第11話 『 invisible 』
……カートンの死体が転がり、フランチェスカがショックのあまりに尻餅をついていた。
(……二人目かよ)
――66名
……それはこの王宮の住人の生存者数であった。
「メイド長ッ! 向こうの廊下にも死体がっ……!」
……いや、65名か。
これで三人目。事態は一挙に加速し始めた。
何か策は無いかと俺は周囲を見渡した。
最初にメイリン=カーネーションの生首、次に鼻から上を欠損したカートンの死体。そして――カートンの鼻から上と共に壁に刺さっている太い矢。
(……何だこの違和感は? 何かが変だ)
俺は壁を見て、床を見て、窓を見
――瞬間、俺の脳髄に衝撃が走った。
「……窓が……割れていない」
……そう全ての窓が閉まっていて、どの窓も破損が見られなかった。
「窓がどうされ――あっ」
セシルさんもどうやら気がついたようである。
そう、おかしかったのだ。
遠くから矢を室内へ矢を放つ場合、開いた窓から中を狙うか、窓ごと標的を狙うしかなかった。
だが、どう見ても窓は開いてないし、貫かれた様子もなかった。
恐らくトラップだ。
通過したものを撃ち抜く見えないトラップが仕掛けてあったのだろう。
しかし、それなら一緒に通過したフランチェスカは無事で、カートンだけが貫かれた理由がわからなかった。
「……そうだよな」
脳内の思考のパズルが次々と埋まっていった。
「奴等はペルシャを生きたまま連れていかなきゃいけないんだよな
」
俺はカートンの死体に歩み寄る。
「甲平様、危険ですよ」
「心配要りません」
更に身を低くして、カートンの死体の脇を通り抜けた。
「こんな風に、ある一定の高さを越えなければトラップは作動しない。だが」
そして、再びカートンの横へ移動して、身を起こした。
――パンッッッッッッッッッッッ……! 突如、何処から途もなく鉄の矢が放たれ、俺はそれをキャッチした。
「……一定の高さを越えればトラップは作動する。何故ならペルシャにトラップを作動させちまったら生け捕りにできなくなるからな」
それがこの〝不可視の矢〟の正体であった。
「セシルさん、ペルシャの身長わかりますか?」
「158.2センチです」
「了解」
俺はセシルさんから他の使用人の方へ頭を向けた。
「全員、身を低くして移動しろッ! そうすれば矢は当たらないッ……!」
『……』
俺の言葉に使用人らは無言で頷いた。
「セシルさん、ペルシャと姫は一人ですか?」
「いえ、三番隊隊長――クロエ=マリオネット隊長、副隊長――ラビ=グラスホッパー副隊長が各々護衛に付いております」
「王様と妃様は?」
「国王様、妃様、第一王子、第二王子。そして、オルフェウス従事長と一番隊は隣国へ遠征しておられています」
「了解、大体わかりました」
俺はその場に座り込んだ。
「……甲平、様?」
「セシルさんには全体の指揮を頼みたい、お願いできますか」
「いえ、構いませんが。甲平様はどうされるのですか?」
セシルさんの質問に俺は目を瞑り、座禅を組んだまま答える。
「俺はまず、この邪魔臭い矢を射ってくる奴を倒す……!」
「できるのですか?」
「はいっ」
……俺は暗闇の中にいた。
「……甲平、様?」
「すみません、少し静かにしてもらってもいいですか」
「……」
座禅を組み、俺の集中力は極限まで研ぎ澄まされる。
……俺は昔から耳が良かった。
忍だからとか、訓練したからという訳ではなく、生まれもっての才能であった。
そして、ただ遠くの音を聴くだけが俺の超聴力ではなかった。
集中力を高めることにより、音の強弱の違いや複数の音を同時に聴き分けることもできた。
(……使用人の足音、セシルさんの息遣い、風の音、木々が揺れる音……全部聴こえる)
暗闇の中で俺は敵の気配を探った。
――ギギギッ……。
(――これだ! 弓の弦が張る音!)
方角は北! 距離は概ね一〇〇メートル!
何かが空を切る音が聴こえた。
窓ガラスが割れる音が聴こえた。
――俺は首を僅かに傾いだ。
次 の 瞬 間 。
――貫ッッッッッッッッッッ……! 鉄の矢が俺の顔の真横を通り抜け、壁に突き刺さった。
「 捉えた 」
俺は矢が飛んできた方向を睨み付けた。
「……セシルさんはさっき言った通りお願いします。俺は」
――そして、クナイを腰のホルダーから抜いた。
「 まずはあいつをブッ殺す……! 」
……死闘開幕。