ぼんやり令嬢は胃痛の元と過去を思い返す。
元婚約者のその落ちぶれようと、意味の分からない、私への執着は、未知の異物すぎてもう恐怖でしかなかった。
「……ふぅ」
胃薬を飲んで、一息つくと、ニーチェさんは心配そうに、こちらの表情を伺ってきた。
「落ち着いたか?」
「正直、全然です。」
「無理もないよ、なぁ、ラスターさん。今、だれか、ブランデンブルグの内情を流してくれそうなやつはいるか?」
ニーチェさんの問いかけに、ラスターさんとソーニャさんは、深く頷いた。
「ジョエルさんが、深くフルストゥル様のことを、心配されていたので」
「……あとは、やめるときに、メイド仲間と連絡先交換してます」
「そっか、あとで俺にも教えてくれるか?」
「あ……私も」
そう手を小さく上げるも、ニーチェさんは優しく首を横に振った。
それは、とても優しい否定だった。
「ん、フルルはいいよ、あんな奴のために、フルルが胃を痛める必要はない」
「でも……」
私、当事者なんだけどそんな丸投げしてしまっていいんだろうか、どこぞの国のお姫様でもあるまいし、と思うも意外なことに、おじい様もそれに同調した。
「ニィリエ殿のいうとおりだフルストゥル、お前はもう十分頑張った。あとは大丈夫だ」
「……はい、わかりました。」
おじいさまは、優しい表情と声色だが、これ以上の意見はいらないということだろう。
私は、自分自身のことすら、自分の力で解決できないことが、情けなくなってうなだれてしまった。
「フルル」
「はい?」
ニーチェさんは、また優しく頭を撫でると、小さい子供を、優しく諭すようにつづけた。
「別に、これはずるくも何でもないからな、フルルは当事者じゃなくて、被害者なんだから守られるのは当たり前だ。」
「……ありがとうございます。」
その様子を、満足そうに眺めていたおじいさまは、ニーチェさんのことが気に入った様子だった。
「頼もしいな」
「ジルベール様に、褒めていただくなんて光栄です」
「いやいや、私なんて、所詮隠居したじじいだよ……フルストゥルのことを頼む」
「はい」
そうして、窓を見ると、もう外は夕方から夜に変わろうとしていた。
おじいさまは、ほっと息を吐き出した後、ラスターさんに告げる。
「さて、もう夜になってしまうな。ラスター送っていきなさい」
「はい」
「お爺様は?」
「私は少し用があるからな、気にするな。」
危ないから早く帰りなさい、と優しく促すおじいさまの手を握り、目を見て、私はゆっくり話す。
「……おじい様」
「どうした?」
「こんな形ですが久しぶりに会えてうれしかったです。」
おじいさまはそれを聞き、とても、とても嬉しそうに微笑んだ。
「フルストゥル……あぁ、私もだよ。辛くなったらいつでも来なさい、もう無理はしないようにな?」
「……はい」
聞いた話は恐ろしかったが、言った言葉は本心だ。
それだけはいいたかったので、言えてよかったと安心し、帰路についた。
「ラスターさん、ありがとうございます。」
そういうと、ラスターさんは意を決したようにこちらを向いた。
「……フルストゥル様」
「ラスターさん?」
「今まで何も止められず、申し訳ございませんでした。」
今にも泣いてしまいそうなその顔を見て、私は思わず、彼の生真面目さが、逆に気の毒になって肩を落とした。
「もう終わったことなので、それに、ラスターさんが、私の陰口を言っている使用人を注意してくれていたこと、知ってますから」
あの家で言われていたことは実は知っていた。
やれ、陰気だの、要領が悪いだの愛想が悪いだの、人見知りだから迷惑をかけるんじゃないか、とか田舎臭いとか、さんざん言われていたが、そのたびにラスターさんはじめ、ジョエルさんらも、含めて強く叱責してくれていた。
……まぁ、陰気だのなんだのは本当だからいいんだけれど、とりあえず、彼は何も悪くないのに、ここまで自身を追いつめてるのが可哀そうになった。
