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TOKYO異世界不動産 2軒め  作者: すずきあきら
第二章 物件調査は真夏のビーチで
9/26

4

異世界からの亜人にはいろいろなタイプが・・


「……ははぁ、こういうことだ」


 引き出し式の梯子がするすると降りて来る。


 天井に収納されていた、屋根裏へ通じる梯子。その仕掛けを見つけたのはキアだった。


 そこだけ広い階段ホールの理由は、この梯子を下ろすスペースだったのだ。


「なんでわかったんだ」


「そこから風が、吹いて来た、から」


「見たのか。あの態勢で」


「ううん、感じた。耳と、シッポで」


 キアの頭の耳がふるっ、と、シッポがふんわりと揺れる。


「なるほど。便利はもんだ。さて、行くぞ。残るか?」


 源大朗は携帯を開いて光をかざす。


 スマホではなく、ガラケーだ。部屋から持って来た。


 マレーヤとアスタリの部屋も見て見たが、マレーヤの部屋はもぬけの空、アスタリの部屋のドアは開かない。何度ノックしても叩いても同じだった。


「ううん。いっしょに行く」


「そうか。気をつけろ」


 キアがうなずく。


 源大朗は携帯の光を屋根裏に向けた。四角い穴の向こうは黒い闇だ。何度も確かめるように体重を乗せ、梯子を上り出す。


 上り切って屋根裏から顔を出し、


「いいぞ」


 キアをうながした。


 そうやってふたり、すっかり屋根裏へ上がると、


「驚いたもんだな」


「……うん」


 ガラケーの光でぐるっ、とひとまわり、見えるものは、整頓された、しかしどこか雑然とした、


「子どもの部屋、だな」


「女の子の、部屋だと思う」


 とりたてて人形やぬいぐるみ、ピンクの小物、などはない。しかしどことなくひとつひとつが目をかけられてかわいらしく、なにより、


「こいつだな」


 鏡台が、円形の鏡をこちらへもたげるように掲げていた。


「窓は、ステンドグラスか。雰囲気だな」


 外から見た、正面外壁の上部にシンボリックに配されたステンドグラスが、この屋根裏部屋の明り取りなのだ。


「さて、と。なにか感じるか。オレはそっちのほうはさっぱりでな。ぅん? キア、どうした?」


 振り返ると、キアがじっと鏡を見つめたまま動かない。


 鏡がぼんやりと光っていた。


 と思うと、まるで液体のように光が鏡面からあふれ、滴り、床にこぼれ落ちていくように見える。


 その光に照らされ、キアが魅入られたように動かない。キアの顔もまた青白く染まっていた。


「……」


「よせ! キア、離れろ! 鏡を見るな!」


 肩に手をかけ、強引に引き離そうとする源大朗を、


「うあっ!」


 光が焼いた。


 一瞬、意志を持ったように光が源大朗の顔を直撃する。刀身の一閃のように、光線が双眸をかすめる。


 焼けつくような熱さの次に、沸騰するような痛みが襲って来た。


 転げながら源大朗、


(なんだ!? やられた! 目を……!)


 痛みで目が開けられない。それでも無理に目蓋を開けると、ほとんど真っ白い闇の中に、わずかに動く物体のような影。


「ダメだ、キア! 鏡から……!」


 それ以上は見ていられない。しかし手探りでキアの身体を探し当て、つかみ、引っ張った。


 なのにキアは動かない。どころか、さらに前へ、鏡のほうへと身体が持っていかれるようだ。


 吸い込まれているのか。


「ぁ……」


 キアの抗う声は聞こえない。すでに意識を奪われているのかもしれない。


 そう思いながら源大朗、キアの足だけは離すまいとしがみつく。


 だが、


(ダメ、か。オレのほうも意識が遠くなって……)


