『忘却の都市』 声にならない距離
JACを出たあと、霧崎は今の状況を整理しながら彼女の場所を探った。
(……行くとしたら、あそこだろう。)
コンクリートに囲まれた、電波も届かない地下の一室。
風も光も遮断された、静寂だけが残る空間。
彼女が“ひとりで考えたいときに行く場所”。
地下へ降りる階段を一段ずつ進み、無骨な扉を静かに開けると——
そこに、夏希はいた。
硬いベッドの上で、膝を抱えるようにして座っている。
ただ黙って、何を見るでもなく、何をするでもなく。
俺は思わず口を開きかけ—— けれど何も言えなかった。
この空気に、言葉なんて意味を持たない。
何を言っても、今はただの気休めにしかならない。
だから彼は、黙ってその場に佇んだ。
沈黙だけが二人をつなぐ。
しばらくして、ようやく—— 夏希が静かに声をこぼした。
「……私ね。今回の首謀者が小林副隊長だって知った時、 実は、少しだけ嬉しかったの。」
霧崎は目を伏せたまま、耳を傾けた。
「決して、良い再会じゃなかったけど……でも……もう二度と会えないと思ってたから。 話ができるかもしれないって……知りたかったんだ。なんで、あんなことしたのか……」
その声は、かすかに震えていた。
「それなのに……どうして……こんなことに……」
再び沈黙。
さっきよりも、少し深い沈黙。
俺は、やはり何も言えなかった。
言葉よりも、空間にいた。
やがて夏希が、絞るように言う。
「……ごめん、ちょっと……一人にさせて。」
黙って頷き、そして、扉を静かに閉じる。
扉を閉めた瞬間、外の空気がやけに冷たく感じた。
頭の中は、整理どころか余計に濁っていた。
それでも霧崎は、歩き出す。
浮かんでくる疑念を、振り払うように。感情に飲まれぬように。
——日々の巡回が、今の自分を保ってくれる気がした。




