(18)4日目-7 事情聴取
「おじちゃんなんで先に食べてるの? お風呂の後でモモと一緒にご飯食べようって言っておいたよね?」
桃子が大股で白木の方に歩いてくる。
前ぶり無しで腹にパンチを入れられた。
女子の力とはいえ手加減されていなかったようで、無防備の腹にはそれなりのダメージだ。
「怒らないであげてくださいよ。僕がちょっと強引に誘ったんです。なんなら二階さんも一緒に食べます?」
九之坪がやんわりと桃子をなだめようとしてくれているようだが、あまり効果は見られない。
「誘われたからって乗る方が悪いんだよ。相手がモモだからって、約束を軽く見てたんでしょ」
「いやー。そういうつもりじゃなかったんだけど、なんていうか」
本当に、なんて言うかである。
言い訳を重ねても桃子の怒りに油を注ぐだけのような気配しかない。
かといって、何も言わないでいたら更に怒られそうな気もする。
八方ふさがりである。
困り果てていた白木を助けてくれたのは、桃子の後ろから響いてきた咳払いだった。
咳音がしたら、桃子のマシンガントークがぴたりと止んだのだ。
「お取込み中のところ申し訳ないんだが、そろそろいいかな?」
桃子の後ろからスーツ姿のいかつい中年男が出てくる。
桃子は彼を見て、ばつが悪そうに場所を譲った。
中年男が軽く会釈をする。
「鹿児島県警の江戸川です。白木一さん、最近起きている不審死事件についての事情聴取にご協力願います。部屋を取ってありますので、そちらに移動願えますか?」
願えますかと言いながら、江戸川は体を半分後ろに引いている。
問答無用でついて来いということだろう。
もともと事情聴取を受けるために旅館に残っていたわけだし、今の状態から抜け出したいので、江戸川の要請に白木は素直に応じる。
「おじちゃん、モモとのご飯どうするの?」
「先に食べといてよ。いつ開放されるかわかんないし」
「ぶー」
桃子の苦情も、クラブの出入り口のドアを閉じてしまえば聞こえなくなった。
「夕食の約束を邪魔してしまいましたかね?」
「大したことじゃないんでお気になさらず。半分はあの子の我儘みたいなもんですし」
「そうですか。それならよかった」
「それより、事情聴取が終わったら、僕は家に帰っていいんですかね?」
「その予定ですよ。不審な点が無ければの話ですが」
旅館1階を歩いていた江戸川が一室の前で足を止める。
ドアをノックした。
すぐにドアが開く。
「この部屋でお話を聞かせてください。どうぞ」
先に入っていく江戸川に白木も続く。
玄関で2人そろって靴を脱いだ。
普通の宿泊部屋をとりあえずの取り調べ室にしたようだ。
「こちらにどうぞ」
和室の真ん中に置かれている机の上座側を江戸川が指定した。
白木はおとなしくそこに座る。
白木が座ったのを確認して、江戸川は向かいの下座に座った。
部屋の出入り口は下座側。一応、白木が逃亡しないようにとの配置なのだろう。
「まずはあなたの確認からさせていただきます。お名前は白木一さん。指宿市在住、某商社勤務で休暇中。ここまではお間違いありませんか?」
「間違いありません」
「あなたの姪御さんの参加されている企画とは無関係と」
「無関係です」
「ですが、今日は、企画参加者の皆さんと共に動かれていましたね」
「姪に強引に連れ込まれたんですよ。僕個人としては、連休は家にこもってだらけたいんですけど」
「あなたの希望は結構。とりあえず、4月26日から、ここ4日ほどの行動を教えていただけませんか?」
4月26日からここ4日。
企画が始まってからのアリバイを示せということだろうか。
九之坪から仕入れていた情報によると、連日企画参加者が亡くなっているらしいし、そういうことなのだろう。
「なぜ4日分なんです?」
「捜査機密です」
細かいところまで部外者に教えてはくれないらしい。
当たり前かと思いつつ、白木はおとなしくここ4日間の行動を話した。
「どこまでも姪御さんに振り回されてますな。お疲れ様です」
「わかってくれます? この苦労。僕の怠惰な休暇はどこに行ってしまったんでしょうね」
「おかげで日中のアリバイが確保できたじゃないですか。別件で姪御さんから得ていた証言との齟齬も無いようなので、あなた方の証言は信用しても良いかもしれませんね」
「じゃ、僕はこれで開放ということで」
立ち上がろうと白木は腰を浮かした。
「けれど、そのせいで、企画参加者の方々との行動の被りが多くなっているようです」
「は?」
「黒ではなさそうですが、完全に白とも言い切れませんな」
「そんな言われても、僕、完全に部外者ですよ?」
「まぁ、でしょうね。ですが、少しでも疑わしきはなんとやらというのが自分達の仕事でして」
「それじゃあ僕は帰れないと?」
「いえ、今日のところはお帰りいただいて結構です。ですが、すぐに連絡がとれる状態でいてください。それが解放の条件です。連絡の取れる番号を教えていただけますか?」
江戸川がスマートフォンを出す。
白木は携帯番号を伝えた。
目の前で番号を登録していた江戸川がすぐに電話をかけてきたのは、自分の番号を伝えるためと、白木が嘘の番号を伝えていないかの確認のためだろう。
「遅くまで拘束して申し訳ありませんでした。お疲れ様です。おやすみなさい」
「そちらこそ、遅くまで捜査お疲れ様です」
江戸川と数人の警察官に軽く挨拶して、白木はようやく家路につけた。




