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MMORPG―オフ会殺人事件―  作者: tillé.o.fish
第四章 結末
35/36

31.真実

 午前 九時二十七分。


 暗闇のなかで、カチッ、カチッ、と、小さく火花の散る音がした。

 真っ直ぐに扉へと伸びる絨毯。その両脇に備え付けられている松明すべてに火が灯ると、『深淵の入り口』は禍々まがまがしい空気に包まれた。

 僕はいま、扉の前に立っている。

 その扉は鉄製で、家の表札くらいのくぼみが五つ。そして、僕の手にはそのくぼみにぴったりとはまりそうなプレートが、五つ。

「このプレート……収める場所、決まってるのかな?」

 僕は振り返って、メンバーに尋ねる。

「わからん」

 ナゾシンが即答した。

「とりあえず、適当にやってみれば?」

 続いてメノウが能天気な口調で答えると、

「……だ、そうだ」

 紅蓮が最後にメンバーの意見をまとめた。

「はぁ……訊いた僕が馬鹿だったよ……」

 考えるのが面倒なので、僕に丸投げ、というわけか。……とはいえ、特にヒントも見当たらない。やはり適当にはめていくしか方法はなさそうだ。

 僕は手にしたプレートを、適当な順番で扉のくぼみにはめていく。

 案の定、プレートはくぼみにぴったりと収まった。

 すべてのプレートをはめ終えると、タンッ! と、小気味よい音が空間に響いた。

「ほら、私の言った通りでつ」

 メノウの嬉しそうな声。

「そうだね」

 僕は素っ気ない口調で答えると、ドアノブに手をかけた。

 扉を少し手前に引くと、光が漏れてきた。扉の向こうは電気が点いているようだ。

 僕は振り返って、メンバーと顔を見合わせると、一気にドアを開け放った。

「…………? ……部屋…………?」

 扉の向こうは、コンクリートで造られた質素な部屋だった。

 ベッドとデスクだけの、シンプルな部屋。だけど、そこには――

「フェイスさん…………」

 椅子から転げ落ちるようにして、うつ伏せに倒れている男性がいた。

 大柄で肥満体質のその男性ひとは、フェイスに間違いなかった。

「フェイス……? まさか、死んでるの……?」

 眼前の凄惨な光景に、メノウは口元を手で覆った。

「やはり……、彼はそのつもりだったのか……」

 紅蓮の口調には憂いのようなものが感じられた。これで彼が立てた仮説は正しかったことになるが、当てて気分の良いものではないのだろう。

 僕は床に倒れるフェイスに近づいて、遺体となった彼の身体を入念に観察した。

 フェイスは、左手で胸を押さえながら、右腕を部屋の入り口のほうに向けて伸ばしている。

 外傷はない。

 遺体の脇に、空になった缶ビールが一本、転がっていた。

 僕は缶ビールの臭いを嗅いで、その悪臭に顔を歪ませる。

「毒だ……。白夜さんのカフェ・オレに入っていた牛乳と同じ臭いがする」

「じゃあ、やっぱり……」

 メノウが囁く。僕はそれに頷いて答えた。

「死因は、白夜さんのときと同じ毒で間違いないと思う」

「『Scorpionスコーピオン・キング King』。死因は蠍の毒か。紅蓮さんの言う通りになったな。最後の犠牲者は彼自身だった」

 ナゾシンは、どこか冷めた口調で告げた。『身勝手だな』。そういえば、彼はそんなことを言っていたな……

 僕は立ち上がり、改めて室内を見回した。

 ベッドには、ボストンバッグが投げ捨てたように置いてあった。チャックは開きっ放し。食料の缶詰や飲料が、ベッドの上に散乱している。

 デスクにはパソコンが一台。それと、空になった缶ビールが四本。

 モニタの隣にはルーターが置いてあった。しかし、ケーブルは全て引き抜かれている。

 複数あるケーブルの先を目で追うと、そのうちひとつは部屋の外に伸びているのがわかった。――もしかすると、ネットに接続できなくなったのはここの配線が引き抜かれていたからかもしれない。

