↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正妃の偽り  作者: 雨生
PR
52/65

変化の先触れ 〜側妃は目覚める〜

 目覚めた朝は、あのような騒動があったことが嘘のように穏やかな朝だった。

 トシェンは腕の中の温もりにそっと頬を寄せた。それはエリリーテの細い肩だった。

 こぼれる銀糸のような髪にそっと唇を寄せる。

 ああ、生きて居るんだとそう実感する。


 昨日、敵襲にあった時、久々に命を掛けて戦うということを思い出していた。高揚感と切迫感と緊張感が混ぜ込まれたような濃密な瞬間を・・・。だが、こうやって無事に生き延びてみると、何気ない日常が身にしみて貴重な物だと思い知らされる。

「エリリーテ・・・」

 そっと名を呟く。貴方が今、ここに、私の側に居てくれることで、私がどれだけ救われているのか、きっと貴方にはわからないだろうね・・・。

 まだ起き出すには早い時間だったが、トシェンは寝台を出て身支度を済ませる。


 今日はこちらの庭で薔薇を摘ませてもらおうか。ダリューシェンに捧げる薔薇と、エリリーテに贈る薔薇。どちらも自分の気持ちなんだとトシェンは苦笑いを浮かべた。


 庭に降りて、まだ朝露の浮かぶ薔薇を手折る。それは薄紅色の可憐な花だった。

 その時、トシェンを呼びに小姓のキリクが駆け寄ってきた。離宮から使いが来ていますと。



 離宮からの急使を受けて、トシェンは朝靄の中を離宮に向けて馬を走らせていた。

「ダリューシェン様の容態に変化があったようです」

 急使が告げた知らせだった。

「ダリューシェン・・・無事でいてくれ・・・」

 そう、祈るような気持ちでトシェンは駆けていく。

 間もなく日は昇り始め、朝露に輝く美しい森が浮かぶが、トシェンはそれを目に留める余裕も無い。


 ダリューシェンが愛するエヴァンスの妻として過ごせた時間はあまりにも短かった。そしてここから先、彼女に残された時間はあまりにも長い。だからこそ、彼女を幸せにしたかったが、自分は更なる苦悩を彼女に負わせただけだった。

 彼女が目覚めたら、今度こそきちんと彼女の意思を尊重して、彼女の幸せを最優先に考えなくてはと、トシェンは思っていたのだった。


「カンファレア!ダリューシェンの様子に変化があったとのことだったが?」

 トシェンが出迎えた医師団長のカンファレアに問いかける。

 灰色の髪に灰色の瞳の物静かな男は、そっと口元に微笑を称えてトシェンを病室に招き入れる。

 部屋の真ん中にある銀色の繭に包まれたような寝台。

 眠るダリューシェンには何の変化もないように見えた。 


 それは待ち望んだ知らせだった。

「ダリューシェン様の体温が少しずつ上昇しています。目覚めの兆候かもしれません」

 今までのダリューシェンの体温は非常に低くて、いわば冬眠している動物のようだということだった。 

「ダリューシェンっ!どうか目覚めてくれ!」

 祈るようにトシェンは呟いた。



 今朝のエリリーテの装いは、深いブルーの光沢のある生地に銀糸で小花模様が刺繍されている、上品なドレスだった。

「そういう大人びたドレスも似合うようになってきたね」

 そう、目を細めてエルーシアンが褒める。

 髪も結い上げて、サイドの一房を長く残すスタイルは最近の流行のスタイルだった。

 髪に飾られているのは、今朝トシェンが届けてくれたという、薄紅色の薔薇が飾られていた。


 朝食を済ませて、テラスでお茶を飲むことにした。

 今日の日差しは暖かい。でも、風は冷たくなってきているからと、エルーシアンはエリリーテの肩にレースのショールをかけてくれた。

 

