ACT10 サキの弱点
「あのさぁ、リュードは亡霊の存在って信じる?」
サキが、ためらいがちに口を開いた。
運河沿いのリュードの辻占いの客に見せ掛けているが、話の内容は全然違う。
「亡霊?」
フードの奥から呆れたような顔が、サキを見ている。
サキは、笑われるのを承知で次の言葉を出した。
「昨夜、アンガス候のお屋敷で出たんだって」
「何が?」
「亡霊に決まってんでしょッ!」
「亡霊? 誰の?」
「知らないわよ!
あそこは普段からアンガス候が留守なので、ドーンが委託されて管理してるんだって。
たまたま、アンガス候のお姫様が領地から王都に出てきてて、離れに逗留してるんだけど、亡霊が出て困ってるんだってさ」
サキが、まくし立てる。
昼過ぎにドーンの使いが届けてきた手紙を見せた。
サキはディンゴの供述内容を護民官に話し、ディンゴに魔除札を渡した男を捜索することを依頼した。色々と縄張り争いもあるが、筋を通せば護民官も協力してくれる。
昼過ぎにいったん神殿に戻ると、奇妙な手紙がサキに届けられていた。
それは、怪商人ドーンからの依頼だった。
『アンガス候の邸宅敷地内で、亡霊出現の目撃あり。
現在、アンガス候の名代としてリアン・アンガス姫が逗留中に付き、真偽の確認の助力を求む』
サキは、亡霊などまっぴらだったが、朝方のディンゴの尋問にも亡霊が出てきた以上、知らん顔も出来ない。
手紙にちらりと視線を移したリュードが、場違いなあくびをした。
心底つまらなそうな顔だった。
「いいじゃねぇか、亡霊の一つ二つ。人様に悪さしなけりゃ、居ても居なくても構やしないだろーに」
「あのね、同じ晩に二カ所で亡霊が出るってのは、尋常な話じゃないのよ」
サキが、口を尖らす。
リュードが、ドーンからの手紙に視線を落とす。
文面に目を通す、ではない。文字通り目を落とした程度で手紙が突き返された。
「多忙により、手が回らずって口実で、放っておけばいいんじゃないの?」
「リュードぉ!」
運河沿いの辻占いの露店にいる今日のリュードには、やる気というものがまるで感じられない。
『万事において面倒臭がりなのが、唯一の欠点さね』
シェルフィンがバザールで呟いたリュードに対する評価が、サキの脳裏に蘇ってきた。興味がない出来事でリュードを引っ張り出すのは、相当に骨が折れることをサキは覚悟した。
◆
王都レグノリアを中心としたヴァンダール王国は、周辺の他国とは少し変わった統治をしている。
王国といいながらも複数の有力諸侯が、王都レグノリアを囲むようにそれぞれの領地を持ち、王都レグノリアを護っている。
ヴァンダール家自体の所領は、それほど大きくない。
それでも王国としての中心であり続けれるのは王都レグノリアの中心に神殿があるからだった。絶対神アグネアを祀る聖教の神域としての力を持つが故に、政治の中心にいられる。
王都レグノリアの中にも、諸侯が小さな所領を持つ。もっとも、諸侯が王都に集まってくることは滅多にない。戦乱になった場合、周辺の諸侯が外壁となり、レグノリアを護る。
アンガス候は、そんな有力諸侯の一つだった。
◆
ドーンに案内されたアンガス候の屋敷は、神殿の敷地並の広さを持つ広大なものだった。
大きな池があり、その周囲に来客用の離れの別邸が少し離れて二軒建っている。
池の中央には、大きな足場が組まれ帆布で覆われている。
「アンガス候のお屋敷を、建て直しているのでございますよ」
ドーンが自慢する。
「昔、この地にアンガス候の邸宅がありましてね。
この場所が、十年ぐらい前に魔除札を残す盗賊が追い詰められた場所でございますよ。
その盗賊が護民官に追い詰められた時、地震で下の岩盤が崩壊して大きな穴が出来たそうですな。盗賊の首領と屋敷もろともが、地下の空洞に飲み込まれてしまったと聞いております。
そのままでは不吉でございますから、その大穴が開いた跡地に運河から水を引き、この池を作った訳でございます」
その池の上に御殿を建て直しているという。池の上に浮いたような屋敷とは、中々凝った意匠だった。
「秋には完成いたしますので、その折りには後天祭のお祭りに合わせてヴァンダール王家の名だたる諸侯を集めて、お披露目しようと準備しているところでございます」