 身体中の力が抜けていく。


 握った手の感覚がなくなる、という、そのとき。


「たぁああああありゃぁあああああっ!!」


 場違いな唸り声とともに、一筋の影が舞い降りた。そう感じたときにはもう、ガシャァアアアン! 大きな音が響き渡っていた。


 同時に、


「ぉうあっ!」


 とたん、意識が戻って来た。源大朗は自分の手が握りしめているキアの足を感じたし、その向こうの身体も、


「ううっ……!」


「おい! おいっ! だいじょうぶなのか。ここにいるか! キア、おまえっ!」


 手繰り寄せるように源大朗。そのとき、


「げん、大朗……」


「キア!」


 思わず抱き寄せる。抱き寄せて、


「おぁっ!? 見えてる。目が見えてるぞ! ちゃんと見える。おまえの顔! よかった! キア、身体は全部あるか、五体満足……」


「ちょ、っと、源……!」


「ストーーーーップ!! こらぁ! おっさんは離れろぉー!」


 ぐいっ、と引っ張られる。こんど引っ張られたのは源大朗で、引っ張る、というよりキアとの間に入って、源大朗を押しのけるのは、


「おまえ、マレーヤ」


 そして目を移すと、そこには割られ、砕けた鏡台。辺り一面に鏡の破片が飛び散っていた。


「おまえがやったのか」


「へっへーん! スピンクス、なめんなよぉー」


 そう言ってマレーヤ、その手をかざすと、肘から先がみるみる獰猛な猛獣の腕になっていく。


 とくにその爪の鋭さ。


「スピンクスは、身体がライオン、だったか」


「ほんとはあんまり見せたくないんだー。でも、キアのピンチだったから!」


 そう言うマレーヤ、じつは両脚も、膝から下がライオンの脚になっていた。ふぅー、と力を抜くと、ぼわっ、と元に戻る。


「オレもピンチだったんだがな」


「お、遅れました! みなさん、御無事ですか!」


 と声。見れば、梯子を上がって来るのはアスタリだ。


「アスタリー! 無事だったー! 良かったー!」


 飛びつくマレーヤ。このときばかりはアスタリも、


「は、はい。マレーヤも、キアも、源大朗さんも無事で、ほんとに良かったです」


 笑顔で答える。メガネの向こうの目が涙をにじませていた。


「それにしても、よくやれたな。あの鏡、オレも近づけなかったのに」


「なんか屋根裏が開いてたから上ったらさー、おっさんとキアが固まってて。で、鏡が光ってたから、ぜったいこれヤバい! って思ったらさー、もう身体が動いてて!」


「なるほどな。オレやキアが鏡を見て憑りつかれたのと違って、なんも考えてないヤツがいちばん強かったってか」


「そうそう! なんも考えてな……、ってなによー! 助けてやったのにー! ぶー、ぶー!」


「ぁ、うっ……、源大朗」


「まぁ、それでも助かった。礼を言うぜ。アスタリは……」


「源大朗! あ、のっ!」


 キアが源大朗の手を引く。源大朗が振り向くと、


「どうした、キア? ……んぁ?」


 キアが自分の寝間着の下を押さえて、真っ赤になって目を逸らす。ずっと源大朗が寝間着を引っ張ったままで、ほとんど脱げてしまっていたのだ。


「おわっ! 悪ぃ! 鏡に吸い込まれないよう、引っ張ってて、な」


 あわてて離すと、キア、にらみながら寝間着をかき上げる。


