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(44)最終日-13 黄山1

「探し物をしているフリをしながらわざと物音を立ててやる?」

「これだけ不審死が続くと、誰だって過敏になるでしょう? だから、自分の部屋のすぐそばの、誰もいないはずの場所から音がすると反応してしまう。彼の場合もそうでした」


 黄山のベランダのすぐ外で、八子は、都合よく転がっていた小枝を踏んで音を立てた。

 そのまま、前かがみになってスマートフォンのライトで下を照らしつつ少し待つ。

 これで黄山の部屋に反応が無ければベランダの柵を叩いてやろうかと思っていたのだが。

 その必要はなく、黄山の部屋のカーテンがわずかに開く。

 部屋の光が漏れてきた。


 光に反応した様子を装って八子は部屋の方を向く。

 逆光でよく見えないが、カーテンの隙間から黄山が外を覗いているように感じた。

 一応、食事の席で何度か顔を合わせてはいる程度の仲なので、ペコリと頭を下げる。

 黄山がわずかに動いて、上手いこと窓を開けた。

 くぐもった声で話しかけてくる。


「何をしてるの?」

「昼間に、数人でお散歩とお菓子パーティをしたんですけど、その時に大切なものを落としてしまったみたいで。失くすと困るので探しているんです」

「それをなんでここで?」

「ここもお散歩で歩いたので。失くし場所がわからないので、今日動いた場所をしらみつぶしに探すしかなくて」


 もちろん何も失くしてなどいない。

 けれど、八子は本当に困っているように装って顔を伏せる。


「できればそろそろ見つかって欲しいんです。ここら辺で見つからないとなると、浜辺の方に行かないとならなくなるので」

「あと見てない場所は浜辺だけなの? そんなに遠くなくて良かったね」

「ええ。距離は困ってないんですけど。浜の方は明かりがなくて暗いですから。スマホのライトだけで見つけられるか少し心配です。それに――」

「それに?」

「気にしすぎかもしれませんけど、もし、連続殺人犯が暗がりに潜んでいたらと思うと」

「――!」


 黄山が息をのんだ。

 体が若干後ろに引いた気がする。

 この方向の話では駄目だ。怖気づいた黄山が部屋にこもってしまう。


「まぁ、それは気にしすぎでしょうね。いるかいないかわからない殺人犯より、変質者に襲われる確率の方が高いかもしれません。もう、なんでこんな時に落とし物なんてしてしまったのか」


 このネタならどうだろう。

 横目で黄山を窺うと、彼が唾を飲んだ。

 彼の体は先程よりやや前のめりだ。

 変質者から八子を守るために黄山が同伴してくれると言い出すと良い。

 黄山が変質者になるつもりで同伴を申し出てくれてもいい。


 理由はなんでもいい。

 黄山を外に引っ張り出せさえすればいいのだ。

 その時点で八子の計画の8割くらいは成功しているようなものになるのだから。


 来い。出てこい。

 探し物に付き合うと言え。


 心の中で念じながら黄山にちらちら視線を送る。

 八子から黄山の表情はよく見えないが、黄山から八子の様子はよく見えるだろう。


「き、君みたいな女子が1人で暗い所に行くなんて危ないから、俺も付き合うよ」


 言った。

 八子が望んでいた言葉を黄山が言った。

 思わずこぶしを握りたくなったけれど、それはいけない。

 代わりに満面の笑みを黄山に向ける。


「本当ですか? ごめんなさい。本当は1人で浜辺に行くのが凄く不安で、偶然出てきてくれた黄山さんが一緒に行ってくれないかなって期待していました」

「待ってて。お巡りに――って、八子さん、なんでお付きのお巡りいないの?」

「言ったでしょう? 人にはちょっと言えないものを落としてしまったって。警察にも知られたくないんです」


 恥ずかしがって顔を反らすフリをする。


「じゃあひょっとして、俺が手伝うのもお巡りに言わない方がいい?」

「言ったらどなたかが付いてきてしまうでしょうからね。そうなってしまうと、私に付いている警察官をまいてきた意味がなくなってしまいますし」

「お巡りは駄目なのに、俺ならいいの?」

「信じます。黄山さんは紳士でしょう?」


 黄山を見つめる。

 警察に事を知らせるなという願いを込めて。


「わかった。言わない。靴とってくるから待ってて」


 小声で言って黄山は室内に戻っていった。

 すぐに戻ってきて外靴を履く。

 静かに窓を閉めて慎重にベランダ塀を乗り越えた。

 息がすでに若干上がっているのは、普段の運動不足か、うら若い女子とのイケナイ行動に興奮してか。

 黄山もスマートフォンを出してライトで足元を照らす。


「で、どこ探すの?」

「こっちです。こう歩いて行って、最後は浜辺でお菓子パーティだったので、そのルートが怪しいかもしれません」


 八子は先行して浜辺へと歩き出した。

 何も落ちていないのはわかっているが、あまり早く歩きすぎると不審だ。

 あくまで探し物をしている体で浜辺へと進む。

 ゆっくり歩きながら考える。

 この男、どのタイミングで殺そうか、と。

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