ドーンが指し示す池の真ん中に、材木で組んだ足場が建ち、その材木の間を帆布が覆い隠して、その姿はまだ見えない。
「お披露目までは、こうやって帆布で覆い隠しているのでございますよ。落成した折には、美しい姿をお目に掛けることが出来るかと」
池の上に立つ屋敷へとつながる橋は、まだない。
「屋敷が完成しましたら、仕上げに吊り橋を掛けるのですよ」
小さな小舟が、建築資材を積んで行ったり来たりしている。
リュードが興味深そうに、池の真ん中にある建築中の屋敷を眺める。
「この池は運河の支流から水を引き込んでますのでね。
運河から、建築資材を直接運び込むのでございますよ」
ドーンの自慢が続く。
「池の上じゃ、工事するにも足場に不自由するだろうに」
「なーに、別のところで組み上げたものを船で運んで、一気に組み立てるので、それほど不便はありませんよ」
「ドーンさんは、まるで工匠みたいですね」
「いえいえ、私は異国を旅してきてますので、異国の建築物を参考にしたまででございますよ」
リュードの質問に、ドーンが笑って答えた。
「費用もかなり掛かるでしょうに」
「まぁ、それなりに……でも、アンガス候のおかげで王都レグノリアでの商売させて頂いておりますので、先行投資と考えれば安いものでございますよ」
ドーンに案内されたのは、一軒の離れの屋敷だった。
「あちら側の離れ屋敷には、リアン・アンガス様が逗留されておりますので」
「無礼がないように、せいぜい気を付けるわ」
サキが、それに応えた。
「では、私はこれで……亡霊だけは駄目なもんで、失礼させてもらいますよ」
剛胆に見えるドーンらしからぬ言葉だった。
◆
やや時間をおいて、アンガス邸の正門から外へドーンが姿を現した。
門番をしていたドーンの使用人が、腰をかがめて近寄ってくる。
「今晩だけは、神殿警護官に街中を動き回られたくない」
ドーンが、視線を門内に送る。
奇妙なことに、周囲には誰も居ないのに、周囲をはばかるような小声だった。
「では、今夜?」
「ああ、手はず通りにやる。
お前達は、この屋敷を固めろ。
どちら側も逃げ出さないように、警戒を増やせ……まぁ、あっちとこっちが衝突してくれりゃありがたいが、そこまでは望めまい。
一晩足止め出来れば、上々だ」
奇妙な言葉を呟き、ドーンが屋敷から立ち去った。
◆
「いい部屋じゃねーか」
離れの部屋から池を見渡す眺望は、確かに美しい。
遠くから、池の水面の反対岸に立つ青いドレス姿の娘が見えた。
老婆が日傘を差し掛け、その日陰の中で水面を眺めている。
小柄な細身の姿だった。
宝玉を付けた髪飾りが輝き、長い金髪が風にゆれる。
「あれが、リアン・アンガス姫らしいね」
リュードが、池の向こうに目をこらした。
◆
一方、対岸にたたずむリアンの方からも、サキとリュードの姿は見えている。
「神殿警護官と、方術士……おかしな組み合わせだこと」
ノーマと呼ばれる老婆が呟いた。
遠目から見れば、下僕がリアン姫にご機嫌伺いでもしているようにしか見えない。
「亡霊騒ぎで、ドーンが呼んだらしいわね」
リアン姫が、興味深そうに対岸の人影に視線を送る。
「敵か味方か……まだ、見極めが必要ね」
「サキ・シェフィールド……神殿警護官がどちらの敵か味方か、私どもの不明で、そこまでは調べが行き届きませんでした」
傍らに控えていたブランという名の老爺が、微かに頭を下げて謝る。
「だが、あの方術士は知っております」
「知り合い?」
「何度か遭遇したことがあります……直接刃を交えたわけではありませんが、並大抵の剣客ではありません。
それが、方術士に身をやつしているとは……噂では、剣を捨てたと小耳に挟みましたが、確かに丸腰ですな」
「ふん、骨喰リュードとまで言われた剣客が、丸腰ねぇ。
魔剣も、ついに無用の長物になったという噂は……どうやら、本物みたいだね」
ノーマが、揶揄するような口調になった。
「そこまで達観できるとは、思えんがな」
ブランがそれに答えた。
◆
日が落ちて周囲が暗くなった頃に、その池の水中を、静かに泳ぐ影があった。
