第10話 友人
部屋を出て連れてこられたのは、様々な絵画が飾られたひときわ広い廊下。
そこには王族の肖像画もあった。
「これ見て。僕の絵、どう思う?」
立ち止まり、見上げる先にあるのはエドモンド様の肖像画。
鋭い眼差し、落ち着いた表情に威厳を感じさせる。
「とても凛々しくて素晴らし絵だと思います」
「凛々しい、ね。周りは僕のことを能面王子って呼ぶんだよ」
「能面? 決してそんなことはないと……」
穏やかに笑う表情、優しい声色、いつ何時も能面だなんて思ったことはない。
否定するけれど、彼は首を横に振る。
「僕がそうしてるんだ。感情を出さず、常に冷静に王子としての尊厳を保つ。それが当たり前になっていたし、そうするべきだと思っていた。だけど、レイラから差し出された絵を見て、君からはこんな風に見られているんだと思って恥ずかしくなった」
「恥ずかしい?」
どういうことだろう。たしかに、この肖像画と私が描いたエドモンド様は少し違う。
印象でいうと真逆かもしれない。
「部屋に、戻ろうか」
私たちは部屋へと戻った。
そしてエドモンド様はクローゼットを開け、中から一枚の絵を取り出した。
「これ……どうして」
見せられたのは、二年前受け取ってもらえずに学園のゴミ箱に捨てたはずのエドモンド様の姿絵だった。
「ずっと、持ってたんだ」
ということは、ゴミ箱から拾って持って帰ってきたということ。ちゃんとしたパネルではなくて、薄い板に描いただけだったけれど、今はシンプルな額に入れられている。
「でもあの時、気持ち悪いから受け取れないと」
「気持ち悪い……ていうのは僕のことだよ。こんな腑抜けた表情を君に向けているんだって思って」
「腑抜けた……?」
「さっき言ったでしょ? 感情を出さないようにしてたって。それなのに、レイラの前では自分でも気づかないうちにこんな表情をしていたんだ」
絵を見るエドモンド様は困った顔をして笑う。
恥ずかしいってそういうことだったんだ。
「私は、穏やかに笑うエドモンド様の表情が好きでした。優しくて、楽しそうに絵を描く姿に私も楽しくなるんです」
「レイラ……」
驚いた表情をするエドモンド様。
しまった。変なことを言ってしまった。
「あ、あの好きというのは友人として好きだということで、変な意味ではなくてですね、そもそも、私がエドモンド様の友人だなんておこがましいのですが――」
慌てて言い訳をしていると、手をぎゅっと握られた。
真っ直ぐに見つめられ、何も言えなくなる。
「初めてレイラの絵を見た時、どうしてこの子はこんなに純粋でよどみのない絵が描けるんだろうって興味がわいたんだ。でもその理由はすぐにわかった。君自身が真っ直ぐで純粋な子だったから。だから、友人になりたいと思ったんだよ」
学園で初めて声をかけられたとき、絵を褒めてくれて、その時からエドモンド様は優しい眼差しを向けてくれていた。
私のことをそんなふうに思ってくれていたんだ。
ただ絵を気に入ってくれていただけじゃない。ちゃんと私のことも見てくれていた。
「この前は断られちゃったけど、これからも僕の友人でいてくれないかな?」
今の私が友人だなんておこがましいと思っていた。
だけど、身分という壁を作って彼のことをちゃんと見ていなかったのは私のほうだった。
「私でよければ、よろしくお願いします」
嬉しそうに微笑むエドモンド様はやっぱり能面なんかではない。
もしこれが私にだけ向けられる表情なのならば、なくしてはいけないと思った。
「そうだ、報酬を払わないとね」
机から革の巾着を取り出し、私に一枚の硬貨を差し出してきた。
手のひらに乗せられたのは金貨だった。
「こ、こんなにいただけません!」
素人の、たかが十四歳の少女が描いた絵に金貨ほどの価値なんてない。
「僕にとっては本来もっと価値のあるものだよ」
やはり王族だと金銭感覚が違うのだろうか。
でも、だからといって金貨なんてもらえない。
「ありがたいですが、お返しします。もう少し小さな金額で……」
