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ももたろさん  作者: 文月みつか
『桃太郎』
8/9

08 船出

 乱痴気騒ぎから一夜明け、鬼ヶ島に新しい朝日が昇った。


「もう行くのか。ずいぶんと性急だな」


 黒鬼が名残惜しそうに桃太郎を見やった。


「そういう約束をして出てきましたから。というか、泊まるつもりは全くなかったのですが、気づいたら朝になっていました。乾杯したあと何があったのかよく思い出せないのですが……」

「そうなのか?わしにはとても楽しんでいるように見えたぞ」

「うーん、そうなのかなあ……」

「そうだ。向こうでも元気でやれよ」


 黒鬼はまだ首をひねっている桃太郎の手をがっちり握り、別れを告げた。


「はい。鬼さんたちもお元気で。あ、お宝たくさんありがとうございました。こんな立派な船まで用意してもらっちゃって、なんだか申し訳ないです」

「なに、水臭いこと言うな」


 黒鬼が用意させた鬼ヶ島製の大船は、御殿にいた村人たち全員と大量のお宝を載せてもなお、びくともしなかった。


「寂しいぜ親分。オレ、またあんたと酒が飲みたいよ」

「ああ、わしもだ。いつでも来い」


 キジは黒鬼とすっかり意気投合したようで、桃太郎などよりずっと名残惜しそうにしていた。


「おい、門番の大鬼が来たぞ。何か持っている」


 イヌの言ったとおり、無口な大鬼は大きな荷物を抱えてドシドシと近づいてきた。風呂敷で包んであったが、桃太郎にはすぐに中身がわかった。


「あ、これはもしや石臼ですか?」


 大鬼は大きくうなずいた。


「ほう、お前にしては気が利くじゃないか。そうだな、記念に持って帰ってくれ。お前の腕力があれば使いこなせるだろう」


 黒鬼も賛成し、大鬼は重たい臼を船に積み込んだ。船体が少し揺れた。

 桃太郎たち一行も船に乗りこんだ。


「いろいろとお世話になりました」


 桃太郎は深々と頭を下げた。


「おう、またいつでも来い。歓迎するぞ!」

「はい。次はきっとお土産も持ってきますから」


 錨が引き上げられ、大鬼の力強い一押しで船は海原へと出港した。

 鬼たちは門の前で大きく手を振って見送り、村人たちもそれに応えて船から落っこちそうになりながら手を振り返した。このやりとりは互いが見えなくなるまで、しばらく続いた。


