撒き散らしながら、魔法使いから全力の逃走──いや、逃飛行をしていた。
「キュイーーーン!」
ドラゴンの放つ音はその一つ一つが耳障りな騒音であり、ビル群に乱反響したそれはより酷い音となって地上にいる民衆を襲った。
「なんだこの音!」
「うぁぁんこの音嫌いー!」
「うるせえええ!」
「頭痛い……」
小さなドラゴンだが、それでもやはり災害の化身。
災害を未然に、未然とは行かずとも最小被害で抑えることこそ、魔法使いの責務である。
気がつけば騒音のドラゴンは公園をぬけて大通りに出ようかというところに迫っている。
「やべえ!このままだと、避難地区の外だ!」
だが、そうさせるわけにはいかない。
「いきますよ!」
「ああ!」
リチャードは杖に合図を送ると、杖は魔法石を淡く光らせる。
リチャードは杖を構えて、前方を行くドラゴンに照準を定めた。
「黒煙」
そして杖を握る力が一つ強くなると杖から魔法が放たれて、騒音のドラゴンを黒い煙幕が包み込む。
「キュミーーーン!」
視界が突然暗黒に包まれ、それまでチェイスを繰り広げていたドラゴンは怯んで進むことをやめてしまう。
その隙を魔法使いの一人、リチャード・オブライエンは逃さない。
「火球!」
間髪入れずに火球が騒音のドラゴン目掛けて飛んでいく。
火球は着弾すると、辺りの黒煙に引火してロンドンの空中で爆発する。
「キュワーーーン!」
大きな破裂音とそれですらかき消せない程のドラゴンの叫び声がロンドンに響く。
そして、爆炎に飲まれた騒音のドラゴンは公園の池の中に墜落した。
リチャードとヴァージルが公園に降り立つと、腹を空に向けた瀕死の騒音のドラゴンが池に浸かっていた。
今まではドラゴンの制圧。だが、ここからはドラゴンの討伐だ。
リチャードはサバイバルナイフを取り出すと、騒音のドラゴンの胸元にそれを突き立てる。
サバイバルナイフで肉を切っていけば、しばらくして切っ先に固いものが当たる。
あとはそれを繰り抜けば、ちょうど拳大程度の大きさの紫色の魔法石の原鉱を取り出すことに成功する。
この魔法石の採取こそがドラゴンの討伐だ。
「なんとかノルマの時間前に終わったな。よくやったぞリチャード」
「ありがとうございます」
「にしても手馴れてきたなぁ。絶対に逃がしたと思ったが、よく大通りに逃がさなかった」
その言葉にリチャードは嬉しさとほんの少しの照れくささを覚える。
「もう見習いも卒業かもな」
「本当ですか!?」
「まあなんだ。改めてよろしくな、リチャード」
「……はい!ヴァージルさん!」
そう返事をしたリチャードの表情は、達成感や充足感からかいつもより一段晴れやかな笑顔だった。
二人で会社に帰り、ヴァージルとはここで別れる。
「じゃあ、また後でな〜」
「はい」
ヴァージルと別れると、リチャードは自分のやるべきことを行った。
魔法石に意識を集中される。
「フゥ……」
目を閉じて小さく息を吐けば、次の瞬間には精神世界にいた。
「みゅわっ!さっきの人だ!死んだのにまだ追ってくるなんて酷い!」
精神世界には酷く怯える女性が一人。
あの騒音のドラゴンだ。
魔法石との対話し、合意の上で主従関係を結ぶ。
それがリチャードの魔法使いとしての矜恃だ。
だが、今対話していてる騒音のドラゴンは怯えから全く話が通じていないようだ。
「違うんだ。どうか落ち着いて」
「そんな訳にはいきません!どこか行ってくだい!」
「……あなたを殺してしまったことは謝ります。でも話だけでも聞いて──」
「でももだけどもありません!あなたは人でなしです!二度と私の前に顔を出さないでください!」
狂気すら感じるほどの鋭い剣幕でまくし立てられ、リチャードは追い出されるように精神世界から現実世界に意識を戻す。
プロと共にした逃避行から四ヶ月。
リチャードは魔法使いとして一気に腕を上げていた。
全て中小のドラゴンでありながら、ここまでこの騒音のドラゴンを含めて六匹のドラゴンを討伐。
同期の中でも結果を残している立場になった。
だが、一方で苦労していることも多い。
魔法石たちが着いてきてくれない。
殺した相手につくなどあり得ないと、聞く耳を持たないのだ。
「そりゃあ……気持ちはわかるんだけどねぇ……」
そうは言っても気持ちだけでも共存を図りたいのだ。
「まあ、考えすぎてもしょうがないや。切り替えて報告書書かなきゃ」
リチャードはパソコンの電源を入れた。
リチャードはあのゼロに怯えた半年の間、魔法使いとして首を切られなかったのは、他人の報告書制作の肩代わりなど事務作業を地道に熟していたおかげだと思っている。
今では作業を変わってくれるやつがいなくて寂しいと、冗談交じりに言ってもらえることもある。
魔法使いとしてもそうだが社員として認められ、充実した日々を送っていた。
そうしているうちに書類の作成が終わり、リチャードはそれを奥のデスクにいる事務員のおばさんに渡す。
「お疲れ様。そういや、今日は早上がりだっけ?」
「そうです」
「売れっ子さんはいいねぇ」
「まだまだです。それに、魔法使いに専念できるのも、事務員の皆さんに支えてもらってこそですよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「それじゃあお疲れ様です」
そうしてリチャードは退勤する。
社屋の外に出てほうきにまたがり、ロンドンの空へと飛び去った。
しかし、彼には帰り道の道中で寄る用事も多かった。
まずリチャードは予約していた一張羅のスーツを受け取る。
シミ一つない鮮やかな出来である。
そのついでに行きつけの店でサンドイッチを買ってからリチャードは家に到着した。
「リチャードおかえりー!」
家に帰ると奥から聴き馴染みのある明るい声が聞こえる。
プロだ。
「ああ、ただいま。だけどすぐ出るんだ」
「えー!」
「しょうがないだろ?そこまで遅くならないようにするから……」
「むー……」
プロは頬を膨らませて不満がる。
「ほら、リチャードさんに無理をさせるのもあれですから、また僕とお話しましょ?」
そんなプロを宥めるように、白い宝石のあしらわれたブローチがプロに話しかけてくる。白い魔法石の正体はアル。
彼もまた、かつてはドラゴンだった。
「……帰ってきて!早く!」
プロは半ばヤケクソ気味に強くそんな言葉を吐く。
だが、それでも彼女は我慢する。
リチャードは少しだけ、彼女の精神的な成長を感じた。
今は支度があるので敢えて口には出さなかったが、それでも内心それがとても感慨深かった。
「……分かったよ。そうだ、サンドイッチ買ってきたんだ。これ食べてていいからな」
「サンドイッチ!?やったー!」
リチャードから紙袋を受け取ると、プロは飛び跳ねるように喜んだ。
そんなプロを横目に、リチャードはシャワーを浴びる。
シャワーを終えて下ろしたてのスーツに袖を通すと、やはり着心地は抜群だ。
普段は少し浮いているステッキのような見た目の杖も、この正装であればよく映える。
「よく似合っているじゃないか」
杖が語りかける。
「ふふっ、お互い様です」
杖に少し微笑むと、リチャードは玄関からプロに言い聞かせておく。
「それじゃあプロ、アルを困らせるなよ?」
「わかってるー」
少し上達した返事が奥から聞こえてくる。
この短い間にだいぶ成長した。
その言葉を聞き、リチャードは家を後にした。




