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ACT09 偽者狩り

 ドーンの商家に、珍しい来客があった。

 高位の人物の来訪は、数日前に届けられた手紙が予告していたため、ドーンの方も準備は整っている。

 使用人総出で、出迎えの準備も整えた。

 ドーンの使用人達が身にまとう服装も、皺一つない新品だった。

「これはこれは、アンガス家のお姫様が直々にいらっしゃるとは光栄でございます」

 ドーンが、店を訪れた人物に頭を下げた。

 来客は、初老の二人の下僕を供にしただけのお忍び姿だった。

 長旅から到着したばかりなのか、その旅行用の外套も土埃で汚れくたびれている。

 頭から被った紗のベールの中で少女の美貌が輝いた。緑がかった青い瞳がドーンを見ている。

「初めまして、リアン・アンガスと申します。アンガス候の末の娘で、この度は父の名代として参りました」

「二代目のドーン・バルザックと申します」

 ドーンが、木の小箱を懐から取り出し、厳かに蓋を開く。

 綿の詰め物をした箱の中から、ハマグリの貝殻を取り出す。

 彩色された美しい貝殻を、恭しく机上に置いた。

「お改め下さい」

 リアンが、同じようなハマグリの貝殻を取り出した。

 二つを重ねる。

 貝殻が、ぴたりと噛み合わさった。

 貝合わせの割り符、だった。

 お互い顔も知らぬ相手が互いの身分を確認するために、アンガス候がハマグリの貝殻の片割れをドーンに与えた。

 ただし、それは何十年も前の話で、先代のドーンの時代の話だった。後を継いだ二代目ドーンとアンガス候は面識がない。

「あなたが、王都レグノリア内にあるアンガス領の資産の管理をしている、ドーン・バルザックと認めましょう」

「ご確認頂き、ありがとうございました」

 ドーンが、自分の貝殻を丁寧に箱に収める。

 ドーンにとっても、目の前の若い少女がアンガス候の使いであることを確認出来たことになる。

 二代目に代替わりしてから、ドーンはアンガス候の領地に出入りしていない。

 代替わりしてからの商売の拠点は、王都レグノリアだった。

 レグノリアの王都にある、アンガス候の小さな所領と資金の運用を委託されている。その見返りとして、王都レグノリアでの商売を行う鑑札をドーンは得た。

「父から、新築中の本邸をしっかり検分してくるように、と言い渡されております」

「ええ、まもなく完成いたします。近日中には内覧を準備いたしますので、それまでしばらくお待ち頂けますように」

「あら、まだ見せてはいただけないの?」

「建築中は、足場の崩落とか何かと危険があります。

 もし万が一にでも、リアン様にお怪我させてしまうことは出来ませんので、完成まで今しばらくご容赦願います」

「それもそうね。しばらく逗留するので、ゆっくりと待たせて頂きましょうか」

 リアンは、あっさりとドーンの言い分に従った。

「長旅にお疲れでしょうから、存分にご静養頂きますよう、お屋敷の池の離れをご用意いたしました。

 移動にも馬車をご用意いたしましたので、これからご案内いたします」

 商家の表に、馬車が留まっていた。どこからか借りてきたのか、貴族が乗る天蓋の着いた豪華な馬車だった。

 ドーンは、使用人が操る馬車で立ち去るリアンと二人の下僕を見送った。

 屋内に戻るなり、近寄ってきた別の使用人の一人にささやいた。

「ちょろちょろと動かれると、何かと面倒だ……勝手に外出されないように、しっかり見張っておけ」


       ◆


