第1話 一家心中からの前世の記憶
締めきった窓。
テーブルも椅子も、棚もソファーも何もない部屋。
あるのは、暖炉の中の火の着いた薪。煙突は塞がれている。
温かい空気が部屋に充満して、呼吸が苦しい。
パパも、ママも、イクスお兄ちゃんも黙ったままただ冷たい床に座っているだけ。
正直私はここから逃げ出したかった。
怖くて怖くて仕方がない。だけど、家族と一緒にいられない方が怖かったから何も言わなかった。
持っていたものは全て売ってしまった。
家具も食器もお鍋も、ドレスもアクセサリーも。
あるのは家族四人だけ。それももう、なくなってしまう。
次第に頭が痛くなってきて、めまいがしてくる。
みんなも、黙ったまま顔をしかめている。
そして座っていられなくなったのか、倒れるように横になった。
気付いたら私も床に倒れていた。
苦しくて、吐きそう。動けない。
ああ、私たちみんな死ぬんだ。
――いやだ。こんなところで死にたくない。
頭の中で声がした。
誰? どこかで聞いたことのある声。懐かしい感じ。
――早く逃げないと。
熱くて、息が苦しくて、大勢の人の悲鳴とパニックになった声がこだまする。
――非常階段はどっち?
非常階段? そんなものこの家には……。
あれ? この声……私?
そうだ、両親の結婚記念日のプレゼントを買いにショッピングモールに行って、そこで火災が起きて。
――家に帰りたい……私まだ死にたくない!
その時、バンッと音がして窓が開いた。
おぼつかない足でパパが大きく息をしている。
ママも、お兄ちゃんも部屋にある全ての窓を開けた。
冷たい空気が流れ込んでくる。
少しずつ、意識がはっきりとしてきて四人全員で抱き合った。
「みんな、大丈夫か?!」
「なんとか……でも、父さんどうして」
「こんなの、ばかげてると思って」
もう、死ぬしかないって言い出したのはパパなのに。
「本当に良かったわ」
「ママ……怖かった」
「今回は、死なずにすんだのね」
ママの言葉にパパもお兄ちゃんも驚いた顔をする。そして私も驚いた。同じことを思っていたから。
「アリアナ、今回はってどういう」
「あ、ごめんなさい。昔の記憶が……」
「母さんそれって」
「実は私も、意識を失いかけたとき、昔の記憶が浮かんだの」
全員が顔を見合わせる。
まさか、と思いながら姿勢を正して向かい合う。
そして一番に話し始めたのはパパだった。
「意識が朦朧とするなか、以前も同じような苦しさを経験したことを思い出したんだ。大きな建物の中に人がたくさんいて、お店もたくさんあって、俺はその中の洋菓子店でパティシエをしていて、ある日気付いたら火災が起こっていて……たぶん、死んだ」
「ねえそれって、ユメヤショッピングモール?」
ママの問いかけにパパは大きく頷いた。
そしてお兄ちゃんもポツリと話し始める。
「僕はそのショッピングモールで、マジックの公演をしていて、火災に巻き込まれた……」
「お兄ちゃんマジシャンだったの?! すごい!」
マジックショーのポスターが貼られているのは見たけど、あれがお兄ちゃんだったなんて。
買い物が終わったら見て帰ろうかと思ってたんだよね。
「俺たち、もしかして全員あのショッピングモール火災で死んだのか?」
「ねえこれって、異世界転生ってやつ?」
「死に際に同じ状況になって前世を思い出したんだ……」
「とにかく、私たちまだこの世界で生きていけるってことだよね?」
私の言葉にみんなが笑顔を向けてくれた。
「前世では、あんなに死にたくないと思ったのに、自ら命を絶とうとするなんて愚かだった。みんなごめん」
「いいのよ。私だって、もうこうするしかないと思っていたもの」
私たちグリード家は畜産業を営む伯爵家だった。
もともと領地で食用の家畜を育てていたけれど、羊毛や毛皮製品の製造に事業を拡大することになった。
家畜を増やし、工場を建て、機械を大量に購入した。
けれど、事業は失敗。
多額の借金を抱え、領地は没収、爵位は剥奪。
屋敷は売り、街の裏通りにある小屋のような平屋に引っ越してなんとか暮らしていたけれど、もうその日食べるものさえ買えなくなった。
そしてパパが言った。
『もう、楽になろう』
私たちはその言葉にしたがった。
みんなが、そうするしかないと思ったから。
でも、生きたいという思いを、思い出した。
「ねえ、死ぬことはやめることにして、これからどうしましょう?」
「前世を思い出したからといって、現状が変わるわけじゃないからなあ」
空っぽの、何もない小さな家。
生活するために必要なものがなさすぎる。
寝るための布団もないし、椅子一つない。
キッチンも空っぽでコップすら置いていない。
でも、生きていくために一番必要なのは……。
「私、今すっごくお腹すいてる」
さっきまでは何も感じなかったのに、急に食欲がわいてくる。
わいてくるけれど、この家には食べるものもなければ買うお金もない。
「僕もお腹すいたな。ちょっと、試してみたいことがあるんだよね」
「何をするの?」
「それはお楽しみ。上手くいったらご飯が食べられるかも」
お兄ちゃんはズボンの裾を破って、三十センチほどの布切れにした。
そしてその布を持って、外に出る。
適当に転がっている小石を拾って、表通りまで出た。
私とパパとママは何をするのだろうと不思議に思いながら付いていく。
お兄ちゃんは噴水前の目立つところに立つと、声を張って、大きく両手を上げた。
「さあみなさんご注目! ここに、小さな石があります。それをこの布で包み、数をかぞえると……3・2・1――」
小石を布で包み、撫でるように手を動かしたあとパッと布を広げた。
すると包んであったはずの小石はどこにもなくなっていた。
「おお! なんだ今のは」
「消えた?」
「あれ? 石はどこにいったの?」
よくあるマジックだけど、この世界では馴染みがないので道行く人がみんな驚いた様子で注目している。
「今の魔法?」
「魔力持ちの人がこんなところにいるわけないだろう」
この世界は魔法が存在している。
ただ、魔力を持った人はとても希少で、その力が発現すればすぐに国に囲われるため滅多にお目にかかることはない。
「これは魔法ではなく、ちゃんと仕掛けのある奇術です」
お兄ちゃんはもう一度、石を消してみせた。
周りのひとは関心したように拍手をする。
そして手を振るお兄ちゃんの足元に、硬貨が投げられた。
一枚、二枚と誰かが投げると周りにいた人もつられてか投げてくれる。
「お兄ちゃんすごい。投げ銭だ……」
「イクスやるなあ」
「あっという間にお金を稼いだわね」
足元に投げられた硬貨を全て拾い、満足そうに戻ってきた。
「とりあえず食べ物くらいなら買えそうだね」
にこりと笑ったお兄ちゃんが今までにないくらいすごくカッコ良く見える。
「ありがとう! 今から買いに行こう!」
私が抱きつくと、パパとママもお兄ちゃんに抱きついた。
「俺は肉がいいな!」
「私はパンが食べたいわ」
「甘いものも食べたい!」
「そんなには買えないよ」
私たちは久しぶりにワクワクしながら、街の露店が並ぶ通りに向かった。