暗闇の中、時々静かに水面に顔を現して息継ぎと方向の確認をする以外は水中に深く没している。その潜っている長さは、常人の域を遙かに超えた長いものだった。
夜陰に乗じてその黒い影が浮かび上がったのは、木で組んだ足場と帆布で覆った新築中の屋敷の足場の岩だった。
黒装束に身を包んだその影は、しばらく息を潜めて周囲を伺う。
人の気配がないことを確信してから、そろりと動き始める。
岩に固定された建物の基部に手を掛け、水中から身体をゆっくりと引き上げる。腕を一振りすると、微かな金属音と共に、畳まれていた鋼の鉤爪が引き起こされた。
梁にその鉤爪を掛け、物音一つ立てずに身体を引き上げる。
恐るべき腕力だった。
いったん、足場の上に降りて暗闇の中にうずくまる。
眼が暗闇になれた頃に柱の基部に手を掛けて柱を登り始める。静かに、建物の床下の構造を調べてゆく。
工事中、とドーンが言っていたが、その建物はあらかた完成している様子だった。恐らくは、内装を整えている最中だろう。
池の水面に顔を出した四隅の岩上を起点に建てられたアーチ状の梁が、水面から屋敷を浮かび上がらせている。ヴァンダール王国では決して見られぬ奇妙な建物だった。
大きく空中に浮いた床下があるので、その気になれば、この建物の下に小舟を隠すことも可能だろう。
黒い影は、床下にあるはずの出入り口を探った。
◆
「さて、姫さんはこれから不寝番か……大変な稼業だな」
夕食を終えたリュードが長椅子にクッションを並べて、寝心地の良さそうな巣を作っている。
「この池が、魔除札の盗賊ギースが消えた最後の場所、か……ドーンも、洒落がきついな」
「盗賊ギースは、ここで死んだの?」
「生死不明、落盤で出来た空洞に屋敷ごと飲み込まれたまま……そこを池にされたんだから、亡霊が出てきても不思議じゃない」
「ちょっと、やめてよ!」
サキは、リュードをにらんだ。
リュードが、長椅子に寝転がった。
「それじゃ、あとはよろしく」
「リュードも、寝ずの番よ!」
「えー、何か出たら起こしてくれればいいや」
リュードのやる気のなさに、サキは呆れていた。
『自分の興味のないことだと、テコでも動かない。そのくせ興味を抱くと、不眠不休でのめり込む』
バザールでシェルフィンが呟いた意味を、やっとサキも理解した。亡霊が出ようが出まいが、リュードには全く興味がない様子だった。亡霊などは興味の対象外、といった醒めた風情だった。
「馬鹿! あたしはオバケに弱いんだから!」
それは、サキの唯一の弱点だった。
霊力が皆無のサキは、実体のある敵は怖くない。
見えないが故に、実体のない亡霊とかの類いだけは駄目だった。
日が沈み、夜空の雲間から三日月が覗いた。
開け放した窓からは、ひんやりとした夜気が忍び込んでくる。
灯りを消した窓から、サキは池を眺めていた。
傍らでは、リュードの呑気な寝息が聞こえている。
(リュードの馬鹿ったれ!)
やる気のないリュードの寝姿に、サキは恨めしい視線を送った。
深夜まで起きているのは、サキは慣れている。
愛刀の鍛錬で時間を忘れ、早朝まで起きていることが常だったが、じっと池の水面を眺めるだけで一晩過ごすのは、サキにとっても苦痛以外の何物でもない。
ましてや、サキが一番苦手にしている亡霊の監視となると、サキでも耐えがたい。
不意に、何か別の気配を感じ、サキが耳を澄ませた。
気のせいではない。
「ちょっと、リュード!」
サキは小声で、リュードを突っついた。
「なんだよ?」
毛布にくるまったリュードが、顔だけ上げた。
「目が覚めちまったじゃねぇか」
「起こしたのよ!」
「で、何が出た?」
「いま、ぴしゃって……」
おびえた表情で耳を澄ませるサキの耳に、ぴしゃりという濡れた音が再び聞こえた。
「ほら!」
リュードの長いため息が返ってきた。
「あのなぁ、池の魚が跳ねたって思わない?」
「あっ……」
サキは、耳まで赤くなった。過剰反応してしまう自分のオバケ嫌いが恨めしい。
サキの羞恥も気にせず、リュードが再び毛布を被り丸まった。
すぐに、リュードの寝息が聞こえてくる。
(なんで、あたしは霊力がないんだろ?)