 デスクには、さらに封筒が二枚、置かれていた。

「これって、もしかして……」

 僕は二枚ある封筒のうちひとつを手に取って、中身を取り出す。

「遺書だ」

 三枚折の紙を広げると、そこにはワープロで打ち込まれた文章が印刷されていた。

「ふむ。慣れたものだな」

 と、ナゾシン。

「こんなの、慣れたくなんかないですよ」

 僕はむっとして彼に言い返した。しかし、真っ向から否定することができないのも、事実だった。言われてみれば、フェイスの死体を見てもさほど動揺していない自分がここにいた。この数日感で、僕は人の死に麻痺してしまったのだろうか? そんな自分が、少し嫌になった。

「冗談だ。気に障ったのなら謝る」

「いえ、大丈夫です。それより……」

 僕はメンバーに遺書を広げて見せた。

「うむ。遺書だな」

「うーん……。ちょっと見えにくいね。シャドー、読んでくれない?」

「え? 僕が?」

「そりゃそうよ。シャドーが持ってるんだから」

 そうよね? と、メノウはメンバーに同意の視線を送る。ナゾシンと紅蓮は二つ返事で彼女に賛同した。

「わ、わかったよ……。読めばいいんでしょ」

 僕は渋りながらも、遺書を読むことにした。

「これを読んでいる君達へ。

 まずは、こんなことになって申し訳ない。

 楽しい旅行になるはずだったのに、私の復讐に付き合わせて、本当に申し訳なく思っている。

 きっかけは、この島の設計をメノウさんに依頼された時だった。私がこの島を設計し、それと同時に、この計画を思いついたのは。

 私には、妹がいた。

 妹の名前は野璃奈のりな。『UoE』ではノリナとして、かつては君達のギルドマスターを努めていたこともあった。

 だが、妹はもういない。

 彼女は自殺したからだ。

 昔から真面目な子だった。学校では自ら率先して生徒会に入るほどだった。

 私は特別妹と仲が良いわけではない。が、そんな妹を私は誇りに思っていた。

 しかし、その妹の真面目さが仇になってしまった。

 妹はある日からいじめにあい、学校に行けなくなってしまった。

 それから、『UoE』の世界が、妹の世界になった。

 妹は、『UoE』に自分の居場所を、ギルドを作った。そう、今君達が所属しているギルドだ。

 始めは良かった。徐々に増えるメンバーと、信頼関係。妹は、『UoE』をやってから、僅かにだが、以前の明るさを取り戻しつつあった。

 だが、それも長くは続かなかった。

 またしても妹の真面目さが仇となり、ギルドを抜けるメンバーが徐々に現れ始めたのだ。

 忘れかけていた嫌な記憶が蘇る。『UoE』をプレイする妹の顔から、笑顔が消えた。

 ある日。

 私が帰宅すると、妹は死んでいた。

 その前の晩のことだ。妹は私にこんなことを聞いてきた。

 わたしって、いてもうざいだけだよね、と。

 私は今でも悔やんでいる。何故、気付けなかったのかと。

 そして、何故、彼らは妹を引き止めなかったのかと。

 そんな理由で人殺しなど理不尽だ。君達には、そう感じられたかもしれない。

 だが、私は、私には、どうしても彼らが許せなかったのだ。私自身でさえも。

 君達には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。

 こんなことでお詫びになるとは思えないが、せめてもの償いに、ネットマネー十万円分を用意してある。

 宝探しの賞金だ。受け取って欲しい。――フェイス」

 僕は遺書を読み上げると、もうひとつの封筒を手にとった。中には、ネットマネー十万円分のプリペイドカードが入っていた。

「……こんなの貰ったって、亡くなった人は帰ってこない」

