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まったく別の亜人どうしがルームシェア?
それはたしかに家賃は半分にできるけど、ホントに大丈夫なの?
「で、なに? あたいの気に入るいい物件でもあったわけ? 言っとくけど、月五万、こみこみでも六万しか出せないからね」
「あの……、わたしも関係あるんでしょう、か」
翌日の午後。
夷やの店内にはフレイヤとリーアがいた。お互い初対面の挨拶を済ませたあと、ソファーのテーブルを挟んで源大朗、
「フレイヤ、リーア、おまえたちふたりでルームシェアをするんだ」
そう言うと一枚のプリントを広げる。
「ルーム?」
「シェア、ですか? わたしと」
「そうだ。ハルピュイアとラミアーのルームシェアだ!」
自信まんまんな源大朗。しかし目の前のプリントの物件は、間取りなどもごくふつうのもの。
「なになに、曙橋徒歩十七分? 微妙ね。三階建ての三階。五十二平米のワンルーム。けっこう広いかな。ん? ルーフバルコニー三十平米? すごい、広い!」
「そうですね。いまのアパートの三倍くらい……、ぁ、でもシェアだと半分、ですよね。お家賃……、十二万八千円!」
物件概要の家賃を読んで、声を上げるリーア。フレイヤも、
「倍以上じゃない! こんなの払えない! 昨日と同じよ!」
話にならない、とかぶりを振る。
「まぁ、待て。さっきも言ったろう。おまえたちふたりでルームシェアだ、って」
「源大朗さん、お客様におまえ、はいけません」
ラウネアが咎めるも、
「あたいならかまわないよ。それより、なんでふたりでルームシェアなの。そりゃあ、家賃が半分になるのは助かるけど、今日会ったばかりの、それも、ぜんぜん違う種族の亜人とシェアなんて」
「わたしも、不安です。ここは広いですけれど、わたしの身体だと半分くらいすぐいっぱいになってしまうし、そうしたら、フレイヤさんにも迷惑だと思うし」
ふたり、やはりダメか、と顔を見合わせる。
「そうですね。昔からのお友だち、というのでも難しいと言いますし、共同生活は」
「お互いのメリットが」
ラウネア、キアも利点を見いだせない。
しかし源大朗、ニッ、と笑って、
「部屋を間仕切りする、と思ってるんだろう。そうじゃない。いや、仕切るは仕切るがな、水平に仕切るんだ!」
拳の親指を突き出した。
*
「これ、って……」
「すごいです。ほんとにシェアされてます」
出来上がった部屋を見て、フレイヤ、リーアが声を上げる。
「さぁ、入った入った! といっても、ここから「ふた部屋」に分かれるんだがな」
玄関ドアの前で源大朗。
そのドア、開けたところから、ちょうど一メートルと少しのところに、水平の板があって、玄関ホールはもちろん、そこから先の部屋がちょうどまっぷたつに、水平に区切られているのだ。
「じゃあ、あたいは上に」
「わたしは下ですね」
ひょい、と飛び上がってフレイヤが「上のフロア」へ。リーアは「下のフロア」へ潜り込む。
「オレたちはどうするかな」
「とりあえず、下」
源大朗とキアは下へ、床に手をつきながら入っていく。
およそ一か月まえ。
『部屋を分ける?』
『えっ、水平に? ですか』
フレイヤとリーアを夷やに呼んで、源大朗が説明したときのこと。
『そうだ。ふつうのルームシェアは部屋ごとに分けるが、水平に割ることで同じ間取りをふたつ作る。広さは倍。欠点は、天井高が半分になること。この物件は古いマンションにしては天井が高いが、設ける中階床の厚みもある。それぞれ一メートルちょっとになるだろう』
『そんなに低いのですか。それだと』
『生活できない』
ラウネアやキアも懐疑的だ。
『リーア、ふだん部屋で、どうしてる。いまみたいに身体……、人間と同じ部分をこう、ちゃんと持ち上げて動いたりしてるのか』
『いえ。これはみなさんと合わせるためで、ふだんは、身体と同じように這っています。手を使わなくても、移動できますし。……ぁっ』