幼い頃から、何度自問自答したことだろう。
姉のセアラや、妹のスーは神殿の各所にある神域で精霊を見かけると言うが、サキには見えなかった。
だが、何か得体の知れない何かがそこにいる、という気配だけはわかるからやっかいだった。
サキにとって、霊力がないことが劣等感としてオバケ嫌いに拍車をかけている。
それが故に、サキは刀の鍛錬に熱中したのかも知れない。
「?」
異変を感じて、サキは顔を上げた。
星明かりの中、池の水面に人影が浮かんでいる。
(まさか……)
ボロボロのマントを身にまとった姿は、亡霊にふさわしい。
人影が振り向き、その顔がサキの方を見た。
神殿の絶対神アグネアの姿を模した仮面が、サキを見つめた。
「きゃああ!」
サキの悲鳴に、リュードが飛び起きた。
「出たぁ! そこの池に亡霊が立ってるわ!」
「誰かのイタズラじゃねぇか?」
「池の水面に立つ人間なんていないわよ!」
「どれ、亡霊だったら姫さんの悲鳴で驚いて消えてるよ」
リュードが、窓から外へ飛び出す。
サキは、慌ててその後を追う。
岸辺で、リュードが立ち止まった。
「確かに」
リュードが呟いた。
池の水面の上に、亡霊が立っている。
ボロボロのマントを身にまとった人影だ。
亡霊の足元は、水面だった。
人間であれば、水の上に立つことは不可能だった。
サキの悲鳴に起こされたのか、少し離れたリアンの滞在する離れ家に灯りが付いた。
警戒に動員されたドーンの配下が、手燭を持ってあちこちから駆けてくる。
十分に姿を見せつけた亡霊が、滑るように池の水面を移動し始めた。
「あっ、逃げる!」
亡霊は池の水面から突き出す小さな岩の影で、暗闇に溶け込むかのように不意に姿を消した。
「消えたなぁ」
リュードが呟いた。
先ほどの、やる気のない怠惰なリュードの姿はどこにもない。
興味津々といった風情で、亡霊の消えた辺りを眺めている。
「面白くなってきたじゃないか」
「面白くないわよ!」
サキが、横目でリュードをにらんだ。
「わざわざ姿を見せつけてから、姿を消すってのがねぇ。
亡霊ってのは、そんなに目立ちたがり屋なのか?」
リュードは、池の岸辺に視線を移した。
「さっ、部屋に戻ろう。
確かに亡霊が出た。それを見せつけたので、もう今夜は出ないさ」
「何でわかるの?」
「亡霊は、姫さんに姿を見せるのが目的だったから」
奇妙な返事が返ってきた。
離れに戻る途中の砂利を敷き詰めた小径で、手燭を持ったアンガス姫の下僕の老爺と遭遇した。
サキの悲鳴で飛び起きて、池の様子を見に来たような雰囲気だった。
微かに腰をかがめて会釈して、サキとリュードとすれ違う。
すれ違いざまに、老爺の口元が微かに動いた。
サキとリュードにだけ聞こえるような、小声だった。
「不用心だな……骨喰リュードとまで呼ばれた剣客が、何を呑気に丸腰でフラフラしてやがる」
「魔物以外にゃ、剣は無用さ」
リュードも小声で返した。
「ふん、無手で対抗できると思うなよ。次は忘れずに剣を持ってこい」
殺気のある視線が、リュードを射た。
「ご忠告には感謝するさ」
殺気が、リュードの身体をすり抜ける。
老爺はそのまま、リアン・アンガスの滞在する離れに向けて歩み去る。
立ち止まったリュードが、老爺の背中を見送る。
「何なの? 今のやりとりは?」
サキの問いに、リュードが苦笑した気配があった。
「あのリアン・アンガスってお姫様の下僕二人は……下僕なんかじゃない」
「はぁ?」
「ありゃ、あのお姫様の護衛役だ……それも、とびっきり危ない二人だよ」
「誰?」
「ブランとノーマっていう、昔の剣客さ。
昔は死闘を繰り広げた敵同士、それが何かの間違いで夫婦になっちまって無敵を誇った二人組だよ。
やだねぇ、あんな化け物相手ってのは」
「あの二人が、やばい奴等ってのはわかったけど……それ以外は説明になってないわよ」
「俺が剣を捨てたのをなじって、挑発してきただけさ」
「リュードは、何で剣を捨てたの?」
「剣は重いからな」
「あなた、馬鹿じゃない?」
リュードのとぼけた答えに、思わずサキが突っ込んだ。
◆
昼間の老虎には、リュードしか客が居なかった。
窓の鎧戸を開けているため、いつもの薄暗い店内がよく見える。
古い木で組まれた机と椅子が、土間にいくつも並んでいる。
場末の酒楼、とシェルフィンが笑うが、そこには不思議な調和がある。
何度か訪れるうちに、サキも老虎に来ることが楽しみになっていた。何ともいえない居心地の良さと落ち着きがある。
「うまくやられたな」
サキの報告を聞いたリュードが、感心している。
「感心してる場合じゃないわよ」
サキは、リュードの落ち着きにいらっとした。
今日のサキは、朝から機嫌が悪い。
池の離れの亡霊騒動で大恥をかかされた上に、朝一番で神殿に戻ってきたら、今度は魔除札の盗賊の第一報だった。
しばらくなりを潜めていた魔除札の盗賊が、再び動き出した。
今度は王都の東側、『冒険街』と呼ばれる界隈だった。王都から辺境各地に出かける隊商や、宝探し目当ての冒険者達が出発拠点としてたむろする街だった。
王都を離れ長旅に出る前に、この街に来れば情報・地図・武器・薬草といった旅に必要な全てのものが揃う。
「あんなもん盗んで、何に使うんだろ?」
サキの頭の中を、疑問が駆け巡る。
(しばらく静かにしていた盗賊が、何故また動き出した?)