彼はもっと泣きそうな顔をしてさらに頭を下げてきた。
「っ……すいません」
「ラスターさんは悪くありませんから」
収集がつかないな、と思っていると、ニーチェさんが背後から優しく肩を叩いてきた。
「フルル」
「はい」
「またな、あとこれ食べときな」
「……ありがとうございます」
いつも執務室の時のように、どこからともなくお菓子を手渡してきて、頭を撫でてきた。
「しっかり寝とけよ?」
「はい……また明日。」
今日は、衝撃的な事実を知ってしまったけれど、おじいさまの優しさと、ニーチェさんの優しさのおかげで、そこまで心に深い影を落とさずに済んで、感謝しかなかった。
だがしかし、夕食を取った後自分の部屋に戻ったとたん、ラスターさんから聞いた話のせいだろうか、首都に来たばかりのころを、不意に思い出してしまった。
あの頃は本当に辛かった。
何せ首都に知り合いが誰もいないし、ぎりぎりの成績だったから、授業にもついていくことができず、もう自分の能力のなさが、悲しくて悲しくて、やってられなかった。
その、やりきれない気持ちを共有する相手もおらず、ただただ虚しかった。
休日は、ブランデンブルグでの淑女教育と、侯爵夫人に必要な勉強と、もともとキャパが小さい私はもうすぐに疲れてしまった。
けれど、あの頃の私は、誰かに疲れたから休みたいなんていったら、怒られるのではないかと思っていた。
実際、成績の振るわなさから、お母様に強く叱責されたし、なんなら強めのビンタもお見舞いされたが、まぁ、今となっては、それがきっかけでシャロと友達になれたから、いいかなと流せてしまうった。
その結果、はけ口が見当たらず行き場を失ったストレスは、胃痛や頭痛やら、吐き気やらなんか色々をひき起こし、半月ほど休んでしまった。
その後、レヴィエ様が心配なぞすることもなく、他の令嬢と遊ぶ約束を、私の目の前で、罪悪感もなく、していたのを見て、心のなかにあった、彼を頼ろうという気持ちがぷつんと切れた。
その時点で、ブランデンブルク侯爵家に言えばよかったかもしれないが、もう、そんな普段のルーティンに外れたことをする気力も到底なく、ただただ、決められたことをするだけで、疲れ果ててしまっていた。
思い出せば思い出すほど、あの頃の私、本当に頑張っていた。
色々と疲れすぎていたんだな、と実感した。
きっと、それをそばで見ていたリノンやオルハ、伯父様たちには、深く心配させてしまっただろうな、と思うが、誰もそのことを深くは追及しなかったのは、追及されると、もっと落ち込んでしまう私のことを、わかっているからだと思うと、みんなには感謝しかない。
二年に上がってから、レヴィエ様は、もっとひどい言葉を私にぶつけたり、私のために、言葉を投げかけたシャロを殴ろうとしたり、心配で声をかけたら壁にぶつけられたり、散々で、彼が優しい笑顔を向ける先はいつも私以外で、だからこそ、顔を見るたびに私を傷つける彼が、そこまで私に執着しているのが、ただただ意味不明で怖かったが、不意に、激昂したフィリア様が、彼に投げかけた言葉の一部を思い返した。
私もよくお母様に、やれどんくさい、陰気、要領が悪い、もっといけば愚図とも言われたし、根性なしとも言われたが、レヴィエ様がぶつけられた暴言の数々は、それらが可愛く思えるほど心を砕く勢いだった。
だからこそ思ってしまう。
もしかして、私がもっとレヴィエ様のことを慮っていたら、ここまでこんがらがった状況にはならなかったのではなかろうか。
私がもっと向き合っていれば、昔のように仲良くできたのではないのか。
そんなことを考え出してしまうと、落ち着いたはずの胃が、また少し痛くなったせいか、翌日の朝リノンたちに心配させてしまった。
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