言いながらリーアが気づいた。源大朗がニッ、と笑う。
『部屋の中程度なら、ラミアーの移動は身体ごと腹這いでかまわないしストレスも不自由もない、てのをどこかで見てな。なら、生活空間は縦方向にぐっと低くできる。フレイヤは小柄だし、部屋の中で羽ばたくことはないだろ。広いルーフバルコニーがあるからな。ふだんはそこから直接出入りできる』
これにはリーアのみならず、フレイヤも大きくうなずく。
『あたいは部屋じゃ寝るくらいだしな。仕事を自分でするようになれば、荷物の置き場所なんかに場所は必要だけど。それよりこのルーフバルコニーがあれば、うんと楽だよ。三階でちょっと低いけど、地べたよりはぜんぜんいい! ここで寝たいくらい!』
笑顔に白い歯が覗いた。
『じゃあ決まりだな! 工事は基本、床を途中に設けるだけだからすぐに入れる』
『ぁ、でも、おトイレとかお風呂とかは、どうするんですか?』
『キッチンも』
『そういう設備はシェアするしかないな。ドアなんかはそのまま残すから、ドアノブはふたつ要るが、上と下から入って使う。時間で決めたり、ルールを作ればやっていけるんじゃないか』
源大朗の提案に、
『うん!』
『はいっ!』
*
「おー、ちゃんとできてるじゃないか。床の強度を出すのに、柱は仕方ないな」
一見床下のような、下のフロアを奥へと進みながら、
「なんとかしゃがんだまま歩けるじゃないか」
「天井高、一メートル十センチ」
慣れれば移動もそう苦ではないだろう。けれどこの部屋の住人は、源大朗のような人間でもキアのような人間型亜人でもない。
「わたしはとても快適ですよ♪ 高さはふだん要りませんから! それにこの洞窟みたいなのが、落ち着くんです」
そう言ってすいすいとヘビの身体をくねらせるリーア。声が弾んでいる。部屋の中には、丈の短い家具がいくつかあった。
「そっちはどうだ! 上の、フレイヤ!」
呼ぶと、
「こっちもいいよ! すっごく広い! ちょっと天井低いけど、天井にさわれて新鮮かも! あははっ!」
と楽しそうな声が帰って来る。
床自体は板材とクッション材程度なので音はほぼ筒抜けだ。キッチンなどの開口部でも繋がっているし、仕方がない。
「風呂は、どうだ」
「こっち」
ふたりでしゃがみながら進む。
「この低さ、人間なら台車があるといいかもな、ケツを乗せて移動できる」
「ぁ、いいですね、お客様用にあると。うふっ」
すっかりリーアも楽しそうだ。
洗面スペースにたどり着き、引き戸を開ける。そこから先は、
「よ、っと! ふぅ、ふつうに立てるな、ここは」
振り返ると、源大朗の胸の高さくらいの床の上、フレイヤが顔を出す。
「お風呂、けっこう広いね! あたいは水浴びくらいしかしないけど。リーアはだいじょうぶなの? この広さ」
「ぁ、はい。全部は入りませんけれど、今のアパートよりはずっと広いのでうれしいです。ほんとにシッポを伸ばしたいときは、健康ランドのお風呂、行きますし」
さっそく上と下で会話。
なんだか二段ベッドのようだ。
「ここはもともと1LDKだったのが、アルゴス族の男が借りるってので、ワンルームにした物件なんだ。アルゴスは巨人族で、ベッドだけでも三メートル以上のが必要だからな。そういうわけでもともと改造物件だったんで、さらに改造するのもハードルは低かったってわけだ。亜人の住居に関する行政の補助もあるから、ほとんど工事代はタダだしな。家賃も十二万まで下げた。ひとり六万ジャストだ」
「ほんと、助かったよ! おっさん! いや……、源大朗!」
「ありがとうございます、源大朗社長さん!」
ふたりの礼には心が籠っていた。
「あとは、ふたり、仲良くやれよ!」
*
「あ、あの! サンドイッチ、作ったんですけれど、お昼、いっしょにどう、ですか?」
リーアが下から話しかける。
「え、ほんと、いいの? うれしい、ありがとう!」
休日の、ふたりいっしょのランチ。
ハルピュイアとラミアーの、奇妙なルームシェアだ。