 僕は吐き捨てるように言って、封筒をデスクに投げ捨てた。

「同感だな」

 ナゾシンが短く告げた。

「……フェイス。そんなことがあったのね……」

 メノウが小さく囁く。彼女の瞳は――涙で潤んでいた。

「私も、おかしいと思ったんだよね……。急にギルマス譲るなんて言い出してさ。あの時、私がノリナを引き止めてたら……そしたら、この旅行だって……」

 メノウはデスクの封筒を手にすると、それを僕に差し出した。

「これは取って置いて。私からも、お詫びの印として」

「………………」

 僕は、黙って封筒を受け取った。僕は知らないが、メノウはきっと、ノリナとも仲が良かったのだろう。でなければ、涙など流せるはずがない。

「これで、終わりか……」

 紅蓮が呟いた。

「…………いえ、まだ……終わってません」

「……?」

 僕の一言に、彼の視線が僕に引き寄せられる。

「もう、隠さなくてもいいんですよ」

 僕は、真っ直ぐに彼の瞳を見据える。

「……隠す? なんのことだい?」

 紅蓮は戸惑いながも、僕に聞き返した。

「これまでの殺人は、すべて、ここに倒れているフェイスさんがやったんじゃない。…………あなたがやったんじゃないんですか? 紅蓮さん」

「…………すまない。意味がわからないんだが……」

 紅蓮は困ったように、僕から視線を逸らした。

「さっき、遺体を調べて確信しました。これまでの殺人を実行できた人物は、ただひとり、あなただけだと」

 しかし僕は一歩も引くことなく、彼を追求する。

「え? えっ? ……どういうこと!」

 メノウは心底驚いた様子で、僕と彼を交互に見やった。

「シャドー君。メノウさんにもわかるように説明してくれ」

 僕はナゾシンに頷くと、説明をはじめた。

「遺体を調べてわかったんだ。彼は自殺したんじゃない。毒殺されたんだって」

「どうして?」

 メノウは潤んだ目をぱちくりさせながら、僕に訊く。

「そもそも、これから自殺しようって人間がビールに毒なんか入れる? 四本も空けたあとでだよ? おかしいと思わない? それに、遺体の状態も酷い。…………腐りかけてるんだ。とても昨日今日に死んだ人とは思えない」

「そ、それじゃあ……そこに倒れてるフェイスは、もしかして!」

「うん。……おそらく、一番最初の被害者……だったんじゃないかな」

「嘘……――」

 メノウは開いた口が塞がらないようだった。

「そうなると、犯人はずっと僕らと一緒にいたってことになる。そして、僕らのうちで唯一、アリバイのない人物がひとり。それがあなただ」

「――どうしてそんなことが言える?」

 紅蓮は瞳には怒りが宿っていた。

「確かに、オレはひとりで行動していたことがあった。けど、オレからしてみれば、君らにもアリバイはないんだ。だったら、こんな話し合い無意味だろう? もう終わったことなんだ。それをいまさら――」

「アリバイならあります!」

 僕は紅蓮の声に被せるように言った。

「クキ姉さんが殺されたとき。僕とナゾシンさん、それにメノ姉さんも。三人とも『ディグルスの地下砦』にいました!」

「なら、白夜さんのときは? 牛乳に毒を入れるくらい、誰にでも出来たはずだろ? 正直、こんなこと言いたくなかったが、その件に関して一番怪しいのはメノウさんだ。カフェ・オレを入れたのは彼女なんだからね」

「そうですね。それについては、誰にも、完全なアリバイはありません」

「だろうね」

「ただ、あのとき、紅蓮さんはどうして僕らにコーヒーを飲むように進めたんですか? どうして、メノ姉さんと一緒に大食堂に行く必要があったんですか? かわりに僕が行ってもよかったはずです」

