お着替え♡
観光ダンジョン街「シャケケ」の片隅に佇む、冒険者御用達の宿屋『シャケケの灯火亭』
カラン♪コロン♪と小気味良い音を鳴らしながらドアを開け、オレたちは宿屋のカウンターへと向かった。
片手を腰に当て、極めてエレガントに、かつ大人の男麗としての余裕を醸し出しながら受付の渋い親父に声をかける。
「親父、部屋を二部屋頼む。連れが少し、濡れてしまってな。すぐに着替えさせたいんだ」
「らっしゃい! ……悪いなお兄ちゃん、あいにく今はダンジョンシーズンで祭りも近くてさー♪ ついさっきも団体客が入っちまって、ツインの部屋が『一部屋』しか空いてねぇんだわ! どうします!?」
んをっぉ!!!
(はいキターーーー!コレ! ラブコメのサキュバス悪魔様ありがとおおおおぉぉっス!!! ──って一部屋!? 逃げ場なしの密室相部屋イベント発生なんですけど!? 待って待って、オレのサキュバス体質が至近距離でウルトラレアショタのピュアオーラと衝突したら、今度こそ大吐血じゃ済まないくな!?存在が消滅する!!!)
脳内で大パニックの緊急警報が鳴り響く中、オレは前髪を人差し指でシャッと払い、引き攣る口角を必死に抑えてフッと笑ってみせた。
「……フッ、そうか。ならば仕方ないな、その一部屋を貰おう。なぁに、男同士だ、何も問題はないさ(引き攣りキリッ)」
「ひゃぅあふぃっっ!!? い、一部屋ぁあーーーっ!?」
後ろで服の裾をきゅっと掴んでいたレンが、ひっくり返ったカエルのような声をあげて飛び上がった。
ただでさえ林檎みたいだった顔が、より真っ赤になって湯気を吹いている。さらにテンパりすぎてアヒル口のままフリーズしかけている。可愛い。
「ど、どどど、どうしたんだレン? 男同士、同じ部屋で一晩明かすなど、冒険者なら日常茶飯事だろう?」
(嘘ですごめんなさい魔界でもこんな個室イベント経験ありません!! 隣でレンちゃんが内股でガタガタ震えてんの尊すぎて脳濡れ脳破壊の波がザブザブ押し寄せてるんですけど!? 大丈夫そオレ!?)
「一泊10ゴルゴルだ!朝食はつくから2階の食堂だな!夜は居酒屋にもなってて夕食も食べるが別料金だ!
部屋は308号室でコレが鍵だ、そこの階段から行けるのでヨロシク」
とりあえず部屋の鍵を借り、階段を上がり308号室に。
ギィ……と古びた木製のドアを開けて入ったのは、必要最低限の家具と、二つのベッドが並んだだけのシンプルなツインルーム。
バストイレ別なのが地味にありがたい。
ドアが閉まった瞬間、カチャリと鍵の閉まる音が、妙に静かな室内に響き渡った。
「さ、さあレン! 遠慮せずに、まずはその濡れた服を脱ぐといい。男同士だ、恥ずかしがる必要はないからな!」
オレはベッドの端に腰掛け、足を組んで最高にスタイリッシュなポーズを決めながら、レンを促した。
心の中のサキュバス姿のオレは、すでに全裸で待機中!!
(うひぉーーーー♡ 間近で濡れ透け日焼けあとを拝める神イベント開始か!? ──いや、ダメだ! 紳士であれオレ! 推しの尊厳を守るんだ!!)
「ふぇっ!? ぬ、脱ぐ……っ!? い、今ここで、ラーマお兄さんの目の前で、ボ、ボク……っ!?」
レンは両手を胸の前でバツ印にするようにして、濡れたレザーアーマーをきゅっと押さえた。
上目遣いで琥珀色の瞳を涙目に潤ませ、完全に「貞操の危機を迎えた女の子」の顔になっている。
(何いまの……っ!? カッコよすぎる……っ!! やだどうしよ♡)
ベッドに腰掛けて足を組んでいるラーマお兄さん、漆黒のチェーンメイルから覗く胸元がなんだかすごく逞しくて、大人の男の人の色気がダダ漏れで直視できないよぉ……っ!
(ど、どうしよう……! ボク、本当は女の子なのに、男同士だからってここで服を脱いだら、一瞬で全部バレちゃう! 男装失格、それどころかお兄さんに『女の子だったの!?』って嫌われちゃうかもぉ……っ!)
