秒で♡
朝からクエスト探しや冒険者登録で混み合っている冒険者ギルド。
漆黒チェーンメイルの軽装でバシッとキメている人間界でのオレは、壁際に寄りかかりながら、常にクールに生きているのだ。
男装名はラーマ。
だがその正体は、魔界ではクールビューティーとして一定の人気を誇る高貴な男麗サキュバス、ルシエラ・ヴァンパイアーナである!
……もちろん、そんなことは人間界の誰にも言えない。
だいたい、サキュバスの間では異端のスレンダー系プリップリのお椀型美乳のこのオレが、色気なんていう常套手段で精気を吸うわけがないのだ。これからの時代は『スタイリッシュな男麗姿で人間を魅了し、効率よく極上の精神エネルギーを吸い尽くす♡
いわゆるサキュバスらしいわがままダイナマイトボディが羨ましいわけではないのだ!ふん♡
そう、今日もいつも通りの筈の、平和なルーティンになるはずだった。
あの一際、まばゆい光を放つ「黄金の塊」がギルドの扉を叩くまでは。
「あのっ! ボーボボボッ、ボク、今日から新米冒険者として登録したいんですけど……!」
ギルドの重い扉を必死に手で押し開けて入ってきたのは、一人の少年だった。
少し日に焼けた健康的な肌に、陽の光を浴びてきらきらと輝く琥珀色のショートヘア。くりっとした大きな瞳が、不安と期待でせわしなく動いている。
その瞬間。
オレの脳内に、かつてない規模の激震が走った。
──ブフッホ!!!
(は? ちょ待っ!ちょ待ってって♡ ムリもムリ!!なにあの子、ピュア極まりない神々しいオーラ放ってんだけど……!? !?なんだコレ!?処女!?──いや、男だよな!? 混じり気のない純度一〇〇%の聖なる聖天オーラが、ギルド中のむさ苦しい空気を一瞬で浄化してんぞ!! 脳破壊されたわ!! 尊すぎて視界が吐血で染まる5秒前なんですけど!?)
脳内で五体投地しながら、オレはあごに手を当てて、わざと視線を斜め下に落とする。格好つけながら目を逸らさなければ、一瞬で「うおおオショタァアア!」と叫んで飛びかかるところだった。魔界にいた頃のファン連中など、この神々しさの前には遥か彼方へ吹き飛ぶわ!
少年は、受付の横に貼られた「初心者向け・薬草採取」の依頼書を前に、うーんうーんと唸っている。
そこへ、ギルドのガラの悪いベテラン風冒険者がニヤニヤしながら近づいていった。
「おいおい、ボウズ。そんなおままごとみたいな依頼じゃ、今日の宿代で終わるぞ!オレたちの荷物持ちになれば、いろいろといい経験にさせてやるぜぇ?」
ニチャャ
「(キモッ)ボ、ボクは荷物持ちじゃなくて、自分の力で立派な英雄になるんだし……!?」
少年はきゅっと眉をひねり、細い腕でグッと力こぶを作って男らしさをアピールしている。
……いや、細すぎるだろ!? その腕、本当に男か!?
(……あ、終わった。完全に終わった。アヒル口で男らしさアピールする破壊力高すぎる。脳内推し活ポイントが一瞬で99999超えたわ。もうあれだ! 攫うか!? いやいや、それよりあのウルトラレアショタと一緒にパーティ組んで推し活として脳汁確定案件だろこれッ!!!)
オレは席を立ち、長身の身体を翻して、静かに少年の前へと歩み出た。
愛用の短剣の柄を親指でギチギチと鳴らし、絡んできた男を冷ややかに見下ろす。
「おいおいブタ野郎! 邪魔じゃい邪魔じゃい邪魔じゃいいいい!……その依頼、オレが同行しても良いぞ」
男はオレの威圧感を見るや否や、「ブヒィィ! ちっ、おい、行くぞ!」と一瞬で逃げ出していった。
フッ、雑魚が。オレは前髪を人差し指でスッと払いながら、少年の前に膝をつくようにして視線を合わせる。
拓いた漆黒チェーンメイルの胸元を見せつけつつ、最高にクールで優しい、王子様のような微笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「怪我はないか? ──オレの名前はラーマ。良ければ、お前の初仕事、オレに手伝わせてくれないか?」
(うほーーー♡ 近づいて見ると肌の透明感ヤバすぎるんだけど……!? クール装ってられる自信が今、0.0001%くらいしかない! 理性溶解中なんですけど!!!)
