神様の借り物
かくりよでの一件から、数ヶ月。季節はすっかり秋めいていた。
セミの声が消え、代わりにコオロギやスズムシが中心に鳴いている。
朝晩は蒸し暑さから、解放され、涼しくなっていた。
あれから舞は、両親の友人が借金返済したとのことで喜んでいた。
そもそもその友人が借金を舞の両親に全部押し付けてとんずらしてたので、返すのは当たり前なのだが。
これで舞も少しは心に余裕が持てるかもな。
里桜は相変わらずだ。しかも最近は昼ドラにハマっているらしくて、目をキラキラさせながらテレビの前に座っていたりする。
『嫁たるもの』を勉強しているらしい。昼ドラ見ても参考にはならないと思うが、あまりにもルンルンでやる気に満ちているので強くは言えなかった。
俺はというと、高校の同窓会の集まりに参加している。
個室の居酒屋で、周りがワイワイしている。
垢抜けしている子もいれば、変わらない子もいるので、不思議なものだなと思いながらビールを飲んでいると、背中を思いっきり叩いてきた。
「うおっしゃー!! 透和久しぶりじゃねーか!! 元気にしてたかぁ!!?」
「うわっ!! ゴホッゴホッ! いきなりなんだよ!?」
飲んでいたのもあり、盛大に吹き出してしまった。
隣にいた人たちは他の子と仲良く談笑しながら席を移動していたから、被害は最小限に収まった。
とはいえ、目の前のサラダが大惨事になってるので、俺が責任を持って食べるしかない。
周りにも食べないように言わないとな。
背中を叩いてきた奴を睨むと、その睨みに気づいてないのか、構わず肩に腕を回してきた。
そのまま隣に座る。
「なんだぁー、お前変わってねぇなぁ。嬉しそうにしろよ!! 俺ら親友だろ!!」
「親友って……ただ、俺の家に居座ってひたすら漫画読んでただけじゃねぇか。しかも夕飯まで食べて」
「お前の母ちゃんの料理は美味しいから、つい。それに、ご飯食べていってって言ったのはお前の母ちゃんだ。だから、申し訳ないと思いつつもお言葉に甘えたわけよ」
「……それ、申し訳ないと思ってないだろ」
「まぁ、細かいことは水に流そうぜ」
「それ、俺のセリフ……」
茶髪で耳にはリングのピアス。グレーのカラコンをしている男、市ヶ谷 一清は、俺の高校の同級生であり、何かと俺に絡んでくる奴だった。それは高校の話であって、就職してからは全く連絡してなかったんだがな。
ふと、一清の手を見ると薬指にシルバーの指輪が嵌められていた。
「結婚したのか?」
「ん? ああ、そうなんだよ!! 写真見るか? 俺の嫁、めっちゃ可愛いんだ!!」
一清は嬉しそうに目を細め、スマホを見せてきた。
女性とのツーショット写真を自慢するように見せられ、内心ほっとした。
──幸せでよかったな。
市ヶ谷家は複雑な家庭事情でいつも一清は心に闇を抱えていた。
俺も詳しくは知らないけど、一清は浮気相手の子だったらしい。それで父親から酷い虐待を受け、母親は見て見ぬふりだそうだ。
クラスではムードメーカー並の明るさで場を和ます一清に暗い家庭事情があるなんて思いもしなかったんだよなぁ。
でも、仲良くなるにつれて、嫌でも一清を通して家庭事情は知っていった。
今となっては仲良くしていたのが、同情からなのかはわからない。ただ、一清の明るさが俺は好きだった。
……理由なんて、それだけでいいのかもしれないな。
「良かったな」
「ん? おう!!」
頬杖をついて、優しく言うと一清はニカッと白い歯を見せて笑った。
◇◇◇
同窓会がお開きになり、二次会に誘われたが断った。これ以上、遅くなると里桜の機嫌を取るのが大変そうだ。
夜の街を歩いていると、ぐにゅっとした感触と「ぐえっ」という鈍い声が下から聞こえた。
周りは街灯の灯りだけだったのもあり、人が倒れているなんて気づかなかった。
「す、すみません!! 人が倒れてるなんて気づかなくて……」
退いて、深々と頭を下げる。
紫の着物に俺の靴の跡がくっきりとついている。
ゆっくりと起き上がる人物は長めの黒髪に緑色の瞳をしていた。頭には犬耳を生やしているようにピコピコと動いている。
カチューシャ……にしてはリアルだな。どういう仕組みだ?
頬には犬の爪痕みたいなのも描いているのか、シールなのかはわからないが……なにかのコスプレイベントか?
そんな事を考えていると、
「……お前か。妾の大事な着物を汚したのは」
低い声が響く。
「すみません……気づかなくて。弁償しますので!!」
「ほぉ。弁償……うむ。まぁいいだろう。なら、責任取ってもらうぞ。橘 透和」
「なんで俺の名前……」
女なのか、男なのかわからないその人物にいきなり胸くらを掴まれる。ぐいっと顔を近づけられる。
「──っ!!」
「ちと、頼まれてくれぬか? 断ることはできんぞ」
そう言って、ニヤッと笑う人物は、生きた人間……というよりも、どこか神秘なものを感じた。
「……心配するでない。なぁに、人間の問題を人間に解決させようとしてるだけじゃ。そういうわけで、お前の体をちと借りるからのぅ」
何がそういうわけだ。
体を借りるって……何の冗談だよ。
急にそんなこと言われても、意味わかんねぇ……。
妖でもあるまいし。
そこで俺ははっとした。こいつ──妖!?
犬歯を見せ、怪しく紫色の瞳を光らせる。
俺の心を読んだように、口を開いた。
「妖怪……悪くはないが、妾は神様じゃ」
次の瞬間、意識が暗転した──。