「おいおい……それは結果論だろ? コーヒーの件だって、ただの好意で言ったことじゃないか」

「そうかもしれません。それじゃ、シエル姉さんのときはどう説明します?」

「どうって?」

「あなたは、洞窟で襲われたと言ってましたよね?」

「それがどうかしたのかい?」

「変だと思いませんか」

「……?」

「洞窟でフェイスさんに襲われたのなら、シエル姉さんは当然、そのあと抵抗したはずだ。なのに、彼女の遺体は林で見つかった。……これって、なにか変だと思いませんか?」

「…………わからないね……」

「僕らは、遺体となった彼女を地下砦に運ぶのに、二人がかりで二十分も掛かったんです。それを、洞窟から林までの距離をひとりでなんて……ましてや、海岸沿いの岩道はただでさえ足場が悪い。僕らが姉さんと別れてから発見するまでの一時間半の間に、それ実行するのは不可能だ」

「なら、洞窟から林まで連れて行かれて、そこで殺されたんだろ?」

「抵抗する人間を無理やり連れて行くほうが、もっと難しいと思いませんか? あなたの話しだと、シエル姉さんは素直に同行したってことになる」

「君は、どうしてもオレを犯人に仕立て上げるつもりなんだね」

 紅蓮は冗談っぽく笑ってみせるが、その目は明らかに僕を敵視していた。

「…………紅蓮さん、あなたは、僕に嘘をつきましたね」

 静かに、だけど力強い口調で、僕は言った。

「……嘘? シャドー君、からかうのもいい加減にしなよ。でないと――」

「姉さんは、はじめから洞窟には行っていない。あなたと二人で、真っ直ぐ林に向かったんだ」

「だから……洞窟に行きたいって彼女が」

「洞窟には行きました! あなたと墓地で会う直前! 僕とシエル姉さんのふたりで!」

「…………」

「なのに、どうしてまた洞窟へ行く必要があるんです? 姉さんは崖下の岩道を抜けるのに凄く苦労してた。あの面倒臭がりのシエル姉さんが、それでも洞窟に行って確かめたいことって、何なんですか?」

「………………」

 しんと静まり返る室内。言葉に言い表せないほどの緊張感が、その場を支配する。

 紅蓮は下唇を強く噛んで、大きく息を吐き出すと――

「いつから、気づいてた?」

 それは、自分が犯人であると、彼が認めた瞬間だった。

「…………まさか……紅蓮が…‥どうして?」

 メノウは、信じられないといった表情で、彼を凝視していた。

「いま言った通りです。気づいたのは、シエル姉さんが殺されたあとだった」

「そうかい。なら、オレも納得がいったよ。あの目覚まし時計を鳴らしたのは、君だね」

「はい」

 僕は続ける。

「はじめは半信半疑でした。あの時はまだ、ここに倒れているフェイスさんが犯人だと……いえ、犯人であってほしいと思ってましたから。だから僕は、フェイスさんと、あなたの二人からメノ姉さんを守る方法を考えたんです。あなたにも、フェイスさんにも気づかれず、メノ姉さんを隠す方法を」

「あれは正直驚いたよ。ほんの一瞬だったけど、彼が生き返ったんじゃないかって、本当に思った。迫真の演技だったよ。まさか君らに騙されるなんてね」

 紅蓮は薄ら笑いを浮かべる。

「しかし危機一髪だった。あと一歩遅れていれば、俺達の負けだった」

 ナゾシンが言った。

「君も人が悪いね」

 紅蓮はもう犯行を否定する気はないらしい。そのせいか、犯行を認めた途端、肩の力が抜けたように思える。

「そ、そうだったのね……。じゃあ、シャドーとナゾくんは私の命の恩人ってことになるのね……」

 メノウは今頃になって、自分が死んでいたかもしれないという恐怖に震えがきたようだ。実のところ、僕らの会話の一部始終を聞いて、彼女はようやく事の真相を知ったことになる。

 大食堂から紅蓮が去ったあと。僕はこの計画を二人に話したが、紅蓮が犯人かもしれないと話したのは、ナゾシンにだけだった。紅蓮に知られないよう、メノウを部屋から移動させるには、彼の協力が必要だったからだ。

