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 第82話  『 望まぬ幸福 』



 ……奇跡を得るにはそれ相応の絶望を享受しなければならない、とペルシャは語った。


 「〝奇跡スキル〟は便利だけど同時に代償もあるんだ」

 「……代償?」


 そんな話、セシルさんもクロエさんもキャンディも教えてくれなかった。


 「それは幸せや運、合わせて幸運が〝奇跡スキル〟の代償なんだよ」


 「……つまり使えば使う程に使った奴は不幸になる、ってことか?」

 「うん」


 それは厄介な能力である。


 「だけど、不幸にならない方法もあるの」


 ペルシャも精神的に辛いのか、眉根を寄せて俺に教えてくれる。


 「それは自分以外の幸福を奪うこと、要は他人を傷つけたり殺したりすれば不幸にならずに済むんだよ」

 「……っ」


 とんでもなく厄介な条件である。


 「この世界には幸福と不幸の総量が釣り合わせるような力があって、誰かが幸せになったら誰かが不幸になって、誰かが不幸になったら誰かが幸せになる世界なの」

 「……この世界の神様は相当ひねくれているようだな」

 「本当にね」


 こんなの互いに傷つけ合うように仕向けているようにか見えなかった。


 「話は本題に戻るけど、愛紀ちゃんが誘拐されたのはわたしの〝奇跡スキル〟が関わっているの」


 正確には二つ目の〝奇跡スキル〟――〝オラ寵愛クル〟が、とペルシャは補足した。


 「わたしの〝オラ寵愛クル〟はわたしの意思とは無関係に能力を発動するんだ。自動でわたしに富も名誉を与え、命の危機から護ってくれるの」


 ――そこには矛盾がある、とペルシャは説明を続ける。


 「使えば不幸になる〝奇跡スキル〟なのに、その内容は使えば幸福になるなんておかしいよね」

 「……………………まさかっ」


 ……そこで俺はペルシャの話を理解する。



 「だから神様は――わたしの周りの人を不幸にすることでその矛盾を解消したの」



 この世界の幸福と不幸の割合は不変。


 〝奇跡スキル〟を使えば術者は不幸になる。


 しかし、ペルシャは〝オラ寵愛クル〟によって不幸にならない。


 だから、それ以外の人間が不幸になる。



 ――だから、姫がドラコ王国に誘拐されたのだ。



 「……ふざけんなよっ」


 俺は壁を殴って、苛立ちを吐き出した。


 「話はわかった! すぐに皆で姫を助けに行こう!」

 「――それは出来ないの」


 ……はっ?


 「……何の冗談だよ、そりゃあ」


 ……訳がわからなかった。姫は俺にとって大切な人で、だから、だから――俺にとって?


 「ドラコ王国に拐われた愛紀ちゃんがいつ影武者だって気づかれるかわからないし、気づかれたらまた王宮に襲撃があるのかもしれないから」


 ……しれないから?


 「王宮の戦力は王宮警備に回すことが決まったの」

 「……姫は?」

 「……」


 「……姫は……見捨てるのか?」


 「……っ」


 ペルシャは俯き、肩を震わせた。


 「この戦力は全てお父様が管理しているから、わたしには何も出来ないっ」


 ペルシャは悔しそうに唇を噛み締める。


 「わたしもお父様に何度も説得しようとしたけど、全然聞いてくれなくてっ」

 「……ふざけんなよ」


 俺はつい思ったことを呟く。


 「拐われたら簡単に切り捨てるのかよっ!」


 俺は怒りのあまりに吼えた。


 道理は解る。

 姫は影武者で、影武者は主君を護る為にあるのだ。

 影武者の為に本陣の戦力を割くなんて非合理的だ。

 理解はしている。だが――……。



 ――甲平、ずっと側にいてくださいね。



 「……納得できねェよ」


 「ごめんなさいっ」


 猛る俺にペルシャが謝る。


 「だから、お前は悪くないって


 「それでもわたしが悪いのっ……!」


 ペルシャが怒鳴るように俺の言葉を遮る。


 「甲平くんは気づかないの? 甲平くんと愛紀ちゃんがわたしに利用されていることにっ」

 「……ペルシャに利用されている?」


 ……訳がわからなかった。


 「今回、愛紀ちゃんが拐われて戦争が早めに終わって、甲平くんのお陰で戦争でも、前回の襲撃でも被害を最小限に抑えられたんだよ……上手く行き過ぎているって思わないの?」

 「……」


 普段の快活な姿からは想像できない程に、今のペルシャは弱々しかった。


 「たぶん、わたしが二人を呼んだんだよ――この世界にっ」

 「……っ!」


 ……考えもしなかった。しかし、ペルシャの話に筋は通っていた。

 自惚れる訳ではないが、この一ヶ月間、俺はペルシャに多大な貢献をした。


 ペルセウス王宮襲撃事件。


 ペルセウス・ドラコ戦争。


 大きな出来事ならこの二つだが、どちらも俺は大きく関わっていた。


 (……考えすぎかもしれねェが)


 ……まるでこれらの事件からペルシャを護る為に呼び出されたようにも見えた。


 「わたしの力は無条件で一方的にわたしを幸せにする――周りの人を傷つけて」


 ペルシャは俯き涙を流す。

 その肩は微かに震え、やけに小さく見えた。


 「許せないよねっ、憎いよねっ、愛紀ちゃんは甲平くんにとって大切な人なのに、わたしのせいで不幸になっているんだよっ」

 「……」


 ……全部、ペルシャのせい。


 ……全部、ペルシャが悪い。


 「……わたしは卑怯だよね、狡いよね、最低だよね……他人を蹴落とし、自分だけが笑って……」


 ……そう思ってしまえば俺の中の溜飲は収まるのか?


