人類光臨連合
「それで…どうしてこうなる…⁉」
我々はは昼食を取っているのだが、アリムとフィルティアが私を挟んで座ったと思うとそれぞれのお弁当を私に食べさせようとしている。部下達の話だとこれは『羨ましいこと』らしいが、私にとってはただただ困り果てるだけだった。
「はいゼレスさん、あーん」
「…お願いだ、普通に食べさせてくれ」
「駄目ですよ師匠、こういうときは断っちゃ」
そのときの笑顔に私は怖くなった。それは、何を考えているのかわからないからだ。
「はい、あーん」
私は渋々口を広げると、出汁巻き卵が運ばれてきた。出汁が見事にふわふわな卵と見事に調和していて、凄く美味しい。
「どうかな?」
「美味しい、流石料理長の弟子の優れ者だ」
「ありがとうございます」
彼女は料理長の弟子で、いつも料理長の手伝いをしながら教えてもらっている。料理長の味まではまだ辿り着けていないが、それでも十分至極の一品へと昇華させられている。
「はい、私のも」
口に運ばれたのはきんぴらゴボウだった。料理長やフィルティアのモノにはまだまだ及ばないが、十分味が染み込んでいて美味しい。
「美味いな、味濃くなくて食べやすい」
「えへへ…」
これがデレデレ状態、なのか?二人は天に登りそうな位の雰囲気を醸し出している。私には更に困った状態だが。
そして、二人に食べさせられながら三人は完食する。あぁ、人生で精神的にこれまでにない位物凄く辛かった…。
「…フィルティア、どうして私を好きになった?国のために戦うことばかりで他をあまり気にしないような私に…?」
「…あなたは『他を気にしてない』ことなんてないですよ?」
アリムに言われたときのように驚いた。あのときと同じように嘘をつく気など全くない様子だ。
「だって、気にもしない人に『ありがとう』なんて言葉は言いませんから。最初の頃はなにも言わなかったのに、今では感謝を示してくれる。ゼレスさんはゼレスさんなりに私を見てくれている。それだけでも私は嬉しいです」
彼女の言う通り、私は最初は気にも止めず突き放すだけだった。しかし、突き放さなくなると自然とその言葉が浮かんでくる。
「毎日『付き合ってください』って言っても断られてるけど、本気で嫌ってないのがわかっているから、どんな形でも私のことを思ってくれているから、ゼレスさんが愛しいのです」
「…そう、か。なら、私に恋愛というものを教えてくれないか?』
「えっ…それって!?」
「私でよければ…付き合ってくれませんか?」
「…はい!喜んで!」
嬉しさのあまり涙を流しながら応える彼女は私の胸に飛び込んで来た。咄嗟に抱きとめ、頭を撫でている姿をアリムは微笑ましそうにしながら、アイコンタクトをしてきた。
(師匠、今こそ誘うときですよ!)
「あの…フィルティア、今…」
『まさかゼレスが恋に目覚めるとはねぇ?』
(なんでこんなタイミングに来るのだ!?)
「アルセヴィア、どうしてここに!?」
場の空気を一瞬で消してしまった彼女はスタスタと歩いてきた。
「主様に『アリムに魔術を教えてやってくれ』って頼まれたの。それで、ここに来たらあなた達が修行していて、邪魔しちゃ悪いかと思って風景に溶け込みながらあなた達を見ていたら、まさかカップル成立しちゃうとわね…」
「アルセヴィアは偵察兵かなにかか…」
「主様の命令とあらば、なんでもこなしてみせますよ」
「…あの、アルセヴィアさん、昼食まだですよね」
「ええ、自前のサンドイッチ食べてからどうするか考えることとします」
この『考える』は、多分アリムのことだ。彼女が弟子を持ったらどうなるのか、少し気になるところだ。
「それじゃぁアリム、午後はアルセヴィアに任せるがいいか?」
「はい、師匠に任せます」
「ならアルセヴィア、後は頼んだ」
「はい、末永くイチャつきまくってください」
(師匠、アルセヴィアさんが来るのは予想外でしたけど、これですぐにデートできますね?)
(それはどうも…)
(…やはり女性というのはよく分からない!)