「……あれ? ちょっと待って……!」

 突然、メノウが何かに気づいたように声を上げる。

「それだと、ちょっとおかしくない? そもそも、この島を設計したのはフェイスでしょ? なのに、どうして紅蓮はこの部屋でフェイスを殺せたの? 紅蓮が殺人の計画を立てれたってたってのもおかしいよね? もしかして、あらかじめ紅蓮は、フェイスからこの島のことを聞いていたってこと? もしそうだったとしたら……えーと……うぅん? あれ……? わからなくなってきた……」

 話せば話すほど、ますます混乱するメノウ。答えが出なくて悶々としている彼女に、僕は言った。

「その答えは単純だよ。いまそこに倒れているのが紅蓮さんで、僕らの目の前にいるこの人こそが、本物のフェイスさんなんだ」

 それから僕は、紅蓮を見やった。

「そうですよね。フェイスさん」

 彼は軽く鼻を鳴らして、答えた。

「ここまできたら、もう隠す必要もなさそうだね」

「……え? …‥……えぇぇっ!」

 メノウは、一瞬、ぽかんとしたあと、驚きの声を上げた。

「はじめは些細なことだったんだ。だから、気にも止めなかった。……けど、いまにして思えば、二人の言動にはおかしな点が沢山あったんだ」

 僕は、この旅行であったことをはじめから振り返る。

「この島に上陸してから、『ディグルスの地下砦』に向かう間のことだったんだけど……。いまここに倒れているフェイスさんは、はじめ『ディグルスの地下砦』のことを、『メビウス城』と勘違いしてたんだ」

「え? そんなことがあったの?」

 メノウがナゾシンを見やる。

「ああ、あった」

 ナゾシンはそう言って、首を縦に振った。

「それから、『ディグルスの地下砦』で部屋割りを決めたときもそうだった。フェイスさん、あなたは角部屋の窓から見える景色が綺麗だと言ってましたよね」

「よく覚えているね。大した記憶力だ」

 と、紅蓮――をこれまで演じていたフェイスは、言った。とても褒めているようには聞こえなかったが、いまはそんなことどうでもいい。

「島を設計したはずのフェイスさんが、『ディグルスの地下砦』を『メビウス城』と間違えるはずがない。そして、はじめて訪れたはずの紅蓮さんが、どうして角部屋から見える景色が綺麗だと知っていたのか。その二つの言動から察するに……」

「二人は、はじめから入れ替わっていた……ってことなのね」

 メノウは彼女の眼前に立つ人物と、床に倒れる遺体を交互に見やった。彼女は未だに信じられないといった様子だった。

「うん。二人は入れ替わっていた。そう考えると、色んなことに納得がいくんだ」

 僕は続ける。

「二人は、旅行の前から宝探しのことも話し合っていたはずだ。だから、宝探しのペアを組むときも一番に決めた。上陸初日に出会ったとき、本物の紅蓮さんはボストンバッグを背負っていましたよね? あのときも、妙な違和感を感じたんです。どうして、持ってきた荷物の全部を持ち歩く必要があるんだろうって、それを気にもとめないあなたも……。彼は、本物の紅蓮さんは、はじめから旅行の三日間をこの部屋で過ごすつもりだったんですね。このネットマネー……もしかすると、元々は彼が貰うはずの物だったのかもしれない」

 そう言って、僕は手にしている封筒に視線を落とした。

「ああ、その通りさ。彼にはそのネットマネー十万円分を条件に、協力して貰った」

 軽い口調で告げる、フェイス。

「殺されるとは知らずにな」

 ナゾシンの鋭い眼光が、彼を射抜く。フェイスはわずかに目を細めて、ナゾシンから視線を逸らした。

「本物のフェイスであるあなたになら、この部屋の扉を開けることができたはずだ。そして、彼が酔っ払ってゲームに夢中になっている隙に、あなたは缶ビールに毒を入れ、殺害した。デスクに空き缶が四本あるのはそのせいだ。はじめから毒を入れると、悪臭に気づかれてしまう恐れがあるからね」

