26.勝手な女性(ひと)
午後 三時五十分。
僕とシエルは、『ストゥーム墓地』にいた。
目の前には、『Asmoday』の墓標。
墓標の土台部分は、乾いた血の跡で赤黒く染まっている。ここで殺人が起きたという、生々しい痕跡だ。
シエルはしゃがみこんで、墓標の土台部分を熱心に観察していた。
僕は彼女の後に立って、そんな彼女を見ていた。
「どう? 何かわかった?」
僕はシエルに訊く。
「ちょっと待って、いま話しかけないで」
シエルは振り返りもせずに答えると、次に墓標周辺の芝生を調べはじめた。
「……?」
僕は彼女の行動を不思議そうに見つめていた。
「うーん……やっぱないか」
シエルは立ち上がると、やれやれといった風に軽く息を吐いた。
「何がないの? 全然意味がわからないんだけど」
僕が尋ねると、シエルは「んー」と目を逸らしてから、言った。
「痕跡ってヤツ?」
「はい?」
僕は首を捻った。
「えーっと、つまりあれだ。フェイスはここでクキたんを殺した。そんとき、凶器に使われた刃物にも、血が付いてたはずでしょ」
「うん、まあ……」
「だから、もしかしたらその刃物から血がポタポターって、落ちてないかなと思って」
「えっと、もしかして……。血の跡をたどったら、フェイスさんの居場所がわかるとか……考えてた?」
「そうそう、それそれ!」
笑顔で答えるシエルに、僕は頭を抱えた。
「それはないんじゃない?」
すると彼女はむっとして、僕を睨みつける。
「もしかすると、あるかもしんないでしょーが」
「どうかな? 確かにクキ姉さんの出血は酷かったけど……。ナイフなんかで喉を裂いても、それは一瞬で、すぐに血が出るわけじゃない」
「は? んーなの、わかってるっての。だから、もしかしたらって言ったんだよ」
シエルは人を小馬鹿にしたような目を僕に向けた。
「え? いやいや! 言い出したのは姉さんでしょ! なんで僕が馬鹿にされなきゃならないんだよっ!」
僕が声を上げると、
「あっははは! まー冗談だよ。冗談!」
シエルは可笑しそうに笑った。冗談って……。地面を調べる彼女の姿は、とても冗談には見えなかったけどな……。なんだか、無理やりまとめられた気がする。
彼女はひとしきり笑ったあと、
「ま、それは別として、ひっかかることはあるけどね」
含むような言い方をした。どうやら、今度は冗談ではないらしい。
「何かわかったの?」
「確信はないけどね。ま、やってみた方が早いさ」
そう言ってシエルは、墓標の前に立つよう、僕に言った。
僕は彼女の指示通り、墓標の前に立つ。
「クキたんは、うつ伏せに倒れてた」
シエルは説明口調で話しながら、墓標を眺める僕の背後に回った。
「うつ伏せに倒れてたってことは……。フェイスは、背後から彼女を襲ったってことでしょ?」
シエルは左手で僕を拘束して、右腕を首に回した。
「こうして、後ろからきて――」
彼女は右手の親指を立て、僕の首を掻っ切るようにスライドさせる。
「喉を切り裂く。そんで、クキたんはそのまま墓標に倒れ込んだ」
僕は突っ立ったまま、彼女の説明を聞いていた。墓標に倒れこむ勇気はさすがに無かったからだ。
「それで、これがどうかしたの?」
僕は振り返って、シエルに尋ねた。
「おかしいでしょ」
「……?」
「ここって、割と見晴らしいいし。不意打ちはまず無理だと思わない?」
確かに、彼女の言うように、見晴らしはいい。クキに気づかれず、背後に回り込むなんて芸当。あの大柄なフェイスに出来たとは到底思えない。
「そっか。仮に不意打ちだったとしても、背後に人の気配がしたら振り向くよね……」
