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37話:貴婦人とおしゃべりな変人令嬢



 アレンヴィクを貴婦人にしたような目の鋭い公爵夫人が、アウリアにしっかりとした眼差しを向けてから、優雅に膝を折った。

 まるで王族に対する挨拶に、アウリアは内心驚く。慌てて膝を折り返す。


「アウリア嬢、この度はわたくしの娘がご迷惑をおかけしており、お詫び申し上げます」

(ひっ)

「わたくしの兄も罪は同じでございます。頭をお上げください」

 ドレイヴェン公爵夫人は緩やかに顔を上げた。


「殿下より伺っております。レティシアの命を救おうと手を尽くされておいでとか」


 アウリアは狼狽えながら息を整えた。

 夫人の本音はともかく、デビュタントからも逃げていた変人令嬢に頭を下げるのは、誇り高い筆頭公爵夫人としては耐えがたいことだろう。


「殿下からどのように聞かれたかは存じませんが、わたくしは兄の尻拭いをしているだけなのです。品行方正で優しい兄が大それたことをしでかしたことには驚きましたが。ドレイヴェン公爵夫人――」

 アウリアは力強く言った。

「――誓って! わたくしも兄も王太子妃の座を狙っておりません! ですが陛下との約束もあり、わたくしもまだ人生を諦めるわけにはいきませんので、邪魔する可能性はあります!」


「陛下との約束?」

 公爵夫人は怪訝そうにした。

(わかりますわかります。おまえごときが陛下といつ約束などしたのだとお怒りでしょう)

 アウリアはさっと片手を出して、失礼にも自分の言葉を待つように言った。

「この件はまず、陛下と話さなくてはならないのです」


 公爵夫人は今、アウリアの顔に気づいたように目を見開かせた。

「あ、あなた……」

 相手の顔を凝視するのは失礼なので、すぐに目の色に気づかなかった夫人だった。


 この日、アウリアはレンから眼鏡を外すよう言われていた。

 メイクのときに女官長には見せたが、彼女は金の目の色に硬直すると、ひれ伏さんばかりに慄き、メイク係を立ち去らせた。

 王室顧問たちの反応はここまでではなかったが、女官の過剰な反応こそが一般的なのだと思い知った。


「目の件に関しましては、わたくしが口出すことではございませんね。今日は殿下より付き添い人を頼まれました」

「へ?」

 ドレイヴェン公爵夫人の表情が険しくなる。

「そのような反応はあらためるとよろしいでしょう」

「はい」

(少しも気が抜けないのです。常に貴族的優美な仮面を保てと、はい)


 公爵夫人は嘆息した。

「殿下もお人が悪い。アウリア嬢の不安を拭うことができたら、今回の娘の件は不問に帰すと仰ったのです。あなたの付き添い人となれば、円満に妃候補の交替が適うと」

(ユリアスさまが……)

「まさか、急に?」

「ええ、急にでしたわね。今朝突然お越しになったのですよ」

(な、なんて力技。ドレイヴェン公爵夫人からすれば、娘が次期王妃になれるかどうかの瀬戸際。命の危険など関係ないのですよ、未来の王の外祖父母の地位、権力、名誉の前では。でもユリアスさまは、公爵家自ら手放せと、社交界に示すことを求めたのですね。

まさか、わたしのためでしょうか……いえまさか、そこまで自惚れてはいませんよ。レティシア嬢が心底苦手なようでしたからねぇ)


 アウリアは少し悶々とした。力技なりに、王太子でしかできない権力を行使しようと考えられたことに、らしくない気がした。


「さあ、まずはそのネックレスを取り替えますよ」

 公爵夫人に促されて、アウリアはきょとんとした。

「そのドレスの色は、亡き王妃さまのお色とされておりますよ」

 知らず目を見開くアウリアだった。

「女官長は格式が高いとだけ」

 声が震える。

「そのことを知ってなくてはいけないのは、アウリア嬢あなたの方ですよ。取りかえる意味はわかりますね?」

「はい。あわせる宝石が決まっているのだと思います」


 アウリアは今朝、ドレスが変更になったことを受けて、母の形見、サファイアつき三連パールチョーカーとイヤリングをつけたいと頼んだのだった。

 念のためにサラに持たせてあったのだ。

 しかしドレスに格があり、それが亡き王妃の色となれば身につける宝石は決まっている。そういうものだから。


「こちらで用意します、よろしいですね」

「はい、ありがとうございます」



 夫人によると、謁見場所を変更したのはユリアスだった。

 アウリアが気楽に国王と話せるようにと、王家の談話室に招くことにしたそうだ。

 アウリアからすれば、よりハードルが上がっただけだった。



 ✦~✦~✦


 咲き乱れる初夏の花々、丁寧に剪定された樹木、生い茂るツタ、迷路のような緑の間に現れるこんもりした木とベンチ。

 一日じゅう過ごしたくなるような癒やしの空間が広がっている。

 

