きっといつものドジだろう
妖と関わって、俺の人生は変わりはじめているのは薄々気付いていた。
自分の中の変化が怖いとかそんなことは思ったことはない。
寧ろ、また……里桜と出会えたことを心から感謝しているぐらいだ。だからこそ、里桜をもう二度と失いたくないという恐れの方が強いのだと思う。
一清の現実を見ていない行動が、もし里桜とまたこうして会えてなかったら……俺も一清みたいになっていたんじゃないかって。
そんな風に思ったんだ。俺は里桜がいたから立ち直れた。でも一清は……?
そう思ったら、なんて声かけていいのか分からないし、きっと何言っても一清には俺の言葉は届くことはない。
緋色の言葉を思い出す。
── 辛さから目を逸らし続けるのは、残酷な事だと、お前が一番良く知っているんじゃないのか。前を向くというのは、過去を忘れることじゃないと、妾は思うのじゃが。
ああ、わかっているさ。そんなこと。
部屋の窓から外を見ながら、俺は小さく息を吐く。
仕事から帰ってくれば気が済むまで外を見ながらも一清の事を考えている。
外は日が沈み、夜になり街灯の灯りがポツンっと照らしている。
時々車が通る音を聞いていたら、コツンっとテーブルに何かを置く音が聞こえた。
「透和様……お茶、入れました。お口に合えば良いのですが……」
里桜とお茶を交互に見た俺は眉間に皺を寄せた。
「お茶? また、泥水だったっていうオチじゃ……」
「だ、大丈夫です!! 今度は、たぶん! いえ、絶対に!!」
里桜はお盆を震える手で、だけどしっかりと胸に抱き締め、泣き出しそうな不安そうに俺を見ていた。
俺の様子がおかしいというのは里桜も気付いているだろう。だから、里桜なりに元気づけようとしているのかもしれない。
「なぁ里桜」
俺は小さく息を吐くと、テーブル前の座布団に座った。
「……里桜は、俺を心配して妖になったって言ったよな。きっと、俺もそうしてたかもしれないな。失いたくないって、こんなにも怖いんだって失って初めて知った時は……たくさん後悔したんだ」
里桜は悲しそうな瞳をしたが何も言わない。ゆっくりと頷くだけだ。
けど、俺はそれがありがたかった。
「もっと、遊んであげたかった。思い出をたくさん作りたかった。なんで……あの時、早く帰ってあげなかったのかって後悔したんだ。この間の一清見た時、俺は……一清を俺自身と重ねたんだ。俺が里桜とまたこうして出会ってなかったらきっと俺も一清みたいになってた。そう思うと……」
ぐっと俺は唇を噛み締め、俯いた。
なんとも言えないような辛さと悔しさが胸の奥を締めつける。
「私は前にも言いましたよね」
里桜は小さく呟いた。
「透和様の事が大好きなんだって。大好きだから、今ここにいるんです。その事を忘れないでください。知ってましたか? 透和様は一人じゃないんですよ。紬お姉さんもはるとさんだって、心強い妖たちがいるのを忘れないでください。透和様は、一清さんのことをどうしてあげたいんでしょうか?」
「俺は……一清の心を軽くしてあげたい。後悔から現実逃避してるんだろうから」
俺は前を向いて里桜を見ると、ふふっと小さく笑った。
心の重みが少しだけ和らいだ気がして、湯呑みに手を伸ばした時だった──。
里桜が急に視線を落とし、膝の上で小さく拳を握りしめた。
息を一つ、短く吸い込む。
唇をきゅっと噛み、ほんの少しだけ頰を赤らめた彼女は、小さな気合いの声を喉の奥で押し殺すと、いきなり立ち上がった。
そして前のめりに前のめりに盛大に倒れ込んできた。
「あっ……」
湯呑みが床に落ち、派手な音を立ててお茶が飛び散る。
俺の膝や太ももにも、温かい液体がばしゃりとかかった。
「つっ……!?」
火傷するほど熱くはなかったが、びっくりして思わず腰を浮かせる。
慌てて立ち上がり、洗面台に駆け寄って水を流した。
「はわわわっ!? ご、ごめんなさい。透和様……その、つまづいてしまって」
「いや、大丈夫。気にするな」
さっき、わざと転けたような気がしたのは気のせいか?
里桜を見ると、床にへたり込みながら、耳まで真っ赤にして俺を見上げている。
いや、まさかな。
きっといつものドジだろう。
里桜ははるとから貰った薬をお茶に入れ、飲ませようとしたけど予想外の展開で、飲む前に透和が思い詰めていたことを話し出したので、薬は必要無くなったわけだから、
里桜はうまい誤魔化し方が思い浮かばすに転ぶという選択をしました。




