第四十八章「青の残響」
梅雨の合間の陽射しは、やけに白く、目に痛いほどだった。
だがその明るさの底には、重たい湿気と、終わりの予感が潜んでいる。
誰も知らない──終戦は、すぐそこまで来ていた。
──河原。
夏草の匂いが、湿った風と一緒に鼻をかすめる。
遠くで、まだ遠慮がちな蝉が鳴いていた。
城は土手に腰を下ろし、草の匂いを胸いっぱいに吸い込みながらごろりと寝転んだ。
薄い雲を透かして、青がじわじわと広がっていく。
まぶたの裏で、青が揺れたそのとき──
──「……昼寝ですか?……英雄さん」
懐かしく、茶化すような声が、すぐ耳元で響いた。
胸の奥が、どくりと跳ねる。
(楓……!?)
がばりと起き上がる。
川面は光をはじき、風が水面を撫でている。
人影はない。
あるのは、心臓の鼓動だけだった。
──路地裏。
颯は息を荒げ、石畳を蹴って走っていた。
背後から、近所の悪ガキたちの笑い声が追いすがる。
「やばい、やばい、やばい……!」
角を曲がった瞬間、ふいに誰かに腕をつかまれた。
強く、けれど温かい力。
気づけば狭い路地の影に引き寄せられていた。
──「こっち、こっち!」
短く高い声。
胸の奥に響く、不思議な安心感。
足音が遠ざかり、静寂が戻る。
「はあ、は、はあ、助かったあ」
颯は振り返った。
──誰もいない。
けれど、腕に残ったぬくもりと、かすかな匂い。
それは薫を思わせる匂いで……なぜか、自分と同じ匂いでもあった。
込み上げるものを堪えきれず、なぜか涙が頬を伝った。
──定食屋。
夕暮れ、薄紅色の光が路地を染める。
雪乃は両手におつかい物を抱え、戸を引いた。
湿った風とともに、台所から水音が聞こえる。
(……お母さん? いいのに……?)
足を踏み入れると、陶器が触れ合う澄んだ音が響いた。
──「雪乃、おかえり」
声と同時に、満面の笑顔がそこにあった。
……はずだった。
瞬きをすると、そこにはもう誰もいない。
ただ、台所の窓から差し込む光が、楓の笑顔の輪郭を淡く描いて消えた。
雪乃は静かに息を吸い、胸の奥の痛みを飲み込む。
その痛みは、彼女を止めるものではなく、前へ押すものになっていた。
楓が夢見た、あの遥か青い空へ進むために。
──夜。
雪乃と城は縁側に並んで座っていた。
ぬるい風が頬を撫で、虫の声が遠くで揺れる。
「……あいつ、どっかでまだ、ずっと笑ってるんだろうな」
城の呟きに、雪乃は黙ってうなずく。
昼の青は闇に沈んでいたが、その奥には確かに、あの日と同じ空があると信じられた。
一方、颯は部屋の隅で膝を抱えたまま、胸の奥の熱を抱きしめていた。
あの手の感触が、自分の背中を押している気がしてならない。
悲しみは消えない。
けれど──あの誰かが残したのは、悲しみよりも強い、未来へ進む力だった。
夜空の向こうで、見えないはずの青が、三人を静かに包み込んでいた。
To be continued…