「もう! なにやってんのよ、おっさん! どスケベ! あー、キア、かわいそー! よしよし!」


「いや、オレはキアを守ろうとして、だな」


「んべー! ロリコンおっさんからマレーヤが守ってあげるからねー!」


「ロリコンって……」


「そんなことより! ……見てください、周り」


 そんな流れを断ち切って、アスタリが声を上げる。アスタリを除く全員が顔を見合わせ、言われたとおりに回りに目をやった。


 そして、


「なんだ、こりゃあ!」


「さっきまでは、こんな感じじゃなかったよね。もっときれいだったし」


「廃屋、みたい」


 さっきまでの、雑然とはしていても整った、部屋の主のかわいらしいセンスの感じられる室内。


 それがいま、ほとんどすべての物が壊れたり散らばったり、なによりその上に分厚い埃が積もっている。


 壁のステンドグラスはところどころ破れ、


「天井が」


 キアが見上げる先、天井板どころか屋根のスレートまでが剥がれ落ち、梁の向こうに夜空が見えていた。


「どうなってる」


「下も、そうなんです。ずっとベッドに、すごい力で押し付けられるようで動けなかったんですけれど、ようやくそれが消えて、見たら部屋の中がもう、朽ちたようになっていて、廊下も、階段も」


 アスタリが訴える。


 屋根裏だけでなく、どうやら洋館全体がすっかり倒壊寸前のありさまだ。


「どういうこと? マレーヤがあの鏡ぶっ壊しちゃったから? ぅー、なんか悪いこと、しちゃったのかな?」


「違うな。これは亜人のしわざだ。といっても人型じゃない。モンスターってより、スピリットってところか」


「はい、そう思います。おそらくこの壊れ方は」


「最初から……」


「えー! こんなボロ屋に泊まってたのぉ? うそ! お風呂とかどうなってたの? シャワー浴びたんですけどー!」


 マレーヤの言うとおり、バスルームも洗面所も、陶器は割れ、完全に荒廃していた。


 窓どころか壁も一分壊れて外が見え、屋内には土埃がたまって、虫の死骸や、草までが生えている。


「スピリットが、この家をきれいに見せていたんだ。保っていた、のかもな」


「そんな、空気みたいなのでも、こっちの世界に入って来れるの?」


「本来は許可されてない。知性もない、まさに空気みたいなもんだからな。パスポートも、申請も発給できないだろ」


「けど、入って来てしまうんですね。条件によっては、ゲートや検問を潜り抜けて来てしまうとか」


「ああ。近頃は気密性の高いゲートが増えて、そのへんも対処されて来てるが、まだまだ、な」


 この世界では精霊・悪霊などと呼ばれるスピリット系の異世界生命体。もっとも、こちらの基準では、生命ですらないかもしれないが。


「へー、そうなんだ。でもこれってじゃあ、なんのスピリットなの? なんでこの家に憑いてたのさ」


 マレーヤが口を尖らせる。


 しきりに寝間着のキアをかばって、源大朗の視線から守っているようなのだが、そのマレーヤもアスタリも寝間着のままだ。


「この家が空き家になったのが三十年まえとして、異世界と通じるようになったのが十数年まえです。少なくとも、スピリットのせいでそうなったわけじゃなく、あとから憑りついたのだと思います」


