何処からともなく音楽が聞こえるのは仕様です
乙女ゲーの世界に放り込まれて、新たな味方……もとい保険医というお兄ちゃんらしいものと、恋愛レベルを上げるための経験値を手に入れた百菜。
そして、現在弱みを握って相棒にした女装少年浩斗を連れて百菜は、先ほど倒したばかりの保険医のいる保健室から出てきたばかりだった。
「……何なの? あの毒の抜かれた優しい微笑みは」
百菜は、少しげっそりしたように呟いた。
あの後、雑魚キャラらしき告白タイムが数人あり、それらを全て倒して勝利した百菜。
告白タイムという何処から天の声というかアナウンスと共に、軽快な音楽が近くのスピーカー……ではない場所から流れ出す。
ああいった保険医のような力作キャラの音楽とは違って、けれど気分を高揚させる音楽だったと百菜は思う。
そして、イメージ映像ですな戦闘が始まり、雄叫びを上げながら攻撃を仕掛けてくる彼等。
その内の一人、格闘技らしき部活に攻撃されたのだが、足払いをかけられた際に避けようとして飛び跳ねた百菜は、天井に頭をぶつけた。
あれは痛かった。
どうやら戦闘時は身体能力が向上するらしく、普段移動できるような速度以上に、走ったり、物を持ち上げたり、攻撃と称して飛び跳ねたり、蹴りを入れたりが出来るらしい。
とはいえ、痛覚も普通にあるらしいので、廊下での戦闘は気をつけねばと百菜は思った。
そしてそうしているうちに、気づけば夕暮れの空が見えたかと思えば、百菜は気づけば自分の部屋らしい場所に移動していて、外が暗くなる。
同時に、百菜の目の前が暗くなる。
暗闇の中、音が聞こえる。
時計の針が動くような、歯車が噛み合うような音。
チッ チッ チッ
次の瞬間に百菜は……先ほどの学校の廊下にいた。
「何これ」
「多分一日時間が経過したんだろう」
浩斗がこともなげに答える。
そういえばこの浩斗、百菜よりも早くにこちらに来ているはずだった。
だから詳しいのか、ついでに説明書も読んでいるみたいだしと百菜は頷いていると、
「それでどうするんだ?」
「……昨日倒した保険医のお兄さんに会いに行って、何か情報をもらいましょう」
「確かに倒したキャラが何か情報を持っているのは、鉄板だものな」
「それを全部クリアしないと。それをクリアしていないから途中から先進めなくなったり、必要なイベントに遭遇しなかったら嫌だしね」
「あー、なるほど、それもそうだな。じゃあまずは保健室だな。百菜は場所は分かるか?」
「分からないわ。そういった面も考えて、相棒に貴方を選んだわけだし」
それに浩斗は頷きながら、嬉しそうに笑う。
浩斗は気づいてしまったからだ。つまり、
「女の子に頼りにされているって、いいかも」
「……いやいや、共に脱出しましょうという協力関係なだけでしょう?」
頬を染めだした浩斗に、ここで折角情報が引き出せて、かつ、現実世界の住人であり対等に話せる人間の浩斗と戦闘になるのも嫌だと思ったので百菜は言ってみるのだが、そこで浩斗は真顔になり、
「でも中々女の子と協力関係、共同作業って無いしな。それに、百菜は美少女だし」
「……ゲームのキャラの形? 普通に長い黒髪に黒目じゃない。とりたてて平凡な……」
「いえ、美少女だと思う。……は!」
そこで浩斗ははっと何かを思いついた顔をする。
それを見ながら百菜は、何となく、どうでもいい事を思いついたんじゃないかという気がしないでもなかったのだが、
「これって二人で歩いたり手を握ったりしたら、百合に見えるんじゃ……俺の理想の百合が現実的な感触で見え……ごめんなさい」
巫山戯はじめた浩斗を百菜が冷たく見つめると、浩斗は平謝りする。
反省は全くしていなさそうだが、特に外はなさそうなので百菜は放っておくことにした。
それに、保健室といった表札がドアの上の方に掲げられているのが見える。
百菜は、保健室に行ったのは何時以来だったかなと思いつつ、ドアをノックして、
「失礼します」
「やあ、待っていたよ。百菜ちゃん、浩斗ちゃん」
にこやかに笑顔で対応する保険医、平野るい。
あのイメージな戦闘の時に見せてきた、顔が変形しているだろうというくらいのゲス顔が頭に残っている百菜は、別人だろうとツッコミを入れたくなる。
そもそも浩斗は男だろう、と思いはしたのだが、そういえば女装をしている設定で、それがバレると浩斗としては不味いことになるんだったと思った。
なのでそれらの違和感を必至に我慢しながら、百菜が、
「何かお話してくれるんですか?」
「そんなに急かさないでくれ。でも、すぐに聞きたいかい?」
「はい」
「では、次の君の相手は放課後の校庭にて。以上」
「……それだけですか?」
「君が聞き出したい内容と僕が答えられる範囲の内容だと、現時点でこれだけなんだ」
「細かい相手の能力は?」
「君が出会っていない限り、そのキャラの説明はできないんだ。そのために色々な場所に行ってみるといい。私達はヒントと誘導は言えるんだけれどね」
それを聞きながら百菜は考える。
確かにゲームなどでは見知らぬキャラと遭遇した場合、名前が不明だが容姿などの幾つかの情報が得られる。
それに、どういった場所や教室があるのかを百菜自身が確認しなければ、何処でそういったイベントがあるのか分からない。
となれば、
「では早速ヒントをお願いします。次に何処に行った方がいいですか?」
「そうだね、武器(魅力)の補給も兼ねて、“占い部”に行ってみるといい」
確かに何処でそういった武器(魅力)を手に入れるのかは、百菜は知らない。
これを主人公として始めたばかり。
そういえばゲームの場合、はじめに操作法の説明があるはずなのだが、浩斗に説明された以外にまだ百菜は知らない。
けれどこうして誘導があったので、“占い部”に行くのは確実だろう。となれば、
「浩斗、“占い部”に行くまでに回り道をして……」
「あ、そうそう言い忘れたが、一応この学校には罠もあるし、負けること前提のイベント、バットエンドルートイベントもあるから気をつけてね」
保険医の平野るいが、釘を差すように付け加えた。
何それと百菜は思うが、大抵こういった形で誘導された場合、碌でもない何かが待っている。
リセットできるゲームなら面白半分でそちらを選択するのだが、何分、そのリセットがどの程度通用するのかわからないゲームである。
なので百菜は言われた通りに、“占い部”に向かったのだった。