私は金貨を差し出し返すと、エドモンド様はそれを受け取り、何かを考えながらまた違う引き出しを開ける。
取り出したのは一枚のスカーフだった。
「今、金貨しかもってないんだよね。面倒かもしれないけど、これを売ってお金に替えてもらえる?」
受け取ったスカーフは、滑らかでとても優しい肌触りだ。繊細な刺繍が施されていて、とても高価なものだとわかる。
「いただいてもいいのですか?」
「もちろん。この先これを僕が使うことはないし、もう二年も引き出しに入れていただけだから」
使わないならいいのかな。
スカーフだから高くても銀貨三枚くらいだろうか。
「わかりました。ありがとうございます」
「また、一緒に描こう。画材は僕が貸してもいいし、それを売ったお金で好きなものを買ってもいいし」
「はい、ぜひまた」
私はスカーフを持って、王宮を出た。
エドモンド様に教えてもらった質屋へと向かう。貴族街の静かな裏通りにそのお店はあった。
中に入り、店主にスカーフを売りたいと差し出した。
「お嬢さん、このスカーフはどこで?」
店主はひどく驚いた表情をした。
やっぱり王族がもっているものはスカーフ一枚でも珍しいものなんだろうな。
エドモンド様からもらっただなんて言えないや。
「えっと……報酬の代わりにいただいたもので」
「そうなのかい……」
驚きながらも店主は査定をはじめてくれた。
その間、私はお店の隅に置かれた椅子に座って待つことに。
ルーペで細かく刺繡を見たり、模様を確認している。
査定が終わったのか、店主はスカーフを綺麗にたたみ奥の部屋へと入っていく。
そしてカルトンに硬貨を乗せて戻ってきた。
「待たせたね。これでどうだろう」
カルトンには、金貨一枚と、銀貨四枚が置かれていた。
「え? こんなに?!」
予想外の金額に思わず声をあげてしまった。
エドモンド様から差し出された金貨一枚よりも多いじゃない。
「これは、一つとして同じものはない貴重な代物だよ。生地、縫い目、刺繍、すべてにおいて最高級の技術を要している特注品だ。こんなものを持っているのは王族くらいじゃ……」
「あ、あの! やっぱり売るのやめます! いいですか?」
王族、と言われたところで言葉を遮ってしまった。
こんなに高価だなんて思っていなかった。
「それはかまわんが……」
「お手を煩わせてすみませんでした!」
私はスカーフを取ってお店を出た。
エドモンド様に返した方がいいだろうか。大切なものなのではないだろうか。
どうしようか悩んでいると、隅に入れられたイニシャルが目に留まった。
「え……これ」
私の、イニシャル?
まさかね。たまたまだよね。言い聞かせるけれど、鼓動が早くなる。
そっとスカーフを広げた。
よく見ると、小さなカスミソウの刺繍がたくさん入っている。
『カスミソウには、感謝という花言葉があるんですよ』
『そうなんだ。じゃあ、僕がレイラに感謝を伝えるときはカスミソウを送るよ』
一緒に花畑の写生をしているときの、何気ない会話だった。
もしかして、もともと私のために?
二年も引き出しに入れていたと言っていたけど、それって……。
いや、そもそも私のために作られたものかどうかはわからない。
気になる。だけど、どんな形であれ、これはもう私のものになった。
報酬をもらったら家族のために使おうと思っていたけれど、これは大切に持っておこう。
家に帰ると、もうみんな揃っていた。
ママはキッチンで料理をしていて、お兄ちゃんはマジックの練習をしていて、パパはそれを楽しそうに見ている。
そして私に気付くと笑顔を向けてくれる。
「レイラお帰り!」
「あら、なんだか嬉しそうな顔してるわね」
「何かいいことあった?」
「うん。友達ができたんだ」
だれ? とは聞かれない。
でも、みんな良かったねと笑ってくれた。
この、温かい家族が好きだと心から思う。
あの時、死ななくて良かった。
エドモンド様と再会して、本当の思いを知れてよかった。
きっとこれから私はこの世界でたくさんの出会いがあって、たくさんの経験をしていくんだろう。




