五円しか残ってない
「ぷはー! やっぱ、うつしよの酒は美味いのぅ」
聞き覚えがある声にふっと目を開ける。
見覚えのある天井……見覚えのある家具の位置。俺の部屋だ。
でも、なにかがおかしい。
視界が低い?
いや、低すぎる。ベッドの端っこから、いつもよりずっと遠くに床が見える。
まるで子供の目線……いや、それ以下だ。
部屋全体が、低く感じる。
まだ酔ってんのかな。同窓会ではそんなに呑んでないはずなんだけどな。
そう思って、起き上がろうとしたのだが、動かない。
いや、動くんだけど……重心が、めちゃくちゃおかしい。
バランスが取れない。
なんだ、これ。俺の体……どうなってんだよ!?
慌てて手をついて起き上がろうとする。すると、視界の端で黒いものがひらりと揺れた。
長めの黒髪……。
「……は?」
思わず声が出る。
でも、その声は俺の声じゃない。
けれど、どこか聞き覚えがある声だった。
「気がついたかのぅ」
ゆっくり顔を上げる。
顔が赤く、目がとろんとしていて……明らかに酔っ払っている。
空の焼酎瓶が転がるテーブルで、あぐらをかいて座っている俺自身がそこにいた。
里桜は酒を勢いよく呑んでいる俺をただ呆然と見つめていた。もう、目が点になっているかのように……頭が真っ白になってそうな……そんな顔をしていた。
ん……?
「はぁぁぁ!? 俺がいる!!!?」
しかも目の前に!! どういう状況だ?
というか、今の声だって、俺の声じゃない。
「何十年ぶりの酒じゃ! ありがたいのぅ。お前には感謝するぞぉ」
「酒……?? は?」
分からない。だって、目の前にいるのは確実に俺で……、自分自身から発している声は確実に別人のものだ。
「なんだ、まだ寝ぼけておるのか。仕方ないのぅ」
そう言って《俺》は、重たそうに腰を上げると、俺の視界を覆うように伸びてくる。
ふわりと宙に浮く。
俺の手はわし掴みにするほどそんなに大きくないはずだ。しかも、やっぱり、部屋全体がおかしい。
里桜だって、普段は俺よりも小さいのに今は俺よりも大きく見える。
里桜は何も言わずに、不安げになりながらも小さな足でトコトコ着いていく。
時折、俺(人形)の方をチラチラ見ながらも「大丈夫かな……」って言いたげに。
わけがわからないまま、洗面所の鏡まで連れて行かれた。
そこに写っていたのは、俺と……わし掴みにされた人形だった。長めな黒髪に紫の瞳と着物……。
もしかして……、と思い、俺は恐る恐る両手を前に出す。人形が両手を前に出した。
次に右手を上に上げると、人形も真似するように上げる。
認めたくない。認めたくない、が……。
「お、俺が……人形に……!?」
ぶるぶると震えながらも自身の両手を見る。透き通るような小さな手がそこにあった。
「おーおー、震えとるのぉ。そんなに嬉しかったのかぁ。そうじゃろう、そうじゃろう! 何せ妾の体なのじゃ。美しい容姿に入れて嬉しかろう」
「嬉しくねー!!!」
うんうんっと一人で勝手に頷いているものだからイラッと来て、つい反応してしまった。
妾の……体?
「覚えとらんか? 体を貸してもらうと言ったはずなのじゃが」
「!? あの時の、神様?」
神様はニマっと笑った。
思い出した。
同窓会の帰り道、帰宅途中だった俺は何かを踏んづけたんだ。
何故か倒れていたのは、神様だ。古風な口調で男とも女とも捉えられても不思議じゃない雰囲気が漂っていた。
確かあの時、神様は体を貸してもらう言っていたっけ。
……そこで意識が途切れていた。
意識が途切れた……?
いや、待て。そもそも俺の部屋にあんな大量の焼酎なんてなかったはずだ。あっても一本だ。
「聞きたいことがある……んですが、ここは俺の部屋でしょうか?」
相手が神様ということで敬語を使う。
「ん? そうじゃ」
「……その、あの大量にある焼酎はどこから?」
「買ったのじゃ!」
ふふんっと威張って言いながらもズボンのポケットから取り出したのは……黒い細長い財布だった。
そう、俺が愛用している財布と酷似していた。
……というか、これ
「俺の財布ー!!!?」
強引にその財布を取ったら、暴れたせいで手を放され、床に落ちた。だが、財布がクッション代わりになったおかげで怪我しないですんだ。
だが俺は、そんなこと気にしていられない。
慌てて財布の中身をチェックした。
カード類は、全部ある。よし!
でも、現金……。
一万円札が跡形もなく消えている。
小銭も……五百円、百円、五十円、十円……全部ない。残ってるのは五円玉だけ……。
その瞬間、目の前が真っ暗になる。
サラサラと灰になって散ってしまうような気分になった──。