「花や、これで少しは安心してくれたか」


 黒鬼は海に向かってつぶやいた。


「しかしお前に似て、すこぶる頑固者だったな」


 潮風がヒューッと浜を吹きぬけた。




「なんだか気が抜けてしまいましたね。鬼があんなにいい人たちだったなんて」


 桃太郎は甲板で潮風にあたりながらつぶやいた。


「とんとん拍子でよかったじゃないか。それともあんた、英雄みたいに血みどろの戦いがしたかったのか?」

「そういうわけじゃないですけど……」


 サルにそう言われると、桃太郎は小さくため息をついた。


「僕はこの煮え切らない感情をどこにぶつけたらよいのでしょう?」

「来たときみたいにめちゃくちゃに船を漕げば気が晴れるんじゃないか?」

「でもこれ、帆船ですし」

「それにしても、風だけが動力にしてはやけに速く感じるな」


 イヌは前足を船の縁にかけ、過ぎゆく波を見た。


「あれ、犬っころ今日は元気じゃねえか」

「大鬼に酔い止めをもらったのだ。彼はああ見えて非常に細かい心配りができる。どっかのペテン師猿にも見習ってほしいくらいだ」

「ねえねえ、そういやこの船、操舵手がいないんだけど」とキジ。

「まさか。じゃああそこに立ってる、船長っぽい人は何をしているんです?」


 桃太郎は船首のほうを見た。


「あれ、いなくなった」

「やあ、私のことですか?」

「うわっ!?」


 桃太郎はびっくりしてのけぞった。後ろからいきなり声をかけられたことが原因ではない。間近に自分とそっくりな顔の男が立っていたからである。


「すみません。そんなに驚くとは思いませんでした」


 男は尻餅をついた桃太郎に手を差し出した。素直にその手を借りて立ち上がると、背丈までほとんど同じであることが判明した。


「いやあ、近くで見ると本当にそっくりですね」

「だ、誰ですかあなた!?」


 男はにっこり笑って答えた。


「申し遅れました、私は瓜太郎です。あなたの兄です。腹違いではありますが」

「兄ですって!?……な、なるほど。そういうこともありえますね、あの黒鬼さんなら」

「父のことをあまり悪く言わないであげてください。私はあの人に救われたんです」

「救われた?」

「はい。私の母は私を産んだあと瓜に入れて川へ流したらしいのですが、そのまま誰にも拾われずに海へ出てしまい、あの島へ漂着したのです」


「人間ってたまに頭おかしいよな」

「その点は同感だ」


 サルとイヌの意見が珍しく一致した。


「少なからず心当たりのあった父は私を手厚く保護し、息子として育ててくれました……と聞いていますが、瓜に入って流されてきたくだりの真偽は不明です」


 瓜太郎は苦笑し、西洋風のつばが巻き上がった帽子をかぶりなおした。


「それ、変わった帽子ですね。上着もゆったりと長くて」

「ああ、戦利品です。たまにこういうのを身につけた人たちの船を襲って生計を立てているんですよ」

「へえ、そうなんですか」


 黒鬼がくれた宝の入手元については深く聞かないことにして、桃太郎は話題を変えた。


「そういえばこの船、操舵手がいないですよね?大丈夫なんですか?」

「いますよ。船上ではあまり見えませんが」

「ま、まさか幽霊船というオチですか?…」

「いえいえ、そうじゃなくて」


 瓜太郎は笑って腰の巾着を取り出した。


「こんな習慣までそっくりっすね」


 キジは感心して言った。


「見ててください」


 瓜太郎は船縁に立つと、巾着から出した肉団子を海に投げた。すると、海中から黒い影がみるみる浮き上がってきて、バシャンと豪快に跳ねた。


「なっ、なんですかあれは!?」

「ワニザメです。私たちは航海するときよく彼らに手伝ってもらうんです。推進力は抜群だし、方向転換だってスムーズですよ」


 言いながら、瓜太郎は次々に団子を海に投げ入れる。


「なるほど、あのとき舟が暴走した原因はこれでしたか」

「暴走?」


 桃太郎は小舟で鬼ヶ島に突っ込むまでの一連の出来事を話した。


「ええっ、君たち、私たちの船じゃなくて小舟であそこまで航行したんですか?」

「ほかに手段を選ぶ暇がなかったもので」

「命知らずですねえ。でも、ワニザメたちもあなたの櫂さばきにただならぬものを感じたから現れたのでしょうね。誰にでも協力するわけじゃないんですよ」

「はあ、そうですか……」


 桃太郎は自分が鬼たちに近いものだと言われているようで複雑だった。


「からかわれていただけのようにも感じますがね。なにせ最後は吹っ飛ばされてバラバラになりましたから」

「止まれの合図をしなかったからですよ」


 瓜太郎は首にかかっていた細長い笛をくわえ、ピッピッピッと短く鳴らした。

 すると たちまち船のスピードはゆるやかになった。海中をのぞきこんでいた桃太郎は、いくつもの黒い影が散り散りになっていくのが見えた。


「へえ、面白そうだな。オイラもやってみたい」


 サルは興味津々だった。


「もういなくなってしまいましたね。よければ、帰りも乗っていきますか?」

「…いや、やめとく。今はこっちの太郎の村へ行って、まんじゅうをたらふく食うのが先だ」

「そうですか。七つの海を股にかけるのも面白いですよ。あなたがたのような愉快な乗組員なら、いつでも大歓迎です」


 瓜太郎はサルだけでなく4人に向けて言ったのだが、桃太郎はふいっとそっぽを向いた。


「まあ、そのうちな」


 サルはにやにやしてその横顔を見ていた。


 そうこうしているうちに船はゆっくりと接岸し、人々はわらわらと陸に降り立った。

 彼らは協力し合って宝の数々を船から陸へせっせと降ろした。


「行きにも増して、帰りはあっという間でしたね」


 桃太郎がしみじみと言う。


「旅というのは、えてしてそういうものです。行く道ではさまざまに想像をふくらませて思い巡らすことができますが、目的地に着いてしまえば使命に追われ、目的を果たして帰るころには満足感か疲労感で満たされているために想像の入る余地がないのです。

 しかし桃太郎さん、あなたの場合はこれからがいちばん大変かもしれません」

「え、なぜです?」


 瓜太郎の言葉に、桃太郎は首をかしげた。


「財宝を目の前にした人間は、鬼よりも恐ろしいものになってしまうことがあるからです」


 桃太郎はにわかに騒がしくなった海岸を見渡した。

 あっちでもこっちでも、宝物の争奪戦が始まっていた。


「人間ってのは浅ましい生き物だな!」とサル。

「人間もお前だけには言われたくないだろうよ」


 イヌも苦い顔で絹織物を引っ張り合う乙女たちを見ていた。

 キジにいたっては、世にも見事な活きのいい剥製と間違われて追い掛け回されている。


「これは何とも見苦しいところをお見せしてしまいました……あとはこっちで何とかしますので、どうぞお気になさらず」

「健闘を祈ります。帰りの道中も、おトキちゃんとのことも」


 桃太郎の顔がこわばった。


「な、なぜそのことを……」


 瓜太郎は片目をつぶった。


「不用意にお酒なんか飲まないことです」


 そしてするすると縄梯子をのぼり、船上に逃げてしまった。

 桃太郎は恥ずかしさを紛らわせるため、船体を海に思い切り押し出した。


「さようなら。いつかまたお会いしましょう」


 瓜太郎は奇妙な羽根つきの帽子を左右に大きく振った。


「忘れてください!いいですか、絶対ですよ!」

「なんですって?よく聞こえませんよー」


 瓜太郎は進行方向にぽいっと肉団子を投げ、笛を吹いた。大船はみるみる小さな点になった。


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