第42話 ロクでなし勇者はナリッサとクエストを受ける 2
抜き足、差し足、忍び足。抜き足、差し足、忍び足。
俺はナリッサに言われた通り、足音を潜めて【功過の墓標】の中を歩いていた。
「お酒がぁ~なくなるとぉ~私はは~動け~ない~」
「しっ、静かにさせろユーロ! 止めろ、不死者が起きる!」
ナリッサが振り返り、陽気に歌を歌うロゼリアに小声で叱咤した。俺はすかさずロゼリアの口に手を当てる。
「んん~、んんんんん~!」
何か言いたげだが無視だ。酔っぱらいの言う事を聞いているとロクなことにならない。持っていた布でロゼリアの口元をふさぐ。
「んんんん、んんんんーー!」
顔を赤くして叫ぶ。全く、酔っぱらいのたわ言にも困ったものだ。
「おい、ユーロ。本当に大丈夫なのか、そんなプリーストを連れてきて」
「大丈夫大丈夫、こいつは腐っても優秀なプリーストだ。何かあったらどうにかしてくれ――」
小声で話しかけてくるナリッサの方を振り返ると、
「…………」
大量の不死者が、そこにいた。
「~~~~~~~~~~~!」
俺は声を潜め、瞠目する。そうか、ロゼリアが言いたかったのはこのことか! 俺はぷるぷると手を震えさせながら、ナリッサの背後を指さした。
「なんだ、ユーロ。私の後ろに何かいるのか。驚いた顔をして私を驚かそうとしても無駄だぞ」
ナリッサが不服そうな顔をして踵を返すと、
「あああああああああああああああ!」
小声ながらも、叫んだ。ピク、と不死者たちが反応するが、まだ動かない。どうなってる。どういうことだ。何かの術式が作用しているのか。
「な、なんで不死者が動かないんだよ」
「しっ、静かにしろ、ユーロ! まだ大丈夫だ、そこまで大声を立てている訳ではない! 黙ってその場から動くな!」
ナリッサは顔だけ振り向き、説明した。まだ敵だと認定されたわけではないということか。
「ああああ、あああああああ」
言葉になっていないような呻きを漏らしながら、不死者が俺たちに近寄って来る。
「ああああああああああああ」
不死者がナリッサに近づき、ナリッサを確かめるようにして四方八方から観察する。
「…………」
一瞬動きが止まり、
「……」
「…………」
ごくり、とナリッサが生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
「ああああああああああ」
不死者はナリッサから興味を失い、俺たちの方に来た。なるほど、確かに動かず黙っていればなんとかこの窮地を切り抜けることが出来そうだ。
「ああああ、あああああ」
不死者は俺を四方八方から観察し、
「…………」
じっと、止まった。
「……」
「…………」
冷や汗が額を流れる。
「……」
「…………」
一拍。
「うおおおああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目にもとまらぬスピードで、俺たちに襲い掛かって来た。
「なんでなんでなんでなんでだぁ! どうしてこうなったああああぁぁぁぁ!」
「ご、御託は後にしろ! 走って逃げろ、ユーロ!」
俺はロゼリアに肩を貸しながら走っているので、上手く走れない。
「くっそおおおおぉぉ、なんでだあああぁぁぁ!」
「貴様、前回も不死者に追いかけられたのではなかったのか⁉」
「あ!?」
走りながら、ナリッサが横から声をかけてくる。
「それがどうかしたのかよ!」
「貴様、どれほどあの不死者たちと肉薄したのだ!?」
「どれほど、ってかなり近くだよ!」
「なら、臭いを覚えられたのではないのか!」
「…………」
なるほど。前回の失敗で臭いを覚えられたから、今回は俺の臭いで気付いた、と。そういうことか。
「謎は全て解けた!」
「貴様ああああああああぁぁぁぁ!」
ナリッサは怒りをあらわにするが、今となっては後の祭りだ。
「ぷはっ」
疾走で口元から布がずれたロゼリアが、声を出した。
「宿酔盆に返らずよねぇ~」
「うるせえええぇぇぇぇぇ!」
ロゼリアの決め言葉が出た。
「あんたらぁ、早くぅ、走りぃなさいよぉ!」
「お前のせいだろうが!」
宿酔で千鳥足ということもあり、ロゼリアは動線を遥かに離れた場所にも足を踏み入れる。
「あああああぁぁぁぁ!」
ロゼリアの動きを感知した不死者が地中から起き上がり、どんどんとその数は増していく。
「こんな奴連れて来るんじゃなかったああああぁぁぁぁぁ!」
「うるさいわねぇ、耳元でぇ、叫ばないでよぉ」
ふふふ、と謎の笑いがロゼリアから漏れ出る。
「うっ……」
ロゼリアが突如口元を押さえた。まさかまさかまさかまさか。
「おぇっ」
嘔吐。ロゼリアの吐瀉物がナリッサにかかる。
「よくやったロゼリア!」
「き、貴様あああぁぁぁぁぁ何をする!」
あああぁぁ、一張羅なのにぃ! と泣きわめくナリッサを尻目に、俺はいいことを思いついた。
「ナリッサ、ここからは二手に分かれるぞ! 二手に分かれりゃ不死者も分散する! より逃げやすいはずだ!」
「き、貴様ら無事に逃げ切ったら覚悟をしておけ! 無事でいられると思うな!」
びし、と俺たちに指を差したまま、ロゼリアは左に曲がった。俺たちは右に曲がる。
「ふぅ……」
「あああああああぁぁぁぁぁ!」
だが、不死者たちはあまさずナリッサに追従した。
「どうしてだああああああぁぁぁぁぁ!」
叫びながらナリッサが逃げている。ロゼリアの臭いという臭いをしみこませた吐瀉物がナリッサにかかったのだ。それはそれは強烈な臭いがしていることだろう。
「か、担いだな貴様らあああああぁぁぁぁぁ!」
「だって、ロゼリア」
「宿酔盆に返らずよぉ……」
えへへ、と笑いながらロゼリアは言う。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!」
ナリッサは悲鳴を上げながら、【功過の墓標】の中を走り回っていた。
俺とロゼリアはその場にしゃがみ込み、一服する。
「早く助けろ貴様らああああぁぁぁ!」
「すまん、副聖騎士長、後はなんとかしてくれ! 聖騎士としての威厳を見せてくれ!」
「ユーロ・テンペストォォォォォォォ!」
血眼で俺を睨みつけるナリッサ。こわ。
「こうなったらば仕方がない……」
ナリッサが何かを呟いた。勇者耳は聞き逃さない。
「悪なる全てを打ち滅ぼせ、聖属性付与!」
ナリッサは持ち前の細剣を掲げ、そう叫んだ。