 アンガス候の邸宅は、王都レグノリアの北部にある。王都の中心からは、大きな森が遮って見えないが、邸宅の敷地としてはかなりの広さを持つ。

 アンガス候は王都レグノリアには常駐していない。王都から離れた自分の所領に拠点がある。

 だが、アンガス候が王都に来た時には、その護衛の数百騎もの軍団が滞在できるだけの敷地の広さがある。

 大きな池の岸辺に、瀟洒な建物が建っていた。

 それほど大きくはないが、控えの間や厨房などがそろった平屋の建物が、雑木林を挟んで少し離れて二軒建っている。

 窓を開けると池が目の前に広がり、対岸の森の木々や日光を映し、静かなたたずまいを見せている。

 灰色の石造の家は、池の景観を邪魔しないように周囲の雑木林に溶け込んでいる。

 本来は、来客用の離れだった。

 だが、アンガス候の本邸は現在新築中だった。

 アンガス候の娘のリアンでさえ、自分の所領に戻ってきても寝泊まりできる場所はここしかない。

 離れの一軒家に通されたリアンと一行は、部屋の各部を改めた。

 厨房と、いくつかの部屋があるだけの瀟洒な一軒家といった風情だった。居間の窓から望む静かな青色の水面は美しく、向かいの雑木林の姿を静かに水面に映し出している。

「向こう岸の大岩の影に一人、入り口側の林の奥に二人」

 下僕の老婆が、奇妙なことを呟いた。白髪を首の後ろで束ねた質素な姿だった。

「運河に向かう門には二人、池の奥の本殿近くには五人は潜んでいる。

 建築中の本殿は帆布で覆われている……中に何か隠れているかも知れんが、今は気配がない」

 もう一人の下僕の老爺が、それに答えた。こちらは、頭を剃り上げた男だった。この二人の下僕は、どちらも似たような細身の体格をしている。

「昼間は難しいかも」

「とりあえず、薄暮に紛れて抜け出す算段を考えましょ」

 リアンの答えも、物騒なものだった。

 宝玉で飾られた髪飾りを外し、巻き上げるように束ねていた金髪を下ろした。長い金髪がゆれる。

「この離れの邸宅には、変な仕掛けはなさそうね。こっそり出入り出来る隠し扉でもあれば、それを逆手に取れるんだけど。

 どちらかと言うと、出入り口を絞って自由に出入り出来ないように工夫されているわ」

「早い話、これは軟禁ですねぇ」

 そう言った老婆が、背中を伸ばした。

 驚くべきことに、丸まっていた背中がまっすぐに伸び、老人特有の緩慢さが消えた。

「天窓がある。ここから抜けるも、池に潜るも可能性はある」

 老婆に応じた老爺も、背中が伸びた。

 声の張りは、先ほどまでとは打って変わった張りのあるものだった。

 その姿は身なりこそ違うが、魔除札が神殿に降った日の前夜に運河の近くに立っていた三人の巡礼者だった。

「日没までには、まだ間があるわ。ブランとノーマは抜け道をそれとなく探って」

「御意」


       ◆


 異変が起きたのは、日が沈んでまもなくだった。

 ボロボロのマントを身にまとった人影が、池の中から突き出た岩の上に姿を現した。

 森の中から誰何の声が響き、何人かが駆け出した気配がある。

 その混乱の中、奇妙な光景が近くで見られた。

 敷地の石塀を、一人の人影が音もなく飛び越え、闇の中に消えていった。

 どこからともなく物悲しい笛の音が、運河の水面を渡ってゆく。

「リアン様!」

 屋敷を管理する男が、声を潜めて扉を叩いた。

 ドーンの商家の使用人の男だった。

「いかがなされました?」

 下僕の老婆が、扉の隙間から顔を出した。

 警戒する目がドーンの配下を見ている。

「池の周辺で、何やら亡霊が出たと騒ぎになっております。

