ぼんやり令嬢と眼帯従者のカミングアウト
パンケーキのおかげか、アイン様のおかげか、かなり落ち込んでいた心も、少しずつ折り合いをつけて仕事をしていたものの、給仕をしていたらミドガルド様は気づいたらしく、詳細を洗いざらい吐くと。
「そういう男は、顔の原型がなくなるまで、殴ってもいいんじゃないか?」
と、なかなかに上品なお顔でとんでもないことを言い始めたが、あの温厚そうなミリスさんが少しだけ険しい顔をして答える。
「全く、姫様は優しすぎます、普通なら断種です」
「ひぇっ……」
断種って、つまり局部を切り落とすということで、それを聞いたら、顔面ぼこぼこの方が確かに優しく感じるものの、流石、実力主義と徹底的な統制がとれている国、イズゥムルと言ったところか、罰が結構重すぎて変な声が出た。
「おっと、いけないいけない、ビックリさせてしまったな」
「い、いえ……」
何とか怯えを表情に出さないように、笑顔を取り繕うとミドガルド様は静かに笑った。
控えめに言っても、美しすぎるので、一枚写真が撮りたくなってしまう。
「今日は、なんのお茶だ?」
「今日はちょっと気温が高いので、冷たいフルーツティーと、お茶請けにクリームチーズサンドをご用意しました。」
「ありがとう、やはりキャシャラトは世界の港だからか、いろんなものがあっていいな。イズゥムルにはないものが多い」
そう優しく微笑まれる姿も、まるで妖精のお姫様みたいにお綺麗で、むしろこちらがありがとうございます。
美人の笑顔は健康にいいって、本当、栄養学の教科書に一刻も早く掲載した方がいいと、脳内で訴えながら笑顔で対応しつつ、イズゥムルにないものって何なんだろうと、少し考えていると。ミリス様が嘆息した。
「そうですねぇ、まさかお茶やお菓子にここまでレパートリーがあるなんて、私は焼き菓子しか知りませんでした。」
「そうだな、もともと食にこだわらないから、そこまで気にしたことはなかったが、キャシャラトに来るといつも驚かされるよ。」
「でもイズゥムルは魔法技術が優れれるから、作物もいろいろとれるんじゃ……」
「国土が小さいからな、あとやっぱり魔法でいろいろしても、元の土壌が良いところにはなかなか敵わないよ。」
ミドガルド様がそう答えると、いつからいたのかファジィル王子がそれに答えた。
「まぁ、うちみたいに内輪争いがないだけマシだよ。」
「クティノスは王権争い以前に、宗教問題が大変ですものね。」
「おっ詳しいな、そうなんだよ母上がそれはそれは苦労してなぁ」
どうぞ、という前に豪快にフルーツティーを勢いよく飲んでから、ファジィル王子は大げさに肩をすくめた。
クティノスはそもそも、国の主要部が神を崇めるあまりに、孤児たちで実験したり、いけにえをたくさん捧げたり、と逆に神にたたられかねないことをした過去があったある。
そして、どこの国もそうかもしれないが、血で血を洗う王権争いがあったりと、生まれた時から、平和な国で暮らしてる私としては、聞いただけで怖くて仕方がない。
逆にこうやって他国と交流できるまでにしたネスィリル女王はすごいんだなぁ。
きっとファジィル王子もそれをわかっているのか、母親の話をするときはいつもより嬉しそうだ。
ぼんやりとしていたせいか、じっと見つめてしまってたのだろうか、ファジィル王子とうっかり目があってしまった。
「お?どうした?惚れたか?」
「やめておけ、王子 彼女は今日疲れているんだ」
「ん?どうした?誰かに虐められたのか」
ミドガルド様がそう諫めるも、逆に興味を持ってしまったらしい、どういえばいいか分からず戸惑っていると、ミドガルド様がまたも説明してくれた。
「フルストゥル嬢への好意が、認められなかった男性が憤って暴力に発展しそうになったそうだ」
こうやって言葉にすると、私すごい目にあってない?ぼんやり思っていると、ファジィル王子はいら立ちをあらわにした。
「はぁ、なんだそれ」
「あぁ、もう解決したんで大丈夫です。」
「解決って、ちゃんと殴ったか」