心の中のサキュバス姿のオレが全裸でジャンピング土下座をかましているその時。
差し出されたオレの手を見つめる少年の顔が、みるみるうちに林檎のように真っ赤に染まっていく──。
──目の前に差し出された、大きくて、骨張っていて、だけど驚くほど綺麗な手のひら。
それを夕日みたいな琥珀色の瞳で見つめ返しながら、ボク──レンは、完全に心臓の制御を失っていた。
じつはボク、元冒険者のパパママから「男」として育てられ、本当の性別を隠して、憧れの「英雄」を目指すためにこの街へやってきたのだよ♡
(うぅ……やっぱりギルドって、すっごく怖い人がいっぱいいるなぁ……)
受付で絡まれた時は、心臓が口から飛び出そうだった。男のフリをして「ボクは英雄になるんだ!」って言い張ってみたものの、足はガクガクと震えていた。
そんなボクの絶体絶命のピンチを救ってくれたのは──目の前に現れた、信じられないくらい格好いい「お兄さん」だった。
「おいおいブタ野郎! 邪魔じゃい邪魔じゃい邪魔じゃいいいい!……その依頼、オレが同行しても良いぞ♡」
低くて、優しくて(ちょっと乱暴だけど)、まるで物語に出てくる騎士様みたいな声。
振り返ると、そこには夜の闇みたいに綺麗な黒髪と、宝石みたいな切れ長の瞳を持った、息をのむほどスタイリッシュな人が立っていた。
怖い冒険者たちを一瞬で追い払ってくれたその人は、ボクの前にそっと屈んで、目線を合わせてくれた。
「怪我はないか? ──オレの名前はラーマ。良ければ、お前の初仕事、オレに手伝わせてくれないか?」
目の前で、ラーマお兄さんが、ふわりと優しく微笑む。
ラーマお兄さんから漂ってくる、なんだかすごく甘くて、胸がぎゅーっとなるような大人の男の人の匂い。見つめられるだけで、顔から火が出そうなくらい熱くなっていく。
(わ、わわわわわ……っ!! な、何この人……っ!? カッコよすぎる……っ!! やだどうしよ♡)
パパ以外の「男の人」と、こんなに近くで目を合わせたのは初めてでドキドキするぞ♡
ラーマお兄さんが差し出してくれた大きな手を前に、ボクは男らしく「おう!」と言いたいのに、両手の指先をぎゅっと握りしめたまま、内股でフリーズしてしまった。
無意識に、自分の服の裾をきゅっと掴んで、上唇をちょっと噛んでしまう。さらにテンパってアヒル口になっていた。
あまりのカッコよさに、自分が「男装している」ということすら忘れて、完全に「恋する女の子」の顔で固まってしまう。
「あ♡……う、うんとね……ボ、ボクねボクはレン、です……っ!♡キャッ♡」
鼻の下を人差し指でこすりながら、消え入りそうな声で、なんとかそれだけを絞り出す。
ラーマお兄さんは、ボクの真っ赤な顔を見て、ふっと目を細めた。そのちょっとからかうような大人の余裕がある表情が、またボクの胸をドクンと大きく跳ね上げる。
「よろしくな、レン。……お前、可愛い顔をしてるんだな!」
「ひゃぅあふぃっっ!!?」
可愛いって言われた!? 女の子だってバレた!?
パニックで変な声が出たボクの横で、なぜかラーマお兄さんが急に「……っ!?」と目を見開き、ガタガタと震え出した。お兄さんの喉の奥から「ひゃぅん……っ」て小さな悲鳴が漏れた気がする。
「お、お兄さん……? どうしたの……?」
心配になって顔を覗き込もうとした、その時。
「ごふぉっっっ!!!!(大吐血)」
「ひぎゃあああーーーっ!!? ラ、ラーマお兄さん!!? なんでいきなり口から信じられない量の血を噴き出してるのーーー!!?」
さっきまで王子様みたいにクールだったラーマお兄さんが、突然、鼻と口から鮮血を大噴射しながら、白目を剥いて前のめりに床へ倒れ込んだのだった。
(ボ、ボクのせい!? それとも何か重い病気!? お兄さんの内臓が破裂しちゃったのーーー!!? 誰か──! 誰かヒールをくださいーーーっ!!!)
お互いの性別を隠した男同士!?が出会って秒で大惨事の出会い♡