 リアン様はご無事でしょうか?」

「お姫様は、長旅のせいかかなりのお疲れのご様子で、もうお休みになっておりますよ」

 老婆が小声で返した。

「騒ぎ声でお姫様がご不快になられぬよう、ご注意下され」

 老婆が、そう捨て置き扉を閉めた。

 扉に閂を掛けた老婆が、物音を立てぬように家の奥に入り、リアン・アンガスの寝室の扉をそっと開ける。

 明かり取りの天窓から、月の光が柔らかく寝室を照らしている。

 薄暗い寝台には、毛布にくるまった人影が見えるが、寝息も人のいる気配もなかった。

 老婆が、満足そうに微笑んだ。

 リアン・アンガスの寝室は空だった。

 寝台には丸められた衣類が、横たわった人影のような姿に置かれているだけだった。


       ◆


 神殿警護官の詰め所が、朝から賑やかだった。

 奥の牢屋に珍客がいる。神殿で乱暴狼藉を働いた連中を仮留置する、無粋な場所だった。

「こいつ、どこで拾ってきたのさ?」

「運河の橋の欄干に、吊されてました。

 朝一番で、バザールに野菜を売りに来た農夫が見つけたそうです」

 縛られた男が牢の中にいた。まだ若い小柄な男が後ろ手に縛られ、逃げられないように、壁に埋め込まれた鋼の環にくくりつけられている。

「その足元に、こんなものが残されていました」

 ロムが、一枚の紙片と魔除札を示した。

 『偽者には相応の罰を』と書かれた落書きと、残された魔除札を見てサキは顔をしかめた。

「こいつは、ディンゴって半端なごろつきだよ」

 ディンゴには面識があった。

 以前に、神殿の参道で強請たかりをやっていたのを捕まえて、運河に放り込んだことがある。

 口だけは威勢がいいが、相当な小心者だった。

 サキには、ディンゴが魔除札を残す盗賊には思えなかった。

「さて、それじゃしゃべってもらおうかしら」

 サキが椅子を逆に回して、背もたれに両肘をつく形で椅子にまたがった。

 ディンゴがそっぽを向く。

「なんかしゃべんなさいよ……半殺しにされて橋の欄干に吊されるなんて面白い体験したんだから、その武勇伝を拝聴させて頂戴」

 サキの皮肉に、ディンゴがにらみ返す。

「俺は口を割らねぇ!」

「あら、そう?」

 サキは、魔除札を摘まみ上げた。

「あんたの懐に入ってた魔除札は、参道の露店で売ってる奴。

 あんたがぶら下がってた橋の欄干に残ってた魔除札は、出所不明の手書きのもの。

 どっかに忍び込んで一仕事しようとした矢先に、本物の魔除札の盗賊に遭遇して半殺しにされたんじゃない?」

「知らねぇ!」

「ふーん、気が変わるまで待ってられないのよね」

 サキは、傍らのロムに視線を移した。

「面倒だから、拷問に回す?」

 サキの言葉に、ロムが顔をしかめた。

 供述を子細漏らさず速記できる能力の持ち主は、ロムぐらいだった。

 嫌がるロムを、無理矢理立ち会わせている。

「拷問ねぇ、私は立ち会いたくないですけど」

 文官のロムは、切った張ったや流血にはまるで免疫がない。

 青あざをいくつもこしらえ、半殺しにされたディンゴの姿を見るのも嫌だという態度を隠そうともしない。

「異端審問の連中に渡すと、生きたまま背中の皮剥いで塩すり込むって話だものね」

「でも、あっちに犯人の身柄渡すと、それっきり帰ってこないって話ですよ」

 物騒な会話に、無言を貫いていたディンゴという男が、おびえた目で交互に二人に視線を送っている。ディンゴの褐色の瞳が逃げ場を求めるように視線をあちこちにさまよわせているが、サキは気が付かない振りをしていた。

