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MMORPG―オフ会殺人事件―  作者: tillé.o.fish
第三章 推理
30/36

27.『Scorpion King』

 午後 四時二十六分。


 『ディグルスの地下砦』の玄関扉を開いた僕とナゾシンは、丁度玄関ホールを歩いていたくだんの女性。メノウと、目が合った。

「あら、おかえり。早かったでつね」

 メノウはいつもの口調で僕らを出迎える。どうやら、倉庫に食料を取りに行っていたらしい。

 彼女は缶詰や野菜の形にふくらんだ、手提げのバッグを片手に下げていた。

 僕とナゾシンは目を合わせてから、ふぅっと息を吐く。彼女が無事で良かった。

「ん? あれ? 確か、シャドーはシエルと一緒に出たはずじゃなかった? ナゾシンくんも」

 メノウが僕らに尋ねた。

「さっき、墓地で一緒になったんだよ。それで、姉さんがあんたたちは地下砦に戻って、メノ姉さんの様子見てこいって」

「私の? どうしてでつか?」

 不思議そうに僕の顔を覗き込むメノウ。

「どうしてって……。そりゃ、ひとりだと心配だからに決まってるでしょ……」

 僕の口調はどこかぎこちない。自分で言っておいて、恥ずかしくなってしまったのだ。

「ああ、なるほど」

 ポンッと、メノウは手の平を叩いた。それから、ニッコリと笑みを浮かべて、

「そういえば、私いまひとりでつね」

「そういえばって、何をいまさら!」

 僕は危うくずっこけるところだった。天然にもほどがあるだろ!

「ふふふ。冗談でつよ。心配してくれてありがと」

 メノウは柔らかな笑みを僕に投げかける。どうやら、僕は彼女にからかわれただけのようだ。

「でも、私は大丈夫。それに、いまから夕飯の支度をしないといけないから、二人は休んでていいでつよ」

「うーん……。ナゾシンさん、どうします? とりあえず、メノ姉さんの無事は確認できたし、このまま食堂までついて行ってもいいんですけど……」

 僕は言って、ナゾシンの返答を待った。

「この建物の中なら、もし何かあってもすぐに駆けつけることができるはずだ」

 と、ナゾシン。

「……そうですね。それなら、もう一度、ここを調べてみませんか?」

 僕の提案に、ナゾシンは眉根を寄せた。

「地下砦をか? しかし、ここはもう十分に調べたはずだ」

 彼の言う通り、昨日、僕は彼と二人で十分に建物内を探索した。しかし……

「まだ、調べてない場所があるんです。昨日は無理だったけど、いまなら調べられると思う。――姉さん、客室のマスターキーって、ある?」

「…………え?」

 メノウは意表を突かれた顔で、僕を見た。



 二十分後。

 僕とナゾシンは、ある客室の前に立っていた。

 玄関ホールの階段を上がって、左手の通路の突き当りの部屋――つまり、玄関ホール入り口側の角部屋にあたるこの部屋を使用していたのは、フェイスだ。

 僕はメノウから預かったマスターキーを使って扉を開けると、フェイスの部屋に踏み込んだ。

「…………そのまま……ですね」

 僕は部屋を見回してから、率直な感想を述べる。

 ふれられた様子のないデスクと、一度も使用されていないベッド。その他、小物類も同様に使用された痕跡はない。

「ふむ。彼が消えたのは初日だった。部屋がそのままなのも不思議ではない」

 そう言われてしまうとそれまでなのだが……

「やっぱり、はじめからどこか別の場所に隠れる予定だったのかな……」

 フェイスの部屋に入れば、何か手掛かりが掴めるのではないか。そう思っていたのだが……

 ――いや。諦めるのはまだ早い。

「……? 何をしている?」

「何か手掛かりはないかと思って」

 僕はベッドの掛け布団をいだり、床に何か落ちていないか目を凝らしたり、それから、デスクの引き出しを引いて――

「えっ……?」

 一瞬、僕は我が目を疑った。なんで? どうしてこんなところに、こんなものが……!