 「……もう嫌だよ……わたしの大切な人達が傷つく姿を見るのはっ」


 ……それは本当に正しいことなのか?



 「 もう、いっそのこと死んでしまえばいいのかな? 」



 「――」


 ……俺は何を迷っているんだ?



 「 馬鹿っ 」



 ――俺はペルシャの頭を小突いた。


 「…………えっ?」


 ペルシャは戸惑いの声を漏らす。


 「お前は悪くねェ、悪くなんかねェんだよっ」

 「……でも、わたしは愛紀ちゃんを傷つけたっ」


 ペルシャは簡単には俺の言葉を聞き入れない。


 「わたしは卑怯者なのっ、他人を蹴落として、自分だけが笑っているような最低な人間なんだよっ」


 「――笑ってねェじゃねェか」


 ……ペルシャは泣いていた。


 「今だって罪悪感に押し潰されて泣いてんじゃねェか」

 「…………違うの」


 ペルシャが小さく首を振り、後ずさる。


 「お前のどこが卑怯者だ、どこが最低な人間だ。俺にはただのか弱い女の子にしか見えねェよ」

 「……違うよ、わたしは許されていい人間なんかじゃないの、わたしはっ」


 俺はペルシャの両肩に手を置いた。



 「 俺はお前が大好きだっ……! 」



 「――」


 俺はありのままの感情をペルシャにぶつける。


 「姫もセシルさんもクリスやセフィリアも皆、お前が大好きだ……!」


 ……ペルシャは楽しいときに本当に楽しそうに笑う。


 ……常にドタバタして、意外性しかなくて、見ていて飽きない。


 ……滅茶苦茶なようで、人一倍優しくて、皆のことを思っている。


 「お前は皆の見る目が無いって思うのか?」


 「そんなことっ」


 「皆は気紛れや金でお前の為に戦っているとでも思うのか?」


 「そんなこと……」


 ――ある筈がない。ペルシャがそんなことを思う筈がない。


 「皆、お前が大好きだから側にいるんだ。命を懸けてでも守りたいって思っているから戦っているんだ」


 俺は笑う。自然と笑ってしまった。


 「だから笑ってくれよ、皆、笑っているお前が大好きなんだから」

 「……でも、わたしは」


 ペルシャは苦悩していた。


 「……わたしは……愛紀ちゃんを見捨てたまま笑えないよ」


 友を犠牲にしたこと。

 友を見捨てざるを得ないこと。


 ……その事実がペルシャの心を蝕んだ。



 「 だったら、姫を助け出せれば笑ってくれるのか? 」



 「……っ」


 俺の言葉にペルシャが顔を上げる。


 「……………………出来るの?」


 「まあな」


 ……正確には出来るのかもしれない、だが。


 「お前の親父がこの王宮の奴等に王宮警備を命じたって言ったよな?」

 「……うん」


 ――王宮の戦力は王宮警備に回すことが決まったの


 ……ペルシャはさっきそう言った。


 「だが、俺はまだお前の親父に挨拶してねェよな?」

 「うん……………………ってまさか」


 どうやらペルシャも勘づいたようである。



 「 俺一人で姫を助け出す……! 」



 国王に挨拶をしていないということは、俺の配属はまだ正式には決まっていない。

 つまり、この王宮で俺だけが自由に動けるのだ。


 「無理だよ! 死んじゃうよ!」


 「――これしか無いんだ」


 「――っ」


 俺の真剣な眼差しにペルシャが言葉を失った。


 「確かにベルゼブブの奴等は強いし、向こうにはドラコ王国の軍隊もいるだろう」


 強敵だ。

 無謀にも程がある。


 「だけど、約束するよ。必ず姫と一緒に帰ってくるから」


 それでもペルシャの笑顔を取り戻す為に戦わなければならなかった。

 何より姫は俺の主君だ。助けることに理由なんて要らない。


 「だから、そのときは満面の笑顔で出迎えてくれよな」


 「……っ」


 ペルシャは俯き葛藤していた。

 無理もない。敵は一国、それも三国に匹敵するだろう組織がいるのだ。


 「……」


 送り出す不安や失う恐怖もある筈だろう。


 「…………て」


 ――トンッ……。ペルシャの頭が俺の胸に預けられる。


 「……たす……けて」


 足下に水滴が落ちる。

 その肩は微かに震えている。



 「……お願いっ……愛紀ちゃんを助けてっ」



 「 任せろ 」



 俺は即答した。


 他に答えなどある筈がなかった。


 「……甲平くんっ、ありがとうっ」


 「おう」



 ……そして、俺はペルセウス王宮から旅立った。


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