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勇者と聖女と俺の旅路(前編)

 王都を出て、俺たちは次の街を目指している。姉さんはロバの引く幌付きの荷車に乗り、爪磨きに一生懸命だ。その横を俺と兄さんが歩いて進む。このロバは王都での拝命の儀のあと、王様から賜った――むしろ姉さんがぶんどった――ものだ。



 姉さんは乗り合い馬車で、俺は対人恐怖症気味の兄さんに付き合わされて歩いてたどり着いた王都でのこと。兄さんと姉さんは拝命の儀を受け、正式に勇者と聖女としての依頼を受けた。

 なんでも魔王に、王様の一人娘である姫が攫われたので助け出して欲しいとのことだ。


 姉さんは即座に断ろうとし、兄さんは始終小さくなって存在感を消そうとしていた。困った王様の側近たちが一斉に俺を見たが俺だってそんな依頼受けたくない。そんなのは高い給料を貰っている貴族なり騎士なりがやればいいのだ。

 その職務怠慢をどうして俺ら一般人に押し付ける。するとおもむろに王様が口を開いた。


「その剣は十億ゼニー、その杖は八億ゼニーの価値がある。剣と杖がそなたらを選んだのじゃ。その剣と杖を授けよう。だが、国としてはこれ以上国庫を傾けることはできない」


 俺は驚いた。一般人の生涯賃金が五百万ゼニーと言われている。ちらりと隣の姉さんを見ると、売ろうと顔に書いてあった。


「正式にさげ渡すのは姫を救い出したあとじゃ。万が一にもその前に売ったら地の果てまでも追い詰めて縛り首にしてくれよう」


 王様、その気合いをどうして姫を救い出すのに使わない。俺は遠い目になっていたことだろう。


 結局、我慢比べになった俺達は頷かざるを得なかった。ちなみに最初に屈したのはトイレに行きたくなった姉さんだ。俺が最初じゃなくてほっとした。


 その後、トイレから帰った姉さんがごねにごね、ロバと幌付き荷車と百万ゼニーを賜ったのだ。その時、姉さんは王様を前に湿気てるわねと言ってのけた。



 こうして三人旅がはじまったのだが、兄さんと姉さんの我儘ぶりには頭を抱えたくなる。まずは周辺の弱い魔物を倒して、レベルを上げろと言われたのだが、好き嫌いが激しい。


 兄さんは血を出しそうなものは一切拒否。なので主にスライムとしか戦わない。姉さんもスライムだけを執拗に狙う。なんでも昔、変な信奉者から姉さんとスライムが絡む絵画を捧げられ、それ以来大嫌いだとのこと。

 なので、スライム専門の勇者と聖女を尻目に、その他のモンスターはすべて俺の担当だ。


「終わった? もう終わった?」


 荷車の幌の中で目を隠しながら聞く勇者。幌の中にいるのはうっかり外を見て気絶しても良いようにだ。兄さんは俺より体格が良い。一度、幌の外で気絶したときは積み込むのが大変だった。


「ちょっとー、早くしてよー」 


 荷車の縁で脚をぶらぶらさせながら聖女が言う。こんなでも、俺が本当に無理なときは特製催涙スプレーで助けてくれる優しい姉さんだ。時々俺も巻き添えを食うのはいただけないが。


 ちなみに俺が怪我をしても治すような力はない。姉さんの愛はほぼすべて自分に向かっているので、自分以外に聖女の力を使えないのだ。

 反対に姉さん自身は攻撃力は低いものの、絶対的な防御力と回復力を誇っている。その高い防御力でスライムの酸をものともせず、踏み潰すのだ。

 スライムを潰す姉さんは鬱憤を晴らすようにふふっ、ふふっと笑っていて気味が悪い。


 スライムが出たときだけは、俺の休憩時間なので本を読んでいると、スライムの酸液が品質によっては素材に使えることがわかった。姉さんは俺の言うことを無視して、ぐちゃぐちゃにしていたが、役立たずを自覚する兄さんはできるだけ丁寧にスライムを倒すようになった。


 お金に換えようとしてのことだったが、痴漢撃退用に流用できるかもと思いついた姉さんに取り上げられた。流石にそれは過剰防衛じゃないか? 

