重なり行く心 〜王と正妃は想い合う〜
その日は朝からトシェンは近隣の村へと視察に出かけていた。
最近近隣の村々を襲っている野盗の対策のためだった。騎士団を引き連れての視察に何の杞憂も無いはずだった。
そのトシェン達の視察団が襲われたと連絡が入ったのは、その日の午後の遅い時間だった。
「それで、トシェン様はご無事ですか?」
青ざめた表情でエリリーテは聞く。
「はい。幸いにもご無事でしたが、騎士団の者が何名か怪我をしておりますとの連絡がありました」
「では、傷の手当てが出来る者を集めて!そして薬の準備を!急ぎなさい!!そして、城門にいつもより沢山の篝火を!」
エリリーテはそうトシェンの副官でもあるルイレイに指示をした。
「おおせの通りに」
そう言うと、エイファンは駆けだしていった。
それを見送って、エリリーテはその場に崩れるように膝を付いた。握りしめた手は小さく震えている。
「エリリーテ!!」
側に付いていたエルーシアンが駆け寄ると、エリリーテはその小さな肩を震わせながら言う。
「エルーシアン・・・あの方はご無事よね?」
「ああ。大丈夫だと言っていただろう?」
「ええ。しっかり・・しなければね・・・」
エルーシアンが支えなくても、エリリーテは震える膝をなんとか堪えながら立ち上がった。
「表門まで皆を迎えに行きます」
毅然としてそう告げたエリリーテに、エルーシアンも答える。
「お供します」
日も陰り始め、宵闇が迫る頃、視察に出ていた一団が城門に辿り着いた。
そこには煌々と篝火が炊かれ、無事に帰ってこられたのだと、戦いの後の男達を癒す効果があった。
そして表門の側には、篝火に浮かび上がる神秘的な正妃の姿があった。
「エリリーテ様だ!」
「正妃様が自らお出迎え下さっているぞ!」
負傷している者も、そうでない者も、そこに佇む正妃の姿に心が温かくなった。
その人は、負傷者を運ぶ馬車の先頭に居た。
「エリリーテ!」
そう名を呼ぶと、大きく手を振ってみせる。
「トシェン様っ!」
エリリーテは駆け寄りたい気持ちを抑えて、正妃としての威厳を失わないようにと毅然と振る舞ったが、溢れそうになる涙を堪えるのに必死だった。
ああ、ご無事で良かったと、女神に感謝の祈りを捧げる。
トシェンは馬車から従者に引かせていた馬に飛び乗ると、あっという間にエリリーテの元に駆けてきた。
その姿が涙に霞むから、エリリーテは慌てて瞬きをした。
「心配をさせたか?」
トシェンが馬上から聞くから、見上げるようにエリリーテは答える。
「はい。心配はしましたが・・・きっとご無事だと信じておりました」
大きな紫色の瞳にみるみる涙が溜まっていくのを見て、トシェンはたまらず馬から飛び降りてエリリーテをその胸に抱き寄せていた。
「すまなかったな・・・」
「ご無事で何よりでした」
まるで・・・私を慕ってくれているようだと、トシェンは腕の中にいるエリリーテを見つめる。
そして、エリリーテも思う。まるで・・・私のこと想って下さっているようだと・・・。
そんな二人の親密な様子に誰も声をかけられなかったが、負傷者の収容がはじまるとそうもいかず、二人もその後の対応に追われた。
「それでは賊は野盗を装っただけで、本当はどこかの軍が動いていると?」
「ああ、野盗というには統率が取れすぎている。訓練された兵としか思えぬ程の見事な動きだったからな・・・」
トシェンがルイレイに報告をすると、ルイレイは眉をひそめた。
「やはり・・・トシェン様を害そうとする罠でしたか・・・」
「動いているのはグラードだと思うか?」
そうトシェンが問うとルイレイは首をかしげる。
「ん・・・あるいは、エルンストルの私兵という可能性も・・・」
「ありえなくはないが・・・」
トシェンはふうっとため息を付いた。
「お疲れですね。今宵はもうお休み下さい」
そうルイレイが労う。
「ああ・・・そうさせてもらう」
そう言って執務室を出ると、そのまま正妃の間へ自然と足が向く。
だが、もう夜半だというのに、寝室にエリリーテの姿が無い。
「エリリーテは?」
そう侍女に聞くと、
「正妃様は負傷した騎士達のところに・・・」
と、侍女が答えた。
「騎士達のところ?」
トシェンが負傷した騎士達が寝かされている騎士達の館を訪れると、入り口にクリアージュが佇んでいた。
「クリアージュ・・・」
「トシェン様・・・」
クリアージュは肩をすくめて部屋の中を指す。
「ああいうお方だから、皆が慕うのでしょうね・・・」
中を見ると、負傷した騎士達一人ひとりに声をかけ、労うエリリーテの姿があった。
「エリリーテ様、お迎えが来られましたよ」
そうクリアージュが声をかけると、驚いたように入り口を振り返るエリリーテ。
そしてトシェンの姿を見つけると、みるみる薔薇色に染まる頬。
「なんて初々しい・・・」
そう、騎士達の一人が呟き、皆がそれに同意した。
「そろそろ眠る時間だよ」
そうトシェンが言うと。
「はい」
と頷いて立ち上がる。
「皆様、ゆっくり傷を癒して下さいね」
「「はい!」」
トシェンは暖かい気持ちになって、エリリーテの手を引きながら歩いていた。
「騎士達を気遣ってくれてありがとう」
回廊を歩きながらトシェンが声をかける。
「いいえ・・・正妃として当然のことです・・・それに彼等は・・・」
「彼等は?」
言いよどむ言葉の先を促すように、トシェンが立ち止まる。
「・・・トシェン様を・・・守って下さった方々ですもの・・・」
トシェンは息を飲んで、エリリーテを見つめる。
「私を・・・守ってくれた騎士達だからと・・・」
トシェンはそっとエリリーテを抱きしめた。
「心配や気遣い、ありがとう・・・」
そうして、二人して同じことを考えているとは、やはり気が付かない二人だった。
「「まるで私のことを想っていてくれるみたいだ」」と・・・。
なんとか連投〜!
読んで下さってありがととうございます。
さて、あと何話で完結するのかしら・・・。
年内完結に向けて、ハッピーエンド目指して頑張ります!!
少しずつ、二人の距離は近づきますが・・・このままでは終わらないと・・・。
では、また次話をお楽しみに〜!
雨生