「あの、あのねっ! ラーマお兄さんっ! ボクねっ! 自分の身体を人に見せるのが、その……すっごく、恥ずかしいというか、男の嗜みとして、まだ未熟な身体だからお見せできないというか……っ!♡」
「未熟……? ああ、なるほどな」
(あ、分かったわ。レンちゅわん! 自分が男性なのに細っ細っなのを気にしてるんだな!? 大丈夫、オレはサキュバスなのにお椀型美乳のコンプレックス持ちだからその悩み死ぬほど分かる!! むしろその少年のような薄いシルエットこそが至高にして優勝確定ガチ案件なんだよ!!)
「気にするな、レン。男の身体なんて誰も見ちゃいないさ。ほら、そんな濡れたままだと風邪をひく。オレが脱がせてやろうか?」
親切心(とオタクの暴走)から、オレはすっく、と立ち上がってレンに一歩近づいた。
「ひゃぅんっ!? 自分でっ、自分でお着替えするから、ラーマお兄さんはあっち向いててっ!! 頼むからっ、友情のウルトラソウルにかけて、絶対に見ないでぇえええーーーっ!!」
レンはパニックのあまり、ブンブンと両手を振り回しながら後ろ退さり、壁に背中をドカンとぶつけた。
「友情のウルトラソウル」とかいう謎のワードを必死に叫びながら、アヒル口で涙をポロポロこぼしている。
「わ、分かった! 見ない! 誓って見ないから落ち着けレン!!」
オレは慌てて両手をあげて降伏し、壁側へとクルッと後ろを向いた。
「フッ……安心しろ。オレ様の辞書に『覗き』という卑劣な言葉はない。レンが着替え終わるまで、オレは一歩も動かないし、後ろも振り返らないさ」
(くっ……! 背後から衣擦れの音が聞こえてくるのヤバすぎる……! 脳内推し活レーダーが勝手に音を拾おうとしてるんですけど!? 駄目だ、理性を保てオレ! サキュバスの聴覚を今すぐオフにしろおおお!!!)
後ろを向いてくれたラーマお兄さんの広い背中を見つめながら、ボクはトクントクンと激しく波打つ胸を必死に抑えて、大急ぎで服のベルトを外した。
(うぅ……お兄さん、怒っちゃったかな……。でも、絶対に後ろを振り向かないでいてくれるなんて、やっぱりすっごく紳士で、カッコよくって……♡)
ガサゴソと濡れたレザーを脱ぎ捨て、予備の乾いたシャツに袖を通す。
男のフリを隠し通せた安心感と、お兄さんの優しさに、ボクの心は完全にチョロチョロのメロメロになっていた。
「あの……ラーマお兄さん……? ボク、お着替え、終わりました……っ」
消え入りそうな声で声をかけると、ラーマお兄さんがゆっくりと振り返った。
その顔は、なぜかさっきよりも血の気が引いていて、目はバッキバキの充血モード。だけど、ふわりと優しく微笑んでくれた。
「そうか、良かった。風邪をひく前に着替えられて何よ──りぃぃぃ!?」
その時。
乾いたシャツに着替えたものの、テンパりすぎてボタンの掛け違いに気づいていないレンの胸元から、ふわりと開いたV字の隙間──そこに、昼間のスライム戦でもチラ見えした、あの『健康的な小麦色の肌』と『隠されていた眩しいほどの白い素肌』の、完璧すぎる日焼けあとの境界線が、オレの視界にドアップで大写しになった。
(……は????? 待って。ボタン掛け違いの隙間から覗く日焼けあとのコントラスト、破壊力が昼間の1億倍なんですけど!? また性癖バグらせて殺す気か!? 尊みの朝廷にして特異点に吸い込まれる──あ、オレ今、やばい、昇天する)
その瞬間。オレの脳濡れメーターは限界突破のMAXを迎えた。
「ごふぉっっっ!!!!(大吐血)」
「ひぎゃあああーーーっ!!? ラ、ラーマお兄さん!!? なんで後ろ向いてて一歩も動いてなかったのに、振り返ってボクを見た瞬間に出会い頭の5倍の血を噴き出してるのーーー!!?」
さっきまで完璧に紳士だったラーマお兄さんが、鼻と口、さらには両目からも鮮血を大噴射しながら白目を剥き、脳イキの衝撃で後ろの壁に激突して、そのまま床へ崩れ落ちたのだった。
(またボクのせい!? 持病!? それとも部屋が狭すぎて空気が薄いのーーー!!? 誰か──! 宿屋の親父さん、ヒールをくださいーーーっ!!!)