 僕の推理に、フェイスは何の反応も示さない。やや不安ではあったが、僕の推理は正しいと考えてよさそうだ。

「本物の紅蓮さんを殺害したあなたは、次に、クキ姉さんを墓地に呼び出した。さいわいなことに、シエル姉さんにやる気なかったおかげで彼女はひとりだったからね。呼び出すのは簡単だったはずだ。あなたは『Asmodayアスモダイ』の墓前で彼女を殺害したあと、プレートを置き、犯行に使用した凶器を処分するためにその場を離れた。そして、僕らが遺体を発見したのを確認してから、あなたは何食わぬ顔で墓地に姿を現したんだ」

「……本当なの? フェイス……」

 メノウは、困惑と悲しみの入り交じった表情で、フェイスを見ていた。彼女の心情は複雑なものなのだろう。大切な友人を殺された憎い相手であると同時に、彼もまた、大切な友人のうちのひとりなのだから。

 彼女の問いにも口を開こうとしないフェイスのかわりに、僕は続けた。

「そしてその夜。あなたは白夜さんがカフェ・オレを頼むことを知っていて、僕らにコーヒーを進めた。それからはもう、説明する必要はないよね」

 僕はメンバーに視線を泳がせる。牛乳に毒が入っていたことを、いまさら説明する必要はないだろう。僕は話を進めることにした。

「白夜さんが死んだ翌日。僕らはあなたの思惑通り、プレートを発見した。そして、あのメッセージに困惑する」

「ノリナは死んだ。あれは、この殺人が復讐のためだというメッセージだった」

 ナゾシンが言った。

「はい。そして……、勘の鋭いシエル姉さんは、その時点で気づいていた。犯人が、紅蓮さんのフリをしていたフェイスさんだったってことに」

「え? どういうことっ!」

 僕の言葉に、メノウが驚いて目を丸くする。

「昨日、ナゾシンさんのペアと墓地で出会う直前。僕はシエル姉さんと話してたんだ。クキ姉さんは不意打ちされたんじゃない、誰かに呼び出されたんだって。あのとき、シエル姉さんはもう気づいてたんだと思う。姿を消したままのフェイスさんが、誰にも知られず、クキ姉さんだけを呼び出すことは難しい。……だから、彼女を呼び出した人物は、別にいるはずだって」

「では、あのときシエルさんが強引に俺たちを一緒にさせたのは」

 僕はナゾシンに力強く頷いて、答える。

「犯人である、紅蓮――いや、フェイスさんを問い詰めるために、二人きりになりたかったんだと思う。……けど、逆に返り討ちにあった」

 僕は再び、フェイスを視界に捉える。

「あなたは洞窟ではなく、はじめから姉さんを連れて林へ向かったんだ。そして、そこで犯人が自分だと聞かされ焦ったあなたは、咄嗟に落ちていた木の棒を掴み、彼女の後頭部を殴打した。……けど。それでは致命傷までには至らなかったんですよね?」

 僕が問いかけると、フェイスは上目遣いに僕を睨んだ。

「シエル姉さんの遺体には、後頭部の打撃痕のほかに、首を絞められた痕が残ってた。それで思ったんです。姉さんは後頭部を殴られた直後、まだ意識が残っていたんじゃないかって。それに気づいたあなたは、姉さんの意識がまだはっきりしないうちに、絞殺した」