 そこにクリアージュが現れる。白い騎士服姿が朝日に映えて眩しい。

 いつもなら、華やかな笑顔を浮かべて登場する彼は、今朝は少し困ったように微笑んだ。

「おはようございます」

 エリリーテが声をかけると、いつものように挨拶を交わすが、元気が無いようにもみえる。

「何かあった?」

 エルーシアンがそう聞くと、ため息をもらしてクリアージュが告げる。 

「姉上が・・・側妃でいらっしゃるダリューシェン様がお目覚めになるかもしれません・・・」

 エリリーテの手元でカチャンと、ティースプーンがカップに触れて、澄んだ音を立てた。

「そう・・・ですか・・・」

 エリリーテは一瞬動揺を表すように瞳を揺らしたが、すぐにクリアージュに笑顔を見せた。

「良かったですね。これで何もかも良い方向に進めばいいですね。トシェン様もお喜びでしょう・・・」

 だが、その笑顔を見て、側に居たクリアージュとエルーシアンは胸を詰まらせた。

 それは優しい笑顔だったが、二人にはその奥にある寂しさが見えるような気がしたからだ。

「きっと・・・ティカーン様もお母様にお会いになりたいでしょう・・・」

 自分の心を押し隠して微笑むエリリーテの姿に、二人の騎士は心を痛める。

 私の前では、素直になって下さいと・・・。


 エリリーテはダリューシェンが目覚めたら、素直に身を引くつもりだった。

 ダリューシェンもきっとトシェンの優しさに癒されて、二人はしあわせに暮らすはずだと、そうなって欲しいとエリリーテは思う。

 トシェン様の一途な思いが、ダリューシェン様の心に届きますようにと・・・。


 エリリーテは正妃の座を降りれば、故国に帰るしかない。この国に残る理由が無いからだ。そして、トシェンとダリューシェン、二人の障害になりたくはないから。

 なにより、しあわせな二人を見ているのはきっと辛いから・・・。

 外交のためには、エリリーテは正妃に留まって、トシェンを支えた方が良いに決まっているのに、仲むつまじい二人の側にいるのが嫌だなんて、私はなんて器の小さい人間なのかしらと、エリリーテの気持ちはどんどん重くなる。


 故国に帰れば一生神殿で祈りの日々を送ろうと、そう誰にも言わずに心密かに思っていた。

 「神々の御子」である自分が、神殿に祈りのために入るならば、周囲も変には思わないような気がしたからだ。

 神殿でみんなのしあわせを祈ろう。

 そしてたぶん、生涯でたった一人の愛する人のしあわせを祈りながら過ごそう。

 そんなことを考えてはいたが、いよいよ・・・その日が訪れてしまうのかもしれない。

 でも、トシェン様やティカーン様のことを思えば一日でも早く目覚めの時が訪れることが喜ぶべき事だったんだものと、エリリーテは思う。

 だから、最後まで笑顔でいなければと、エリリーテは決意を固める。

 私は捨てられる正妃ではなく、自ら望んでその位を譲る正妃でなければならないのだから。


 女神様、どうかもう少し、私がトシェン様や周囲に自分の本当の気持ちを偽り続けていられますようにと、エリリーテは祈った。



 その夜、トシェンはエリリーテの寝室には現れなかった。

 昼間、政務を行った後、夕刻にはまた離宮へ戻ったのだという。クリアージュがそのお供をして離宮に行かなければならないと言っていた。

 

 決意を固めたものの、エリリーテは眠れない夜を過ごすことになった。

 当たり前のようにトシェンが隣に眠っていた日々。

 奇跡のようだと思ったけれど、やはりあれは儚い一時の夢だったのかしら・・・。何度目かわからない寝返りを打ったエリリーテは、深いため息をついたのだった。


 同じ頃、離宮のトシェンも眠れない夜を過ごしていた。

 心にあるのはダリューシェンに目覚めへの期待、そして、一人で眠っているだろうエリリーテのこと。

 エルーシアンが側についていてくれるが、さすがに夜、正妃の寝室までは入れない。

 トシェンはクリアージュから、今の状況を聞いたときのエリリーテの様子を聞いていた。

 微笑んで「良かった」と、「トシェン様もお喜びでしょう・・・」そう告げた正妃の微笑みが寂しげに見えたのは私だけでしょうか?と、クリアージュから聞いて、心が騒いだ。何故、寂しい顔をするのだと・・・。

 

 今、ダリューシェンが目覚めることで、この先、どういう風に周りが変化していくのか、トシェンにも読めなかった。

 目覚めて欲しい。でも、目覚めた彼女にまた拒絶されたら・・・。そう思うと気が重いのも正直な気持ちだった。

 でも、拒まれても、ダリューシェンの思うように、今度こそ彼女のしあわせのために、出来る限りのことをしようと、トシェンは決めていたのだった。



 そうして、次の朝、薔薇を手にダリューシェンに会いに来たトシェン。

 その薔薇の香りに誘われるように、ダリューシェンがその長い眠りから目を覚ましたのだった。


 

 読んで下さってありがとうございます!


 さて、いよいよダリューシェンの登場です。

 トシェンとエリリーテの仲はどうなっていくのでしょう・・・。


 年内ハッピーエンド、まだ諦めずに頑張ります!!


 雨生あもう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。