 公爵夫人がジュエリーセットを用意する間、アウリアはチビ竜・ピオニーと伴って庭に出た。サラは突然古巣に顔を出すことになり、第3騎士団王族女性護衛部待機室へ挨拶に出かけている。

 

 庭園は薬草が多く栽培されていた。

 季節ごとのハーブにまとめられた花壇面があり、夏のハーブはラベンダーやカモミール、バタフライピーや、白、ピンク、紫濃淡のコーンフラワーなどが植えられている。

 ピオニーがいつになく心地よさそうにして、アウリアから離れて、ふわらふわら上空を飛んでいく。

「あまり遠くに行かないでね」

「キュッキュルゥ」

 上機嫌なピオニーの声が返ってきた。


(モグラ邸のハーブ、水やりしていないのです。ダメになってしまう。せっかく育ててきたのに)

 ハーブの草っぽい匂いに鼻をスンスンさせながら散歩すると、カモミールの近くに、たんぽぽが顔を覗かせていた。


「まあ……たんぽぽ」

 アウリアはドレスの裾を気にしながら、たんぽぽに手を伸ばした。

(そういえば、たんぽぽの根でコーヒーもどきが作れたはず)

 妊婦さんにも飲めるノンカフェイン。味は薄いが香りは楽しめる。

 

「ふっふっふ、たんぽぽギルドの商品にできそうです」


(ドル箱にならないかしら)

 ニヤニヤしていると、アウリアの視界を、ガーデニングを楽しむ貴婦人が掠めた。

 

「お嬢さん。お花、お好きなの?」

 柔らかな日除けの帽子をかぶり、ガーデニング用の手袋をしているが、声の細さは年配の方のようだった。

 アウリアはドレスをつまむと優雅に膝を折って言った。


「勝手に歩き回って申し訳ございません」

「かしこまらないで、わたくしもお花が大好きなのよ」

 貴婦人はたんぽぽを覗き込む。

(こんな場所で出会う年配の貴婦人て……絶対王太后さまなのですよ。ど、どうするのです? このまま知らん顔で話すのです?)

 アウリアは身震いした。


「まぁ雑草が生えてるわ。その黄色いお花、何度も咲くのよ」

 王太后と思われる貴婦人は、アウリアにとっては大事なたんぽぽを雑草と呼ぶので、耳がピクリと反応した。

「このお花はたんぽぽという名前があります。一度根を張ると、生命力が強いのです」

「たんぽぽ、ね」

 王太后はそっと両手を合わせた。

「聞いたことがあるわ。可愛いのだけど、このハーブのところにはいてほしくないのだわ。他の場所にもよく咲いているのよ」


 王太后は可愛らしい顔で口を尖らせた。

(まぁ、そう邪険にされると、複雑なのですよ)


 アルテ・ギルドは古くから食品系商会を複数傘下に収めていてる。

 両親亡き後、母の実家フィリス伯爵家に商業ギルドを引き抜かれたり、不当に権利を奪われたりしたが、アルテ・ギルド傘下の有力商会は若い侯爵につき、兄はギルドに新しいシンボルをつけた。

 

 それが民間では薬草として扱われ、貴族からは雑草扱いされるたんぽぽ。

 兄の優しい雰囲気もあって、たんぽぽ侯爵のあだ名が定着したのだ。

 

「王太后さま、雑草とは、その美点がまだ発見されていない植物のことだそうですよ」

「あらまあ、そうね……」

(呼びかけ、あっていたのです)

 アウリアは胸を撫で下ろした。


「あなた、賢いのね」

「ありがとうございます」

 王太后は言った。

「エメラルディア大地神は創造神にして命を吹き込む神。すべての生き物には神が授けた真名(まな)があり、真名は神以外口にできないもの。わたくしが知らないからといって、名もなき某ではないのね。胸に刻みますよ」

