019話 ハンバーガーだよォ!!
魔法の指輪が眠るといわれる地下遺跡の中を、三人は進んでいた。
ナジムの指示通りにゆっくり階段を下りると、人ひとり通れるほどの細長い通路が続く。
「ちょっと。遅くない?」
「だから文句言うなっての、クソメイド」
数歩進むごとに、マリエルはナジムと揉めている。
ナジムもいちいち振り返って文句を言っているので、進捗は牛の歩みであった。
「なんでおめェはその感じでせっかちなんだよ?」
「いいからほら早く、先へ」
「おめェが呼び止めたからだよォ!」
「別に呼び止めてない」
「じゃあ黙ってろ! 素人にゃ遺跡の罠のことなんて分から──」
ナジムが足を置いた石のブロックが、ガコンと音を立てて床にめり込んだ。
「──ッ」
咄嗟に上体を反らす。
左の壁から射出された薄い金属刃が、ナジムの鼻先をかすめて右の壁に突き立った。
「ナジム!」
「大丈夫だ。迂闊に歩くな」
思わず駆け寄ろうとしたアゼルを、ナジムは声だけで止めた。
「ふぅー……」
ナジムは息を整えると、数秒遅れて噴き出した冷や汗を首元のスカーフで拭う。
ふいに訪れる静寂。
破ったのはマリエルであった。
「よし。行きましょう」
「てめェー!! 何がよし。だ!!」
ナジムは足を一歩も動かさないよう、上体だけを捻って背後のマリエルを睨みつけた。
「危うく顔面が真っ二つになるところだったじゃねェか!! どうすんだ!? 羊肉でも挟めってか!? あァ!?」
「サンドイッチじゃないんだから」
「俺がイメージしてたのはァ!! ハンバーガーだよォ!!」
アゼルが思わず「楽しそうだね」と言うと、ナジムは「楽しくねェわ!!」と叫びながらもコマに紐を巻き付け始めた。
「いいかもうおめェらほんとにちょっと集中させろ。ご覧の通りこっから先は本格的にあぶねェんだよ」
ナジムは小さな声でブツブツ文句を言いながらもコマを床の上で回し、熱心に音を聞いている。
粗く削られた石ブロックと銅製のコマの軸が擦れて、グーッ、ゴッ、ゴッ、と小気味いい音を立てた。
「あァ、やっぱ罠ある音するわ、ってあるに決まってるよ俺がさっき踏んだんだから!」
ナジムはその後も何度もコマを回し、「右だな」「こっから左の方怪しいな」「壁に手つくなよ」とこまめに指示を出しながら通路を進んだ。
マリエルは何も言わなかったが、松明に照らされた彼女の口元は、ほんの少しだけ微笑んでいるようにアゼルには見えた。
アゼルはまた、リアーナの事を思い出した。
──家の者以外からの贈り物なんて初めてで。
──私が喜ぶかどうかなんて、誰も気にしてはいません。
そう語った彼女を見て、アゼルはあんなに恨んでいた貴族にも、彼らなりに大変な事や、悩んでいる事があるのだなと思ったのだった。
彼は今マリエルを見て、王宮侍女も大変なのだろうかと想像した。
詳しい事は分からないが、毎日偉い人のための料理を作ったり、広大な王宮を掃除するのは大変なんじゃないか、と考えてみる。
少なくとも、ナジムのようなお調子者は王宮にはいないだろう。
こんな風に憎まれ口を叩き合うのも、彼女にとっては初めての事なのかもしれない。
「マリエル」
マリエルが振り返る。
「楽しい?」
「何が?」
「この冒険だよ」
マリエルは硬直した。
暗い遺跡内で松明の光が直に当たると、表情筋の動きがよく見える。
彼女の鉄面皮の裏に、むず痒いような、後ろめたいような、様々な感情が一瞬にして駆け巡るのをアゼルは見た。
「別に」
彼女は前へ向き直りながら、短く答えた。
「そっか。僕は結構楽しいけどな」
「……そう」
彼女は胸の内を語らない。
肝心な事は、何も。
それでも表に出さないだけで、心は必ずあるのだ。
アゼルはそう思う事にした。




