第十話 四 起きたんか
空が白み始めたころ、村人たちは小屋を離れた。
服や頬に煤をつけたまま、誰も口を開かなかった。
村へ入る手前で、斉藤さんが足を止めた。
「寒い」
腕を抱え、歯を鳴らしている。
岩田さんも首元を押さえた。
「わしもじゃ」
男たちが顔を見合わせた。
「一夜熱じゃ」
誰かが言った。
「早く集会所へ行け」
*
集会所には、熱を出した者たちが並べて寝かされていた。
宮内先生も、壁際の布団で目を閉じている。
女が古川さんの口元へ顔を近づけた。
「息をしとらん」
「先生を起こせ」
「先生も起きん」
誰も動けずにいると、正吉さんが古川さんのそばへしゃがんだ。
「朝じゃぞ」
肩を揺する。
「起きろ」
古川さんの指が動いた。
瞼が開く。
しばらく天井を見たあと、ゆっくり身体を起こした。
「古川さん」
女が名前を呼ぶ。
古川さんは周囲を見回した。
正吉さんが笑った。
「あんたも起きたんか」
「わしは、寝とったんか」
「一晩寝とった」
古川さんは喉へ手を当てた。
「水が欲しい」
正吉さんが立ち上がる。
「井戸へ行けばええ」
古川さんは支えられて外へ出た。
朝の光へ顔を向けると、自分の足で歩き始めた。
井戸へ着く。
正吉さんが水を汲み、茶碗へ注いだ。
古川さんは両手で受け取り、一度に飲み干した。
「うまい」
もう一杯を飲む。
「熱は?」
女が聞いた。
古川さんは額へ手を当てた。
「もうない」
「一晩寝れば治るんじゃ」
岩田さんが言った。
「正吉さんも、そうじゃった」
斉藤さんが柄杓を取った。
震える手で水を飲む。
柄杓を口から離し、井戸の中を見た。
「うまいな」
岩田さんも茶碗を受け取った。
両手で包み、ゆっくり飲んだ。
集会所から、誰かを呼ぶ声がした。
井戸端にいた者たちが振り返る。
正吉さんだけは、空になった桶をもう一度井戸へ下ろした。
滑車が、朝の村に長く鳴った。




