(45)最終日-14 黄山2
「八子ちゃんがお菓子パーティをしたのはここら辺?」
浜辺でウロウロしながら黄山が訊ねてきた。
今いる場所は、旅館建屋からそこそこ距離のある浜辺だ。
人気は無いし、黄山を仕留めるのに良い場所だろう。
というか、あまり長引かせると八子の貞操が危ない気もする。
「浜辺ってどこも同じように見えるので断定はできませんけど、ここら辺だったと思います。もう少し海から離れた所にシートを敷いて、お茶とお菓子を広げて、お茶会をしたんです」
八子は少しだけ海辺から離れる。
持ってきていたボトルコーヒーを胸の高さに持ち上げ軽く揺らした。
「ちょうどこれと同じものを飲んでいました。これ、お昼のお茶会の残りなんです。探し物をしている途中で喉が渇いたら嫌だなと思って持ってきていたというか」
無造作を装って缶の蓋を開ける。
口は付けていないが既に開けたものなので、初めて蓋を開けた時特有のバリっという音はしない。
蓋を開けたところで黄山を見た。
黄山は八子の手元、いや、胸元をじっと見ている。
「黄山さんは喉渇いていませんか? 半分無理やりに付き合っていただいたようなものなので、これ、差し上げます」
八子はコーヒー缶の蓋を閉め直して黄山の方に差し出した。
「え? あ?」
黄山は戸惑うようにオドオドしている。
「他人が開けてしまったものなんて嫌でした? まだ口はつけていないのでいいかなと思ったんですけど」
「いや。いいよ。嬉しい、ありがとう!」
慌てた様子で黄山が八子からコーヒー缶をひったくる。
「ちょうど喉が渇いてきてたんだよね」
不器用に蓋を開けて中身を一気飲みしだした。
勢いよく飲みすぎたようで途中でむせる。
「コーヒーの種類確認しないで飲んだけど、これブラック?」
「ええ。ひょっとして、ブラックはお嫌いでした?」
「そんなことはないけど。ブラックを久々に飲んだからかな。かなり苦く感じてさ」
むせながら黄山が笑おうとする。
咳が止まらなくて、むしろ酷くなっていき、黄山が苦しそうに胸元を手でさすり始めた。
その様を八子は黙って見ている。
黄山に渡したボトルコーヒーだが、実は、八子は、先程開ける前に1度開けている。
自室で開け、一応持ってきておいた毒を全て放り込んだのだ。
もちろん黄山に飲ますつもりで。証拠隠滅も兼ねて。
1度開けた蓋を再度開ける時は、初めて開ける時特有のバリバリという音がしないが、黄山は気付かないのではないかと思った。
仮に気付かれたとしても、どうとでも言い逃れはできる。
ともかく黄山がコーヒー缶の中身を飲んでくれればいいのだ。
中には数口で致死量を十分に超える濃度の毒が入っている。
濃度が薄い間は遅効性の毒だが、高濃度だと障害を引き起こすまでの時間も短い。
「ぅ、ぅうう」
苦しそうに黄山が呻く。
「苦しいですか。いいんですよ、いくら叫んでも」
ここで叫んだところで誰にも声は届かない。
そういうタイミングと場所を選んだのだから。
黄山が倒れこんで浜辺でのたうち始めた。
手放されたコーヒー缶が転がる。
八子はそれを拾ってまずは中身を海に捨てた。
空になった缶は外側を軽くハンカチで拭いて、ハンカチでくるんだまま海に投げ捨てる。
作業を終えた時、黄山は動かなくなっていた。
半開きになった口からは泡のような涎のような液が垂れている。
目は白目。
鼻の下に指をかざしてみたが、鼻息は感じなかった。
息があったとしても極弱いか、すでに呼吸が止まっているのだろう。
そこまで確認して八子は自室への道を歩き始めた。
黄山はあのままにしておけば良い。
放っておけば確実に死ぬ。
幸か不幸か助かったとしても、重度の障害を残すなりで、まともに話をできるようになるには時間を要するだろう。
その頃には企画は終了。八子の目的は遂げられているはずだ。
今注意すべきは、巡回の警察官に見つからないこと。
宿泊客にも出会わなければなお良い。
ただでさえ、親切で賢い誰かが警察に八子の危険度が高いなどと垂れ込みをして、八子につく警察官が増えたりと、動きづらくなって困っているのだ。
これ以上の邪魔は御免こうむりたい。
祈りが天に届いたのか。
それから誰にも遭遇せず、八子は自室に帰りつけた。