 話が、拷問部屋送りに決まりそうな雲行きになった時に、ディンゴが慌てて声を上げた。

「ち、ちょっ……ちょっと待ってくれ」

 待ちかねていたディンゴの言葉に、サキが微笑んだ。

「俺は口を割らねぇ!って剛毅なことを口走るから、話したくなるようにしてあげようかと思ってさ」

 サキは、縛られたディンゴを見た。

 まだ若いが、栗毛の小柄な男だった。かっぱらいとか小さな盗みを繰り返す小悪党で、こんな大それたことをやってのける度胸などない。

「こっちなら、拷問部屋よりまだ友好的にお話しできると思うんだけどね」

 サキは、牢屋の鍵をロムの手から取り上げて、ディンゴの目の前で振った。

 牢屋がいいか、拷問部屋がいいかという謎掛けだった。

「話したい気分になった?」

「話す! 話すよ!」

「最初から素直に話してくれればいいのにね。

 言っとくけど、取引とかはないからね。

 嘘付いても、ちょっと調べりゃわかるし、時間稼ぎと知れりゃ拷問部屋に直行だからね」

「言うよ! けど、信じちゃくれないと思う!」

「いいから、とっとと歌いなさいよ!」

 ディンゴの供述は、奇妙な話だった。

 サキは、ロムと顔を見合わせた。

 あまりに荒唐無稽すぎて、逆に作り話とも思えない。

 そもそも、小悪党に過ぎないディンゴが、こんな作り話を思い付くとは考えられない。


       ◆


 きっかけは、数ヶ月前にさかのぼる。

 灰色の長衣とフードを身にまとい、覆面で顔を覆った謎の男に頼まれたという。

 杖を突き、背中を丸めた背格好や声色といい、ディンゴには覆面姿の男が老人に見えた。

「金貨一枚で、請け負ったんだよ。

 指定する商家の金蔵に忍び込み、魔除札を残してこいってチョロい仕事だ。

 そしたら、確かにそいつに言われたように警戒が薄くて難なく金蔵の前までたどり着いたって訳さ……そしたら、驚いたことに錠前が既に壊されてんじゃねーかよ」

 指示された場所に忍び込んだら、そこはもぬけの殻だった。

 ついでに盗めるようなお宝などない。

 仕方なく、頼まれた魔除札を置いてディンゴは立ち去った。だが翌日、大金を盗まれたという騒ぎになっていた。

「ちくしょう、俺より先に盗みに入った奴がいるんだ! そいつは俺に罪を被せやがったんだ!」

 興奮したのか、ディンゴの声が大きくなってきた。

「で、その後で、頼んだ奴に会った?」

「いいや。それきり姿を見ねぇ。

 だからよ、魔除札を残しゃ、今度はその魔除札の盗賊のせいに出来るって思ってよ」

 ディンゴは、手口を真似て何回か盗みを繰り返したと自供した。

「ところが昨夜のことだ」

 またこそ泥に入ろうとした時に、どっからともなく笛の音が聞こえ、暗闇の中に仮面の亡霊を見たという。

「なんか、もの悲しい調べの音色が遠くから聞こえてきてさ……振り向いたら、目の前にボロボロのマント姿の男が暗がりに立ってたんだ」

 ディンゴが、おぞましそうに首を振った。

「その灰色の覆面野郎に再会したの?」

「その頼んだ奴じゃない……昨夜のあれは、本物の亡霊だ!」

 暗闇に浮かんだのは、アグネアの神を模した仮面姿の亡霊だった。

 それが目の前でかき消すように消えた瞬間、気を失っていたという。

「で、気が付いたら縛られて吊されていた、と?」

「信じちゃもらえねぇかもしれねぇけどよ……神に誓って本当だ」

「都合のいい時だけ、神様持ち出すんじゃないわよ」

 サキが、左手に持っていた愛刀を伸ばし、鞘の石突きでディンゴを小突いた。

「人を殴って、縄で縛って吊す亡霊なんて、聞いたことないわよ」

「殴られたのか、どうかもわかんねぇ。

 振り向いたとたん視界が黒くなって、何が起きたのかもわからねぇんだから」

 サキは、これ以上尋問しても時間の無駄だと判断した。

「まぁ、正直に話してくれたと信じてあげるわ。

 ディンゴ、あんた意外に正直じゃん」

「作り話にしては、狙われた商家と日時が一致しすぎてますね」

 ロムが、調書を読み返しながら呟いた。

「あたしも、そう思うわ」

「この男、どうします?」

「事件が解決するまで、しばらく牢屋に放り込んどいて。

 根は小心者だから、ちょっとお仕置きして釈放すりゃいいんだけど、タダでさえ忙しいのに、偽者の盗賊にうろちょろされてちゃ紛らわしくて迷惑だから」

 サキは、椅子から立ち上がった。

 ディンゴの処置を仲間の神殿警護官に任せ、神殿を足早に出る。

 参道に通じる石段を降りながら、サキは今後の探索する方針を練り直していた。

 探索する手掛かりはあった。

 ディンゴを吊し上げにした者も気になるが、それよりもサキの思考を揺さぶったのは別の人間の姿だった。

(ディンゴに魔除札の盗賊の真似をさせた、覆面の老人は何者?)

 そこが、サキの脳裏に引っかかっていた。

 ディンゴがその覆面姿の老人に出会ったという盛り場は、護民官の縄張りだった。こういう盛り場の捜索には護民官の協力もいるし、天狼の情報網にも引っかかるかも知れない。


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