「あの、中身は生肉なんですけど」
「いいよ、あたいも主食、生肉だし、ラミアー族もだよね。他にも食べられるけど。でもいいよぉ、気を使わなくて。疲れちゃうでしょ。ぁ! おいしいっ!」
「ありがとうございます。スパイスちょっと効かせてあって。ぁ、でもいいんです、この間、新しいバイトも決まって。少し余裕もできてうれしくなって」
「そうなんだ。どんなバイト?」
「品川区にある、上神明高祖神社っていうところなんですけれど。ヘビを祀っているんです」
「ヘビ! あー、それで」
「ええ。そこの、お手伝いを。そうしたらお参りに来る人に受けが良くて。それでこんど、イメージキャラみたいなこともしてくれ、って」
「いいねー! そのうちご神体になっちゃうんじゃない? あはっ」
「そうですね、それは困りますけど。うふふっ」
「でもよく見つかったね、そんなバイト」
「はい、あの不動産屋の社長さんが紹介してくれたんです。なんでも知り合いのお医者さんから教えてもらった、とか」
「へー! あの社長か、源大朗のおっさん、いいとこあるじゃん!」
「そうですよね。こんな広いお部屋も工夫してくれて。ほんとう、感謝しています。それに、けっこう、その……」
「ん?」
「い、イケてます、よね!」
なぜかリーア、顔がみるみる赤くなる。
「ほぇー、なになに? リーアって、ああいうおっさんタイプ? そうかぁ! いやいや、まぁ、あたいも、悪くないなって、口は悪いけど、仕事はできるしさ。あ、そうかぁ! うん、いいねいいね!」
目をキラッ、と輝かせるフレイヤ。囃したくて仕方ないといったふうだ。
「そ、そんなんじゃ! わたし、小説を書いているので、源大朗社長みたいな感じ、キャラにいいかな、って」
「えー、小説書いてるの? すごいすごい!」
「ぜんぜん、です。まだ、採用されたことないんです」
「でもいいよね、夢があるって。あたいも自分で宅配便、本気で始めないと。じゃぁさぁ、こんど読ませてよ、小説! どんなの?」
「ぁ、あの、BL、っていって」
「ビーエル? B……ボウケン、ロマン? じゃないか。ま、いいや、できたら読ませてよね! ぜったい!」
「ぜ、ぜったい?」
「そうそう、面白そうじゃん! あのおっさんが出て来るビーエル! ん、どうしたの?」
「あ、あの、あの……、無理、です、ごめんなさい! 読ませませんっ!」
*
そのころの夷や。
「ぶわっくしょっ!」
「あらあら、風邪ですか、源大朗さん、気をつけてくださいね」
大きなくしゃみのあと、鼻をすすって、源大朗、
「誰かがウワサしてやがる。どうせろくなもんじゃないだろ。まったく」
ラウネアが差し出すティッシュを取り、洟をかんだあと、
「風呂、行って来る」
立ち上がる。
「お風呂のあとのお酒、ほどほどにしてくださいね。公園のベンチで寝たりしちゃダメですよ」
「んなこたぁ……、わかった」
それだけ言って、店を出た源大朗。
しばらく背後に、店先から見送るラウネアの視線を感じていたが、辻を曲がって、ふと空を見上げる。
そこにいつもよりもずっと大きな赤い月を見たとたん、
「うっ!」
まるで撃ち抜かれたような衝撃にたたらを踏み、思わず電柱にもたれた。頽れそうな身体を必死に支える。
全身に汗が噴き出す。異常にズキズキと痛むこめかみ。
そしてこみ上げる、たったひとつの想い。
「オレに嫁と、娘が……?」
ありえない。だが確信しかない。揺るがぬ、記憶、それが……。
急速に消えていく。
想いではない。確からしさ、真実味が、足元の砂が崩れ、流れ落ちるように心もとなく危ういものになっていった。
「……なわけねえだろ。なわけ、ない」
すっかり頭痛も身体の熱も消えている。
バリバリと頭をかくと、源大朗、夜の路地へといつものように歩き出す。
気付かずに、血が滲むほど唇を噛みしめていた。
(了)
お読みいただきありがとうございました。
本作はこれで完結です。
また別の新たな作品でお会いできる日を楽しみに!