 自分が傷を負わなくなったことで、姉さんの鬼畜度に磨きがかかってきているように思う。


 日が暮れて、兄さんの勇者としての真価が発揮されるときがきた。ゴーストだ。彼らは霊体だから切っても血が出ない。

 一方、その気持ち悪いらしい見た目は、魔力の低い俺にはほぼ見えないし、兄さんにもはっきりは見えていないそうだ。


 反対に、嫌がるのは姉さんだ。自分の周りにだけ結界があるので触れられることはなくても、見るだけで吐き気を催すくらいには無理らしい。

 いや、浄化とかって聖女の本領じゃないのか?


 ゴーストには、本来物理攻撃が効かない。なので、俺には街で買える聖水くらいしか攻撃手段がない。そのくせ、長引く状態異常を引き起こす厄介な相手なのだ。


 だけど、兄さんにかかれば、魔力をまとわせた剣で一刀両断。ゴースト相手に華麗に立ち回る兄さんはまさに勇者といった雰囲気だ。

 俺には(もや)相手に武術の型をとっているようにしか見えないのが残念だ。


 なんだかんだでずっと肩身が狭かったらしい兄さんは活躍の場が得られて嬉しそうだ。


 万が一のとき用に聖水もある程度買い込んではある。だけどこれ、バカみたいに高いのだ。ほんの一本で数日分の宿代が飛ぶ。

 あまりに高いので、一度姉さんに自作できないか頼んでみたが、姉さんは自分への強化以外何もできないので、水に祝福を与えて聖水を作ることもできないらしい。

 本人には言えないがとんだぽんこつ聖女だ。




 俺達はずんずん進む。なにせ予算は百万ゼニー。しばらく遊んで暮らすには十分な額だが、武器や防具を手に入れての旅には額が一桁足りない。

 王様にもらった予算はそれぞれに革鎧の防具を買ったらほぼ尽きた。そのおかげで俺の武器は木の弓と棍棒だ。どこのゴブリンだと問いたい。


 旅にかかるその他の費用は、ゆく先々の町で依頼を受けたり、魔物の素材を売ったり、有用な素材を採取したりで賄っていた。

 いつ金が尽きるかわからない綱渡りの自給自足の生活が続く。


 ある街で兄さんと姉さんが喧嘩になった。兄さんが『喧嘩上等』と書かれた革のハリセンを欲しがったためだ。武器はあるんだから違うものに使いなさいよ、と姉さんは言った。

 確かにそのハリセンは結構な値段がした。しかし、兄さんの主張もわかるのだ。おそらくあのハリセンなら血を流すことなく魔物を倒せるだろう。俺はどちらに付くか迷った。


 確かに懐事情は厳しい。どれくらい厳しいかというと、宿代が工面できなくて、俺が民家の納屋の鍵をうまいことこじ開けて泊まるようなことも稀ではないくらいだ。そう、俺は手先が器用なのだ。


 その一方で、一般人の俺が棍棒で戦うのにも限界を感じていた。どういう形であれ、勇者が戦闘に参加してくれるなら心強い。


 姉さんは折れなかった。ハリセンを買うくらいだったら本来は弱い俺にもう少しマシな防具でも買うべきだと言ったのだ。あの姉さんが。あの自分さえよければよいあの姉さんが、だ。

 それが例え、気持ち悪いモンスターの群れを俺に押し付けるためだったとしても。俺は感動していた。


「わかったわよ」


 姉さんは言った。私がお金を作ってくるから、あんたたちは絶対何も見ないで宿にいろと。男二人を残して姉さんは夜の街に出ていった。




 翌日の昼過ぎに帰ってきた姉さんの手には金銀財宝がしこたま握られていた。これだけはやりたくなかったけど、仕方ないわね、と寂しげに笑う姉さん。


 聞けば、単身盗賊のアジトに乗り込んで、道中集めた様々なスライム液でアジトを壊滅してきたとのこと。


 モンスター相手より人間相手の方が楽じゃない、と朗らかに笑う姉さんが聖女なのは絶対に間違えていると思う。


 そんな思いで手に入れたハリセンは兄さんの豪腕であっという間にボロボロになった。具体的に言うと一回目でぐんにゃりし、二回目で切れ目が入り、三回目で壊れた。

 だけど、俺にとっては兄妹の絆を深めた良い思い出なので、壊れた今も大切に荷車の隅に載せてある。

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