第12話 『 蜘蛛と兎 』
「お嬢様は部屋に隠れていてください」
「……うっ、うん」
……私はお嬢様を部屋に入れ、一方私は、外の様子を確認するべく部屋の外へ出た。
「……ふむ」
パッと目を通したところ、異常は見られなかった。
しかし、先程の悲鳴といい何か事件が起きたことは明白であった。
(動きたいけど、お嬢様を部屋に残したまま勝手に離れる訳にはいかない)
……恐らく、国王様と妃様、王子が不在の今、狙いはお嬢様か妹君の二択であろう。
(ならば、お嬢様を守り通すのが三番隊隊長――クロエ=マリオネットの任務ではなかろうか!)
私は部屋の周囲に無数の糸を張る。
それは極薄で、よく注視して初めて可視できる鋼鉄の糸であった。
(これが私の〝奇跡〟――〝蜘蛛の糸〟)
――〝蜘蛛の糸〟
……強硬かつ伸縮自在な糸を操る〝奇跡〟であり、その力は大きく二種類に分かれる。
一つ目は〝鋼糸〟。自在に強硬かつ伸縮自在な糸を張る力。
二つ目は〝朧糸〟。自身と対象物の間に、不可視かつ触れることのできない伸縮自在の糸を張る力。
〝鋼糸〟は糸その物であるが、〝朧糸〟は糸本体に触れることができない為、どちらかと言えば念動力に近い力であった。
〝朧糸〟のわかりやすい例を挙げるとするならば、術者の手から机の上のリンゴに〝朧糸〟を張った場合、〝朧糸〟を縮小させるとリンゴは術者の手まで引っ張られるが、第三者が張った状態時術者とリンゴの間を横切ろうが糸に引っ掛かったり、たゆんだりはしないということである。
とはいえ、実際問題、〝朧糸〟は使いづらい為、メインは〝鋼糸〟になっていたりもするのであった。
「……いつでも来るがいい暗殺者風情が、一度私の前に姿を見せれば、この〝鋼糸〟で引き裂いてみせよう」
……私はいつ来るかわからない、敵の来訪を待った。
「……」
――ピンッ……。私の張った糸に何者かが引っ掛かった。
(――ヒットッ!)
……いる。
私は震動した糸の方向へと視線を向ける。
……しかし、そこには何も見当たらなかった。
(だけど、糸は震動した。つまり、敵は――姿を消せる!)
足音は聴こえない、恐らく意図的に音を起てないように歩いている。
それでも、気配までは消しきれていない。
――何かいる。すぐ、そこまで来ている。
(……見えない敵、か)
厄介な相手であった。
「 初めまして、お客様 」
……しかし、私は動じない。震えることなく見えない客人に会釈をした。
――スッ……。何かが迫る気配を感じた。
「 私の名前はクロエ=マリオネット 」
トンッ……。私は後ろへ跳んだ。
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 何か強大な力が廊下に叩き込まれ、廊下が瓦解した。
足場が崩れ、私と見えない何かは階下へ落下する。
「 メイドの矜持にかけて貴方をぶっ殺します……! 」
……死闘開幕。
――王宮、南側通路。
「あんまり、前に出すぎるなよ。影武者さんよ」
……俺とお嬢様の影武者は王宮内を歩き回っていた。
他の使用人や近衛騎士と合流し、この影武者を匿ってもらう為だ。
別に女一人護衛することなんて難しくも何ともないが、お荷物を抱えたままでは好きに動けなかった。
(……敵は何名かね……早く暴れてェな)
……俺は戦いたくてウズウズしていた。こんなガキのお守りなんてさっさと誰かに押し付けたかった。
「あっ、あの」
「……ん?」
影武者が後ろから話し掛けてきた。
「私には火賀愛紀という立派な名前があります。その、影武者とか呼ぶのはやめていただいてもよろしいでしょうか」
「……」
……別に大した話ではなかった。
俺は影武者を一瞥して、すぐに視線を前方へと戻した。
「あっ、無視しました! この人、無視しましたよ!」
……うるさいな。
俺は構わず前へ進み続けた。
幾ら王宮が広いとはいえ、そろそろ誰かと遭遇してもよさそうであった。
(……さて、その最初は敵が来るか、身内が来るか)
どちらでもいい。前者であれば叩き潰すし、後者であれば後ろのお荷物を押し付けられる。
「……ん?」
「あれは……」
俺と影武者が同時に気がつく。少し離れた曲がり角から人影が顔を出したのだ。
「良かった、朝起きたら誰もいなくて」
……庭師であった。確か、名前はアリシア=レッドアイだったか。
「反対の廊下から悲鳴も聴こえてきたし、一体何が起きているんでしょうか?」
「その確認を今している……お前も付いてくるか?」
この状態で、庭師を一人放っておくのは危険であろう。
「ありがとうございますっ! ずっと一人で心細かったんですっ!」
「……はぁ」
……これで、お荷物が二人か。仕事とはいえ儘なら
――どぷっ……。
「……っ」
……黒い液体が天井から落ちてきた。
「……お前ら下がっとけ」
俺は二人を下げさせて、半歩前に出る。
(得体の知れない何か……油断は禁物だな)
謎の液体は黒く、ネバネバしており、体積は大の大人が丸々呑み込めるサイズであった。
(……スライムか? いや、こんな奴は見たことねェ)
……そう、ただのスライムの筈がなかった。
(こんな禍々しいオーラがただのスライムから出る訳がねェ)
俺はついつい不敵に笑ってしまう。
「さっさと掛かってきな。どちらも様子見してばかりじゃあ、ケリは着かないぜ」
『……』
黒いスライムが身を起こすように、巨体を持ち上げた。
「……」
『……』
俺達は無言で睨み合う……スライムに目はねェが。
――変化はその時だった。
「なっ!」
……スライムの一部が巨大な刃となったのだ。
『 斬 』
「――っ」
……そして、刃は振り下ろされた。