 そう考えれば、シエルの表情が苦痛に歪んだものではなく、無表情であったことにも納得ができる。

 フェイスは腹底から息を吐き出すと、

「そんなことまで見抜いていたとはね。驚いたよ」

 自嘲気味な笑みを浮かべた。

「シエル姉さんを殺害したあと、あなたはアリバイを作るため、あたかも犯人に襲われたかのように装って、僕らの前に現れた」

 僕はフェイスの首筋をちらと見やった。

 おそらく、彼の首の傷は、自ら木のみきにぶつけてできたものだろう。青あざになるほどだ。強烈な痛みを伴ったに違いない。よほど追い詰められていたように思える。

「ただ……あなたにとって、シエル姉さんのほかに、もうひとつ誤算だったことがある。それは、『Scorpionスコーピオン・キングKing』のプレートを、先に僕らに発見されてしまったことだった。本当は、メノ姉さんを殺害し、すべての復讐と遂げたあと、あなた自身が見つけ出すつもりだったんじゃないんですか? だけど、先に僕らがプレートを発見したことで、その予定が狂ってしまった。そこであなたは、余計な詮索をされる前に先手を打って、フェイスの妹がノリナであることを明かすことにしたんだ。彼自身が最後の被害者だと僕らに告げることで、より一層、自分のアリバイを確かなものにしようとした。……だけど、その結果として、あなたは僕に疑うすきを作ってしまった」

「…………隙?」

 フェイスが目を細める。

 僕は、小さく息を吐いて、言った。

「どうしても、他人事のようには聞こえなかったんです」

 するとフェイスは、暫く間を置いてから、突然ぷっ、と吹き出した。

「どいうことかと思ったら……、たったそれだけかい? 深いこと考えて損したよ」

「もちろん、他にもありました。あなたは自分の都合のいいように、僕らの会話を否定したり、肯定したりしていましたよね。メノ姉さんが自室にこもるように誘導したのも、あなただった。都合が悪ければ否定して、良ければ肯定する。ミステリ小説なんかでよく使われる、簡単なトリックです。あなたは大食堂を出たあと、メノ姉さんのベッドに時限爆弾を仕掛けた。なんでそんなものが用意できたのか、僕にはさっぱりですけどね。……まぁ、それはともかく、あなたなら予備のマスターキーを持っていても不思議じゃない。メノ姉さんの部屋に鍵が掛かっていても、問題はなかったはずだ。それから、僕と目覚まし時計を止めに行ったとき、何度も時間を確認していましたよね? あれは、爆発の時間を気にしていたからですか?」

「ああ。その通り、その通りだ」

 すべての犯行を認めるフェイス。

「――だから、もういいだろ?」

 彼は瞳は怒りに燃えていた。

 その迫力に、僕はたまらず、彼から目を逸らしてしまう。僕が馬鹿だった。彼はもう犯行を認めているというのに、僕はそれを無駄にあおるような真似をしてしまったのだ。

「…………ねぇ。フェイスは……」

 ぽつりと、メノウが呟いた。

「フェイスは、いまでも私を殺したいと思ってるの?」

 彼女の瞳は、涙で濡れていた。

「…………」

 フェイスは何も答えない。いや、答えられないだけなのかもしれない。メノウにあんな目で見つめられては。

「……そのつもりは、もうないと思うよ」

 僕が、言った。

「そうだとしても、止めるつもりだがな」

 ナゾシンは、フェイスが妙な動きをしたらすぐ動けるよう、目を離さないでいる。

「それもそうだけどね」

 僕は頬を緩ませる。フェイスが犯行を諦めている理由は、間違いなくそれだと思う。けど、僕には思い当たることが、もうひとつあった。

「フェイスさんの意思はここにある遺書の通り――本島に戻ったら、素直に自首するつもりだったんだ」

「――え」

 メノウの視線が、僕に向けられる。

「この遺書に書いてあることはすべて、事実だ。フェイスさんは、妹のノリナさんのためにこの殺人を計画した。本当は、僕らに悟られることなく本島に帰還したあと、自首するつもりだったんだ」

「でも……どうして? それだったら、ノリナのことを言わないほうが、もっと上手くいったはずなのに……」

「それは――」

 僕が言いかけた時。

「知って欲しかったんだよ」

 一言。

「知って欲しかったんだ。……ただ、それだけだ…………」

 フェイスは囁くように、小さな声で言った。

 それは、とても悲しくて、悔しくて、切ない響きだった。

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