「でも、なんで」


「さぁ、ほんとのところは推測するしかないが、なにか、呼ぶ、ていうか呼び合うものがあったんじゃないか。こいつと、この家が」


「呼び合う?」


「ああ。こいつは日本の妖怪表記だと「雲外鏡」て言われるヤツかもな。鏡に憑くタイプのスピリットでな。まぁ、付喪神だな」


「鏡に、憑く……」


「とはいえ、ほんものの雲外鏡は、鏡に魔物の正体を映して暴くってもんなんだが。ほんものってのも変な言い方だがな」


「なにが引き寄せたのさ、その雲外鏡を」


「これ……」


 キアが指さした。


 それは大事に仕舞われた人形だ。箱が裂けて、中身がのぞいている。


 中まで埃と土が詰まっていたのが、さっきの騒ぎで転げたのか、汚れにまみれた人形が見えるようになったのだ。


「やっぱり女の子の部屋だったか」


「んー、こんなのあったよー」


 こんどはマレーヤが。


 床に積み上がっていたゴミのような山から、引っ張り取って来た。


「写真?」


「アルバム、ですね」


 さまざまな古い写真が張り付けられている。残念ながらその半分以上は、湿気で変質、あるいは写真そのものが朽ちてしまっていたが、何枚か、


「これ、ここに住んでた家族かな。お父さんに、お母さん、子ども、ふたりいたんだ。小さい、かわいー!」


「ひとり、女の子みたい」


「じゃあ、その子がこの部屋の」


「主かもな」


 めくっていくうちに、子どもが成長していくのがわかった。赤ん坊のようだった子どもが三輪車に乗り、それが小さな自転車になり……。


 そして目に留まった一枚。


「これ!?」


「そっくり、ですね、まるで」


 そこに写っていたひとりの少女。


 新入学の記念にでも撮ったのだろう。真新しいセーラー服をどこかぎこちなく着て、緊張した面持ちでカメラを見ている。


 さほど長くない髪を無理に振り分けにしたのか、小さなお下げ髪が下を向いて尖っている、その顔。


「……」


 見つめるキアの表情が、物語っていた。


「いまのおまえに、年恰好もちょうどぴったり同じってとこ、か」


 源大朗の言葉に、誰もがうなずく。けれどその写真はすっかり色あせて、カラーがモノクロのように薄くなっていた。


「うーんと、……1986.3.24、だって。「加奈、中学入学」って、書いてある」


 浮き上がっていた写真を破れた台紙から引き剥がして、マレーヤが裏に書かれていた文字を読み上げた。


「三十年、どころじゃないですね。中学校に入学の」


「ああ。貸してみろ。……ぅん?」


 マレーヤから受け取って、源大朗がアルバムをめくる。ところがその先に、加奈という少女の写真は一枚もなかった。


 それぞれ父母や、男子の写真はあった。しかし加奈はいない。


「この男の子が、これは高校? の入学記念に撮ったものでしょうか」


 だいぶ大人びた面持ちの少年が詰襟の制服で立っている。その横に父親、前に、椅子に座った母親。


「写真館とかで撮ったのかな。なのに加奈がいない、て」


 誰もが、その先の言葉を言えず、写真に目を落とすことしかできない。ようやく源大朗がアルバムを閉じて、


「だが、これでどうやらわかったな。この女の子、加奈が中学入学のころに……、この家からいなくなった。けどどうやらこの部屋なんかはそのままに残されていたんだろう」


「残して、おきたかった」


「そういう家族の強い気持ちが、家に乗り移ったのでしょうか」


 思い出が家に宿る。


 それ自体はスピリットでもモンスターでもない。


 住んでいればごくふつうに、自然に積み重なっていくもの。家はそれぞれ、住人の想いを含んで、ため込んで、それらとともにある。


 それが空き家になったとき。


「思い出だけが、強い思い出だけがいつまでも残って、それを感じるスピリットを引き寄せたんだ。この加奈って子を想う気持ちに成り代わって、な」


 しばらく、沈黙が訪れた。


 誰もが、写真の少女のそれからを想う。


「加奈……」


 いま写真はキアの手の中にあって、じっと写真を見つめていたキアが、ふと目を逸らした。


 その視線が、朽ちて破壊された鏡台に移る。


 まだ残っていた鏡の破片に自分の顔が写って、キアを見つめていた。


 そのとき。


「ぁっ」


 ぼっ! 突然、写真が燃え上がった。


「キア、危ない!」


 マレーヤが写真をはたき落とす。写真だけではなかった。鏡の破片もみな、青白い焔を発して燃え上がり、やがて、


「みんな、ひとつに」


 お互いに手を取り合うように焔はひとつになり、鏡台を青い火炎で満たした。


「下がってろ、キア!」


「危険です、こっちへ!」


 だが言われてもキアは下がらず、逆に手を伸ばした。差し伸べた手がかつて鏡だった面に触れる。と、


「……ぁ」


 青い焔は一瞬強く噴き上がった。


 と思うと、弾けるように掻き消える。焔の残滓が、破れた天井の穴から夜空へ、雲散してった。



明日も更新予定です。

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