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終章 魂を継ぐ者

「こんなお伽話、誰も信用しませんよ!」

 ロムが、羽根ペンを放り出して嘆いた。

「グルジェフなんて昔話にしか出てこない『魔』が出てきて、それをレオナ姫の亡霊が出てきて倒した、なーんて作り話を、誰が信用すると思います?」

「だって、事実なんだもん!」

 むくれたサキは、プーッと頬を膨らませた。

 報告書を書くから、正直に全部子細を話せ、というロムの望みに応じて全部経緯を説明した結果が、これだった。

「魔除札を残す盗賊の正体、目的も、荒唐無稽すぎて誰も信じません!」

「だから、事実を教えろ、記録に正確に残すって言うから、包み隠さず話したじゃん!」

「はっきりしてるのは、アンガス候の池の屋敷の敷地でドーンって名前の怪商人に雇われた盗賊連中が半殺しで捕まったのと、アンガス候の池の上の御殿が落雷で崩壊した、だけです!

 空から降ってきた魔除札、神殿の広場に出現した魔法陣、姿を消したドーンの行方……全て、わからないままじゃないですかぁ!」

 記録の正確さにかけては、ロムは絶対に退かない。普段は、サキの言いなりで動くが、自分の職務領域に関してだけはかけらも譲ろうとはしない。

「二人とも黙れ!」

 カロンが、不毛な押し問答を遮った。

「王家には、聞かれれば俺が口頭で説明する。ロムは、説明できないやばい部分は黒塗りにしておけ」

「叔父貴ぃ!」

 サキが抗議するのを無視して、カロンはロムに指示を飛ばす。

「黒塗りの部分はともかく、それ以外の部分は整合して説明できるように報告書を作文しろ」

 そこまで命じてから、カロンがサキを見た。

「レオナ姫の亡霊が出てきた、なんて国王陛下に報告してみろ。国がひっくりかえちまう!」

 かくして、黒塗りの報告書がまた一冊増えた。


       ◆


 結界岩の祠から見下ろす運河の水面が、夕陽を弾いて輝く。

 辻占いの露店を撤収し老虎に戻るリュードを捕まえたサキは、一緒に老虎へ向かう途中に、結界岩の祠に立ち寄った。

 事件が全て解決した報告とお礼を、シェルフィンに伝えなければならない。天狼の助力がなければ、王都がひっくり返るほどの大変な騒ぎが起きていたはずだった。

「リュードは、あの幽霊屋敷に住むの?」

「ああ、もう三日前からリシャムード邸がねぐらさ。住むと、あれはあれで快適でね」

 サキは、眉根を寄せた。

 亡霊など、もうたくさんな気分だった。

「だって妙なオバケがいるんでしょ?」

「まぁいても、生活の邪魔されなきゃいいさ。むしろ出てきてくれた方が、賑やかでいい」

「馬鹿! あたしが近寄れないじゃない!」

 ぞっとしないことを口走るリュードを、サキは横目でにらんだ。

 リュードに用事がある時は、辻占いの場所を探すか老虎を訪ねるしかない。レオナ姫の住んでいた館とはいえ、サキには一人であの幽霊屋敷を訪ねる度胸は、まだない。

「神殿の大広場の魔法陣、消えたそうじゃないか」

「知ってたの?」

 サキは、驚いてリュードを見た。

「街の噂をなめちゃいけない。隠していても、あっという間に拡がるもんだ」

 一夜にして出現し、また一夜にして消滅した魔法陣を描いたのは誰の仕業だったのか、結局謎のままだった。事件が解決した翌朝、神殿の広場に描かれていた魔法陣も消えていた。

 サキは、神殿の大広場に夜陰に乗じて魔法陣を描いたのは、天狼の仕業ではないかと疑っていた。

 怪しげな占いや何やらで生計を立てているリュードなら、そういった悪さをやりかねない。少なくとも、天狼にはそれだけの知識と実行する能力がある。

 だが、いたずらにしては手が込みすぎている。一晩で暗闇の中でどうやって描いたのか、また嵐の夜にどうやって消したのか、神官達が心配するように、勝手に魔法陣が浮かび上がって勝手に消えたと考えたくなる気持ちもわからなくもない。

「あれって、リュードが描いたのね?」

 自分を安心させるかのようなサキの問いに、喉を鳴らすようなリュードの笑い声が返ってきた。

「さぁね」

「やっぱり、リュードなのね」

「まぁ、天狼の誰かが、ドーンの正体を暴くために描いたってことにしといた方がいいだろ?」

「それって、本当?」

「さあてね……俺は、たまにホラを吹く癖があるからなぁ」

「リュード!」

 サキのとがめる声に、リュードの気持ちよさそうな笑い声が流れてゆく。

 サキは、祠から運河を見下ろした。

(きっと……)

 夕日が水面を弾き、運河が朱色に輝いている。

(レオナ姫の願いだった本当の平和を、必ず実現するわ)

 サキの愛刀の柄にはめ込まれた宝玉が、夕方の陽光を反射して一瞬真紅にきらめいた。


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