奇妙なのことに、今までと狙われた盗品の傾向が違う。
今回は、金品には目もくれていない。魔除札の盗賊になりすましたこそ泥組の仕事の線も考えられるが、ディンゴのようなこそ泥一人の仕業ではない。
「武器屋から、騎士用の甲冑が二十人分くらい盗まれたんだって」
盗まれた品物は、奇妙な物ばかりだった。
騎士の甲冑は重い。一晩で甲冑を二十人分もを、たった一人で運び出すのは無理だろう。
騎士の甲冑は、頭から足元までを鋼の装甲で覆っている。
平和に慣れたレグノリアでは、もはや儀礼上の飾りだった。
王家の騎士団でさえ、閲兵式や祭礼の儀礼用に使うだけで、実戦にはまず使わない。
「おまけに、武器屋の隣にある魔道士の店も、一緒に狙われたわ」
サキは、盗まれた品々を書き留めた一覧をリュードに示す。
薬品やら呪術に使うような品物ばかりで、サキには何を意味するのか皆目見当が付かない。方術士のリュードなら、盗まれた品々から何か読み取れるかもしれない。
「嫌だねぇ……ろくでもないことばかり起こしやがるぜ」
盗品の一覧に目を通したリュードが、サキの方を見た。
リュードの表情が、何ともいえない複雑な感情を見せている。いつものもめ事を面白がるリュードの顔ではない。
「これは、錬金術の材料だよ」
「錬金術ぅ?」
サキの声に、リュードが小さくうなずいた。
「人造人間でも造り出す気か?」
「何よ、それ?」
「あるんだよ……人形が動くとか、死人が動くって術がさ」
サキの背中が、寒くなった。
昨夜の亡霊でさえ駄目なのに、死人が動き出したらとてもじゃないがサキには耐えられない。
「リュードも出来るのかい?」
今まで、傍らで二人のやりとりを黙って聞いていたシェルフィンが口を挟んだ。
リュードが、うなり声を上げた。肩まで伸びた黒髪に手を突っ込み、乱暴に黒髪を引っかき回す。
「反魂法とか、その手の技術の存在は知ってるけどなぁ……あれって禁忌に触れるんだ」
「禁忌って?」
「やり方を知っていても、決してやっちゃいけない術って奴さ。死人を蘇らすとか、亡霊を使役する術ってのは、術を施す術者の魂を妖魔に売り渡す覚悟がなけりゃできないんだよ」
「そうすると……魔除札の盗賊の中には、魔道士か方術士みたいな術者がいるってことだね」
「それも、相当な力量の術者だぞ……そいつを頭の片隅に入れておかないと、足をすくわれる」
「イヤだねぇ」
シェルフィンが、形のよい眉根を寄せた。
「それよりもやっかいなのは、リアン・アンガスの護衛だよ」
リュードが、話題を変えた。
サキは、死者を蘇らすとかの不穏な話題が終わったのにほっとする。
「リアン・アンガスの護衛が、あのブランとノーマねぇ」
リュードの報告に、シェルフィンが首をかしげて考え込んでいる。
サキの知らぬ名前だが、リュードとシェルフィンは知っている様子だった。
「ねぇ、そのブランとノーマって昨夜の老夫婦は、何者なの?」
サキの問いに、シェルフィンが小さく頷いた。
「お姫様達の世代からすると、二世代も前の有名な剣客よ。もう隠遁したって聞いてたんだけどね」
二人となんらかの面識があるらしく、リュードの表情が険しい。
「あんな化け物を飼い慣らすなんて、リアン・アンガスってお姫様は相当な人間だぞ」
「化け物?」
「あの二人だけで、砦一つを陥落させたって噂がある」
サキを見返したリュードが、肩をすくめた。
「あの二人の奥の手は、手首に装着した鋼の爪だ。あれは頂戴したくない代物だぞ」




