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(32)最終日-1 朝風呂と出会い1

 5月2日(木)

 6:00 白水館


 休みだというのに、まさかの午前6時に白木の目が覚めた。

 横では桃子が爆睡している。

 普通に生活していると経験しないであろうことにここ数日遭遇しっぱなしのせいで、神経が高ぶっているのかもしれない。

 それで早く目が覚めたのだろう。


 猛烈に暇なのだが、桃子が寝ている横でテレビをつけるのは気が引ける。

 明かりが必要な読書も、桃子を起こしそうなので却下。

 温泉旅館に泊まっている時にまでネットサーフィンというのもなにか虚しい。

 大浴場に入り損ねているので、この機会に行くことにした。


 確認してみると、大浴場は5:30から、砂蒸し風呂は6:00から開いている。

 砂蒸し風呂から大浴場コースで決定だ。

 手ぶらで浴場へ行けばよいようだったので、部屋の鍵だけ持って大浴場に向かった。


 砂蒸し風呂入り口で受付をし、裸の上から専用の浴衣を着る。

 砂場には先客がいた。

 女性だ。

 混浴らしい。

 浴衣を着て砂の中に埋まっているだけなので、男女を分ける必要がないのだろう。


挿絵(By みてみん)


 砂が重い。

 そして地味に暑い。

 砂をかけてくれた青年から「みんな10分くらいでギブアップする」と言われたけれど、なるほど、それくらいの時間が妥当なのかもしれない。

 しっかり汗が出るので、我慢し過ぎればあっという間に脱水状態に陥る。

 企画初日に部屋風呂で亡くなったどなたかと同じコースを辿りかねない。


 設置されている時計で時間を確認して、きっちり10分経ったら砂から出る。

 専用の男性シャワー場で浴衣を籠に捨てて砂を落とした。

 そこから直結している大浴場に移動する。


 朝風呂好きというのは存在するようで、砂蒸し風呂に続き、こちらにも先客がいた。

 あまり気にせず洗い場に行き、頭から体へと順に洗う。

 複数ある湯船のどれに浸かろうか若干悩み、とりあえず露天風呂を選択した。

 こちらには誰もいなくて貸し切り状態だ。


 やや肌寒いけれど、清々しい空気が、熱い湯に浸かっていると気持ちいい。

 明け始めた空は美しい。

 そして、広々とした温泉を自分1人で占有できている優越感。

 うっかり早朝に目が覚めてしまったのも悪くない。


 大浴場入り口で取っておいたフェイスタオルを湯で濡らし固く絞る。

 湯船のヘリにもたれかかって上を向き、閉じた目の上に絞ったばかりのタオルを置いた。

 簡易ホットアイマスクが眼精疲労を癒してくれる、気がする。


 露天に出入りするドアが開いた音がした。

 湯船に誰かが入ったような音もする。

 が、今の白木は自分の世界を満喫中である。

 よそはよそ、自分は自分。

 互いに勝手に楽しめばよいのである。


 しばらくそんなことを続ける。

 そうしたら満足した。

 そろそろ動くかと、顔の上からタオルをどける。

 周囲を軽く見回してみたら、やや近くに九之坪がいた。

 途中で入ってきた客は彼だったようだ。


「早いですね」

「おはようございます。目が覚めてしまって。九之坪さんも早いですね」

「僕も似たようなものですよ」


 九之坪が軽く肩をすくめた。


「二階さんは落ち着いていますか? 夕食の時は少し持ち直していたみたいですけど、昨日の朝はなかなかに荒れていたので」

「今朝僕が起きた時は暢気に寝てましたよ」

「それなら良かった」


 九之坪の話が続きそうな気がする。

 湯船を移ろうかと思っていた白木は少し困った。

 話を遮ってしまうのは申し訳ない気もするし、かといって、一緒に違う湯船に移ろうとは言いたくない。

 妥協策で、露天風呂のヘリに腰かけて体を冷やすことにした。

 これなら湯あたりもすまい。


「九之坪さんはどうです? 気が高ぶっていて眠りが浅かったんじゃ?」

「おかげ様で昨夜はよく眠れまして。ここ最近が寝不足だったので、いいかげん限界だったんでしょうね。で、深く眠れた分だけ早く目が覚めたのかもしれません。昨日の朝は外がうるさくて起こされましたが、今朝は静かですし。爽快でよい感じです」

「昨日は騒がしかったんですか?」

「ええ。二階さんから聞いてるとは思いますけど、黄山さんが亡くなっているのが明け方に発見されたんです。宿泊客に多少は気を使ってくれたんでしょうけどね。それでも、1階の部屋の僕はうるさくてかなわなかったですよ」

「今朝は起こされなかったということは、夕べは被害者がいなかったんですかね?」

「おそらく」


 九之坪がうなずいた。


「それにしても、九之坪さんも1階の部屋の人だったんですね。下手したら、黄山さんじゃなくて九之坪さんが被害者になってた可能性もあったと」

「そうなりますね」


 九之坪が苦笑した。


「けど、どうでしょうね? 僕は好奇心は強い人間ですけど、臆病なんです。こんな状態の夜に、見通しの悪い場所に、少人数で行こうとは思いませんけどね。黄山さんはそこがよくない」

「彼、部屋の外にいる警官に気付かれないようにこっそり外に出た疑惑がかかってるんでしたっけ?」

「らしいですね。何か餌を提示されて、ベランダから1人で出てくるようおびき出されたんでしょう。と、知り合いの刑事が言ってました」

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