「ナ、ナゾシンさん…………。プ……プレート……! プレートだ! プレートが置いてある!」

 僕はデスクの引き出しに入っていたプレートを取り出して、ナゾシンに突きつけるように見せた。

 彼はまじまじとプレートを見つめてから、ゆっくりと、プレートに刻まれた文字を読み上げる。

「……『Scorpionスコーピオン・キング King』…………」

 『Scorpionスコーピオン・キング King』。蠍の王。確か、教団を追われた異教徒たちが復讐のために呼び出した、巨大な蠍のボスモンスターだ。

「……なんで、こんなところにプレートが……? もしかして、ここで誰かを殺すつもりだったのかな。……それとも、誰かを殺したあとに、ここから持って行くつもりだったのか……」

「それはどうだろう。建物の中を歩き回れば、誰かに見つかる可能性が高い。それに加えて、ここは通路の一番奥にある角部屋だ」

「そ、それもそうですね……。それじゃあ……他に残っている可能性は……――」

 その瞬間、心臓が大きく跳ね上がる。

「まさか、フェイスさんはもう……死んでる……とか?」

 僕は引きつった笑みを浮かべて、続ける。

「なわけ、ないですよね……。そんなこと、あるわけない……」

 そうだ。そんなことあるわけがない。もしフェイスがすでに死んでいるとしたら、これまでの殺人は、誰か別の人物の仕業だということになるじゃないか!

「まだ結論を出すのは早い」

 僕はナゾシンの声に反応して、彼の顔を見やった。

「一旦、落ち着いてから、もう一度よく考えるべきだ」

「…………そうですね……」

 彼の一声に、僕は落ち着きを取り戻す。

 ……僕は、一体何を焦っていたんだろうか。まだフェイスの部屋でプレートを発見しただけであって、彼が死んだという確証は何ひとつないのだ。

 僕はどっと押し寄せてくる疲労感に耐え切れず、ベッドに腰を落とした。

「はぁ……。まだ、よくわからないけど」

 疲れた口調で、僕は続ける。

「とにかく、ひとつだけわかったことがある。……プレートを発見できたってことは、つまり……僕らは犯行が行われるより先に、はじめてヒントを得たってことだ」

「彼が被害者でなければ、だがな」

「…………」



 それからまた、二十分後。

 僕とナゾシンは、玄関ホールの大階段を下りていた。メノウの様子を見るために、食堂へ向かっているところだった。

 階段を下りる足取りは重い。僕らの気分は、すっかり沈みきっていた。

『ふむ。ひとつ、提案があるのだが』

 ふと、ナゾシンの言った言葉が、僕の脳裏に過ぎる。

 ――十分前の出来事だ。

『このプレートは、持ち出さず、このままもとの場所に戻しておかないか?』

 彼は言った。

 僕らがプレートを先に発見したことを、フェイスはまだ知らない。となれば、次に犯行が行われる時。彼は、何らかの手段を持って、『Scorpionスコーピオン・キング King』のプレートを取りに来るはずだ。

 あるいは、彼の部屋が犯行現場となるのか……

 どちらにせよ、フェイスを取り押さえる絶好のチャンスとなるのは間違いない。そしてそれが、彼の犯行を未然に防ぐことになる。

 僕はナゾシンの提案に乗った。反対する理由もなかったからだ。食堂へ向かうのは、そのことをメノウにも知らせるためでもあった。

 階段を下りきったところで、僕は立ち止まり、ズボンのポケットから携帯を取り出す。

「む? どうした?」

「ちょっと、いま何時かなって」

 携帯の待ち受け画面には、五時十八分と表示されている。なんだかんだで、『ディグルスの地下砦』に戻ってきてから、一時間近くが過ぎていた。

 僕は窓から外の様子を伺う。夏場で日暮れが遅いとはいえ、そろそろ暗くなってくるころだ。

「姉さんたち、まだ帰ってこないな……」

 ぼんやりと、僕は呟いた。

「心配しているのか?」

「……まあ、少しは……。でも、よく考えたら、シエル姉さんって、殺しても死ななさそうな人だから、大丈夫な気がしてきた」

「ふむ。それもそうだな」

 ナゾシンが軽く鼻で笑う。こんな話、彼女が聞いたら怒るだろうな。なんてことを考えながら、二人が笑い合っていた時だ。

 玄関ホール入り口の扉を、誰かがノックした。

「噂をすればなんとやら、だな」

 と、ナゾシン。

 扉に鍵は掛かっていない。扉をノックした張本人もそれに気づいたのか、ガチャリと扉が開かれる。

 ――紅蓮だ。

「あ、紅蓮さん、丁度いいところに。いま二人の話をしてたところだったんですよ」

「すまない、シエルさんは戻ってないか?」

「…………えっ?」

 紅蓮の突拍子もない質問に、僕は面食らった。どういうことだ? 二人は一緒だったはずじゃないのか?