「そーゆーこと。それに、アンタらの仮説が本当なら、フェイスは、この墓標にあるメッセージ通りにクキたんを殺したかったんでしょ? だったら、クキたんがここに立ってたときを狙うんじゃなくて、ここにクキたんを誘導して殺したって考えるほうが自然じゃない?」
それを聞いて、僕ははっとした。
「そうか! じゃあ、クキ姉さんは、殺される前にフェイスさんとここで会ってたんだ!」
「ま、どうやってここに呼び出したのかはわかんないけどね。待ち伏せしてたって可能性もあるけど……あたしが思うには――」
と、シエルが言いかけたその時だ。
鉄柵門の開かれる鈍い金属音に、僕らの会話は中断された。
入り口の方へ視線を向けると、そこには紅蓮とナゾシンの二人がいた。
二人は僕らの存在に気づくと、挨拶がわりに軽く手を振って、こちらへと向かってくる。
「やあ、君たちもここに?」
紅蓮が僕らに尋ねる。
「ちょいと気になることがあってね」
シエルは軽い調子で返した。
「気になること?」
紅蓮は眉を吊り上げる。
「ま、大したことじゃないさ。それより、そっちこそナニしにきたの?」
質問に質問で返すシエル。
紅蓮は可笑しそうに鼻で笑って、言った。
「なにって、パトロールさ。今のところ成果はなし。だけどね」
「やはり、闇雲に歩き回っても意味は無かったな」
ナゾシンがそう付け足すと、
「彼もそれくらいは読んでいた。……ってことだろうね。そうなると、メノウさんをひとり残してきたのは失敗だったかな……」
紅蓮は苦い表情を浮かべた。
昼食後のことだ。
僕らはフェイスの捜索と、メッセージを探しをかねて、『ディグルスの地下砦』を出た。
何もせず船の到着を待つのも選択肢のひとつだったが。白夜の件もあったので、メンバーは行動することに決めたのだ。
チーム分けは、現在の通り。
僕とシエル。紅蓮とナゾシンだ。
メノウは現在、『ディグルスの地下砦』でお留守番という形になっている。
『誰かひとりは残らないと、また何かされるかもしれない』
そう言って、メノウは自ら進んで『ディグルスの地下砦』に残ることにしたのだ。一応、危なくなったら逃げろとは伝えているが……
「うん。やっぱり、メノ姉さんをひとりにしておくのは心配だ……」
言葉通り、僕は心配そうに呟いた。
「よし。それなら、アンタとナゾシン君は地下砦に戻んな。あたしは紅蓮ともう少し島を回ってみる」
シエルの提案に、僕は軽く驚いて、言う。
「え? それなら、僕とナゾシンさんで島を回ったほうがいいんじゃない? 男二人だし……」
するとシエルは軽く鼻を鳴らして、
「前にも言ったけど、細くて頼りなさそうなのが二人より、紅蓮ひとりのがよっぽど頼りになるからね」
それでいいでしょ? といった風に、彼女は紅蓮を横目にする。
「ああ、オレは構わないが……」
有無を言わさぬ彼女の視線に、紅蓮は渋々といった様子で、承諾した。
「んじゃ、それで決まり。あたしはまだ見ておきたい場所があるから、アンタたちはメノ姉さんのことよろしく」
まったく、勝手な女性だ。……まっ、いまにはじまったことじゃないけど――
「あん? なんか文句あんの?」
そんな僕の考えを悟ってか、ジロリと、シエルが僕を睨みつける。
「も、文句はないけど……」
「だったら、さっさと姉さんのとこへ行く! ほれ、シッシッ!」
シエルは僕とナゾシンを追い払うように、手首を振った。まるで犬扱いだ。
僕はむっとしながらも、
「わかったよ。それじゃ、二人とも気をつけて」
彼らの身を案じる台詞を残して、『ストゥーム墓地』をあとにしたのだった。