「もったいないお言葉でございます」


「でも、この子の場所を移すのはよろしいわよね?」

 王太后はアウリアにかわいらしく同意を求めた。

 帽子の下の顔を見て、アウリアはハッとした。

 瞳の色が王族特有のエメラルドだったのだ。

 ユリアスの透明感あるものと違って、翡翠に近い。

 エメラルド王朝というほどで、王家の目といえば、緑色。

 先代国王は瞳が青かったため、緑色の瞳を持つ従妹と結婚したと、資料で読んでいた。

(レティシア嬢は青いらしいけれど、ロゼリーナ嬢は翡翠色でしたね)

 アウリアが彼女の姿を王太后を重ねたときだった。

 王太后がふらっと身体を揺らした。

 

「そなた……瞳の色が」

 王太后がアウリアの腕を掴み、突然息切れを起こしたように引き攣れた。


「王太后さま、どうかなさったのですか」


 様子がおかしいとアウリアが危ぶむ()に、ずるっと倒れ込む。


「王太后さま!」

 

 王太后を受け止めながら膝を折るアウリアの前に、ユリアスが現れた。

 王太后の肩越しにユリアスと目が合った。


「ユリアスさま!」

「お祖母さま!?」


 ユリアスが急いで抱き上げようとするので、アウリアは手で払った。

「動かさないで。確認が先です!」

「確認?」

「そのままです!」

「わかった」


 アウリアは膝の上に王太后を横たえて、脈、呼吸、意識レベルを確認した。

 脈が速い。心臓が激しくうねっているのを感じる。

 意識はあるが、アウリアの腕にしがみつき離すまいとする。震える手は尋常ならざる力を発揮して、動揺、怯え、恐怖、そして涙を浮かべるのだった。

 だがその目はアウリアを通りこして、別の何かを見て呟いたように見えた。


 ユリアスが眉根をキュッと寄せて、アウリアを見る。

「お祖母さまはどうなさったのだ?」

「肌がひどく冷たくて」

 皮膚をつまむと戻りが悪かった。目の色を見ると真っ白で貧血を起こしている。

「脱水症状です。王太后さまが服用されているお薬はありますか?」

「薬はわからぬ。最近は食欲不振で、定例の晩餐でも、半分も召し上がらないことがある。魔素が乱れるようになったそうだ。他は健康でいらっしゃる」


 ユリアスが答えたとき、女官たちとドレイヴェン公爵夫人が駆けつけてきた。

 王太后は一人で土いじりをするのが趣味で、女官たちは離れて見守っていたのだった。

 王太后付き侍女が答える。

「少し高血圧を指摘されています。以前は血圧を下げるお薬を飲んでおられましたが、最近はご自身でハーブを調整なさっています。レモンバームとホーソンのブレンドなど」

「高血圧の方にはいい組み合わせですが、脱水症状なので、水と塩と砂糖をすぐに用意してください。濃度はわかりますか?」

「いえ」

「では混ぜないでこちらに持ってきてください」

「塩分は控えるように言われています」

「問題ありません。今は脱水症状を補うための塩分です。ひょっとして、控えすぎかもしれませんね」


 アウリアは早口でユリアスに告げた。

「ユリアスさまは担当医官を連れてきてください」

「わかった」


 ユリアスが消えると、サラを含めた女騎士たちが王太后を運んで、一番近い部屋のソファに横たえ、待女たちが大きなストールを覆い被せる。


「申し訳ありません。ふだんは時間ごとにハーブティーを召し上がるのですが、お庭に出られるときは、水分を控えられてしまうのです」

「わかります。お化粧室に行くのが億劫になるのですよね」

「……そうなのよ」

 王太后さまが呟くように言う。

 アウリアは大いに同意した。

「わたくしもそうなのです。コーヒーは飲みたいですけど、コーヒーには利尿作用がありますから、忙しいときはコーヒーは口にしません。でも忙しいときほど飲みたくてジレンマで、結局飲むのだから無駄な抵抗をやめて、最初からおいしく飲めば良かったのにと思うのです」


 傍らに控える公爵夫人が、唖然とした。

「よく、おしゃべりができますこと」

「特技です」

「ええ、アレン、息子が申しておりましたわ。よくしゃべる女だと――失礼なことを申しましたね」

「いえ、その通りなのです。口も手も一緒に動くタイプなのです」

「まあ」

 すぐに準備が整い、アウリアは塩分と糖分を量って水をかき混ぜて、最後に女官に摘んでもらったミントを浮かべた。


 王太后はゆるゆると水を飲み、「あら、ミントの葉が効いておいしいこと」と微笑んだ。

 ようやくその場にいた全員が安堵したのだった。





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