「何かあったのか?」

 ナゾシンが紅蓮に尋ねる。

「くそっ……! やられたよ。オレの不注意だ……」

 紅蓮はうめくような声で言った。見れば、彼は辛そうに顔を歪め、左手を首筋に当てている。

「やられたって……。まさか! そんな! 一体何があったんですか!」

 僕は声を荒立てた。紅蓮のただならぬ様子に、嫌な想像が膨らむ。

「どうやらオレは、彼女と一緒に崖下の洞窟に入ったところで襲われたらしい。視界が悪くて、背後の気配に気づくことができなかった。おかげでこのありさまだ」

 紅蓮は早口に言って、僕らに首筋が見えるよう、首を曲げて見せた。彼の首筋は赤く腫れ上がって、青あざができている。

「じゃ、じゃあ姉さんはっ!」

「わからない……。気がついた時にはひとりだった。もしかしたらと思って、ここに戻ってきたんだが……」

「いや、シエルさんは戻っていない」

 ナゾシンの答えに、紅蓮は歯噛みする。

「そうか……。くそっ! 無事だといいんだが……」

「捜そう!」

 僕は言った。

「しかし、一体どこを捜す?」

「……え?」

 ナゾシンの一声に、僕は、自分が勢いだけで言ったことに気づく。

「そうだ、シャドー君。アテはあるのかい? もう日暮れも近い。日が落ちれば、こちらの身も危なくなる」

 紅蓮の言うことにも一理あった。一刻も早くシエルの無事を確認したい。そう思う気持ちが強すぎて、僕は冷静さを失っていたようだった。

「けど、だからと言って……このまま待ってるわけには…………」

 僕はイラつきながらも、必死に考える。……そうだ。まずは、状況を整理しよう。

 そもそも、紅蓮が襲われたあと、どうしてシエルだけが消えてしまったのか?

 その答えは簡単だ。

 フェイスは紅蓮を狙ったのではなく、シエルを狙っていた。だから、邪魔者である紅蓮を背後から襲って気絶させた。

 紅蓮は気がついたらひとりだったと言っていた。……なら、シエルはどこか、別の場所に連れていかれたはずだ。

 ……それは、どこだ?

 彼がシエルを連れて行った先の終着点。――それは、殺人現場に他ならない。

 となれば、これまでに発見したプレートは、『Asmodayアスモダイ』、『Paroxysmパロキシズム』の二枚。そして、先ほど発見した『Scorpionスコーピオン・キング King』の三枚。

 よって、残るプレートは二枚。うち一枚は検討もつかないが、ひとつだけ、その可能性のありそうな場所があった。

「もしかしたら――」

「『Gigasギガース』」

 僕に声に被せるように、ナゾシンが言った。彼も僕と同じことを考えていたらしい。

「うん! 急ごう!」

 僕はすぐさま出発しようと声をかける。

「すまない。オレも行きたいと言いたいところだが……」

 と、紅蓮がすまなさそうにこちらを見やった。

「大丈夫です。紅蓮さんは怪我をしてるから、ここで待っててください。それに、メノ姉さんをひとりにするわけにもいかないから」

「本当に、すまないね。二人とも気をつけて」

「はい。紅蓮さんは、メノ姉さんをお願いします!」

「ああ、こっちは任せてくれ。もうこんなヘマはしないさ」

 紅蓮は鼻で笑ってみせる。それを聞いて僕は安心した。

「それじゃ!」

 僕は紅蓮に別れを告げると、ナゾシンとともに、『ディグルスの地下砦』を飛び出した。

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