そう思いながら、フィルティアに腕に抱きつかれたまま訓練所を後にするのだった…。
「会談中失礼する」
「まぁまぁ、とりあえず腰を掛けてくれ」
部屋に入ったときから全く隙を見せない身体がしっかりとした男は静かに座る。
「私は人類光臨連合軍大佐、アルヴァール。まずは、急な会談を快く承けてくれたことを感謝する」
「気にするな、皆が許可したから入れてもらっただけだ」
(本当は否を唱える者がいても強引に入れさせたけど)
「…それで、連合とは一体なんなのだ?そんな国は聞いたことはないが?」
「堕天使によって世界各地が荒れ果ててしまった。我々人類は概ね半数は殺されてしまった。そして生き残った我々は立ち上がり、人類光臨連合を結成した。国土を持たないから国ではない。だが、一日でも早く平穏を取り戻したいという思いだけは誰もが思っている」
「だが、我々の力だけでは到底堕天使には敵わない。逆にこちらの被害が増えてしまう一方だ…」
「だから…お願いだ!確かに人類は魔族を怖れ、傷つけてしまった。その過去は変わらないし、許されることではない…。だが、それでもどうか、我々に力を貸して欲しい!」
アルヴァールは深く頭を下げてきた。そこには偽りなど一片も感じられなかった。他の者に目をやると、言いたいことを察し、理解した上で揃って頷いた。
「少しは顔を上げてくれ、心が痛む」
「君達が言ったように過去は消えないし、恨みを持つ者も少なからずいるだろう。けど、大事なことを忘れていないか?」
『助けて欲しいと求むこと、助けたいと思い行動に移すこと、それに種族なんぞ関係あるか?』
「…!ということは…」
「元から我々は力を貸す、いや、共に戦って欲しいと願う側だと思ったのだが?」
「…感謝する!」
「涙はこの件が終わってから、本来の日常を取り戻してからのために流してくれ」
「…はい…」
アルヴァールが涙を拭っているとき、ネムがしみじみした場をぶっ壊した。
「ねぇ、そろそろお昼にしない?」
「あぁ、確かにもうこんな時間か…」
「俺も腹減ったな…」
「私も…」
「久々の料理長の料理、堪能させて頂きますわ」
それぞれに席を立ち、部屋から食堂へと向かう。その姿をアルヴァールはただ呆然と見ていた。
「なにをボサっとしている?早く行くぞ」
「いや、私だけが食べては待ってくれている者達に…」
「なら、全員呼んで来ればいい。『どんなときでも最高の料理を提供すること』が料理長のモットーだから、急なことでも嫌な顔見せるどころか喜んで作ってくれるよ。それに、こういうときは快く頂くのが筋だと思うが?毒が入ってるかもって?それは料理長に対する侮辱に等しいぞ」
「なら、そのご厚意に甘えよう」
「と言う訳で、城園で待機している者達を食堂まで連れてきてくれ」
『承知いたしました』
家臣達はそれぞれに散らばって行く姿を確認すると、二人も部屋を後にした…。
「ふぅ、ようやく書き上がった…」
「お姉ちゃんお疲れ様」
「リティスも凄い出来よ」
「うん、今回は自慢できる」
フィネアは普段小説家として執筆している。ペンネームは『olca』、代表作は家事に巻き込まれ死んでしまった主人公が貴族である大切な幼馴染に正体がバレないように守り抜いていくという物語の『黒の銃士』。リティスはその表紙、及び挿絵を描いている。ペンネームは『alca』、この二人が正体だということはディネア様とディスペアラーズの皆位だ。
「皆お疲れ様、はいレモンティー」
ダリアスは幼い頃にお世話になっていた少子院でシスター達の手伝いをしている。二人はその少子院向けてオリジナルの絵本を時々無償で提供している。こちらも凄く評判がよく、一般の人達も読みに来るほどだ。
「ありがとう。それにしても、外が騒がしい気がするね…」
「聞いて気付いたけど、確かに騒がしいね。ダリアスはなにか知ってるの?」
「うーん…『連合』って、名乗る人類がやってきて皆ざわついてるみたい」
「あぁ…なるほどねぇ〜」
とりあえず、面倒くさいことになってるってことはわかる。けれど、ディネア様が全部丸く収めてくれる。
「まぁ気にすることはないでしょう。それより、今はお茶を楽しみましょう」
「…ふぅ…やっぱり執筆後に飲むこれが一番美味しい」
「うん。このちょっとした酸っぱさがクセになるわ」
「にしても、よくこの味が引き出せるわね。流石は皆のお姉ちゃんなだけあるわ…」
確かに彼女は普通に見たらアホの子だ。けど、蓋を開けると頭脳明晰で家事万能、そしていざというときに頼りになる立派なお姉ちゃんだ。逆に言えば、あの錬成術は天才的な頭脳を持ってこそ完成するのである。
「えっへん!って、あれ?」
部屋の窓から外を見ているダリアスがキョトンとしている。
「どうしたの?」
「ゼレスがフィルティアと手を繋いで歩いてるよ」
「…リティス、これは調査がいりそうね」
「うん、お姉ちゃん。カメラ持ってこよ」
「ねぇ、何するの?」
二人は顔を見合わせると頷き、息ぴったりに言う。
『お二人の恋愛を物語にするための取材をするに決まっているじゃない!』
ダリアスは顔を顰めながら再び窓越しにゼレス達を見る。
「それ、二人に対しての嫌がらせじゃない?」
『そんなこと言っていたら行動できないじゃない!』
二人は速歩で外へと向かい、ダリアスは一人街を眺め続けた…。