あれ、クティノスも暴力推奨だったっけ?と疑問に思いながら、あはは、と乾いた笑みでごまかそうとするも、野性味と気高さが同居するお顔がいつのまにか、間近にあった。
「やっぱりうちの国来るか?」
と、囁かれ、なんかの小説ならうっかり恋に落ちそうだが、悲しいかな、さっきの今でもう恐怖しかなく、氷のように固まっているところ、とてもやさしい力で王子から離してくれ、私はいつの間にかニーチェさんの横にいた。
「うちの婚約者に何か用でしょうか?」
「相変わらずガードが堅……は?婚約者?」
目を大きく見開いた私と、ファジィル王子とは逆に、何かに満足したような笑みを浮かべるミドガルド様にも聞こえるように、ニーチェさんは笑顔を崩さず答えた。
「えぇ、彼女は俺の婚約者です。お戯れはやめていただきたい。」
「ははっそうか、そうか悪かったな。」
ファジィル王子は気を悪くした様子もなく、快活に笑われたが、警戒を解かないニーチェさんに対してやれやれと王子は続けた。
「ほら、もう離れたんだそんな睨まないでくれ」
そういったことで、ようやく鋭い目つきから、いつものニーチェさんに戻ったことに安心し、ほっと胸を撫でおろすと、ファジィル王子が頭をぽんぽんと触ってきた。
「悪かったな」
「えと……」
どう返したらいいんだろう、と戸惑っているとミドガルド様が満足そうに頷いていた。
「いやいや、いいものを見させてもらったよ、ニィリエ」
「ミドガルド様、すいません」
「ちょうどソロンやルイも退屈してるだろうし、いい土産話ができた」
ちょっとだけルンルンとしているミドガルド様も可愛らしくて素敵ですけど、それ王妃に言うってことですよね?とびっくりしてる私をよそに、ニーチェさんは何故か、まぁいいかと気楽な表情をしていた。
「まぁ、その方がいう手間省けるか」
とまぁ、あっけらかんとしていて、何でそんな落ち着いているのか少し聞きたかったが、ぐるぐる思考がさまよっているせいか言葉が出てこなかった。
そのあとアイン様のお部屋に戻るとなにやらにこにこと可愛らしい笑顔で
「ニィリエ、カミングアウトしたんだって?」
と半ば冷やかしのようにいうアイン様に対しニーチェさんはしれっと答えた。
「あぁ、その方が守りやすいじゃないですか」
「守り……?」
何から何を、とぽかんとしている私を見て一瞬苦笑した後、今日の予定をいうように、顔色を変えずにニーチェさんは答えた。
「今日のこともありましたけど、フルルの優しさに付け込もうとするやつらが多すぎ、このままじゃフルルの心が持ちませんよ」
「確かにねぇ、フルルちゃん苦労が絶えないもんねぇ」
アイン様は、うーんと可愛らしく首をかしげるも、それが頭に入ってこないくらい、ニーチェさんの先ほどの言葉が気にかかった。
「あの……えっとでも、婚約って……偽なのでは?」
「ん?まぁ、演技は必要だろ?」
「あぁ、よかったぁ、人様の人生を棒に振ったかと思った……」
あぁ、演技かよかった。
同情からとはいえ本当に婚約したとなったら、もはや優しさを超えて正気を疑ってしまう。
さすがの私も、ニーチェさんの胸倉をつかんで宮廷医さんに、診てもらおうとしちゃうところだった。
「ん?なんでフルルと婚約すると人生を棒に振ることになるんだ?」
ニーチェさんが心底不思議そうな表情で問いかけた。
「だって私、陰気だし……暗いし、田舎臭いし……」
あと、物覚え悪いし、どんくさいし、偏屈でつまらないうえに愛想もないし、と母と元婚約者に言われた罵詈雑言と、圧倒的な事実が脳内に駆け巡り少しへこみかけたが、ニーチェさんは目線を合わせて優しく言った。
「フルルはもっと自信もっていいと思うぞ、俺はフルルのこと陰気だとか暗いとか思ったことはないし、真面目でいい子だと思ってるよ」
今までそんな風に肯定されたことがなく、戸惑いつつもあまりの優しい、それこそ今までそんな優しい言葉をかけられてこなかったせいか、耐性がなく目の奥で涙がスタンバイ、というかじわじわと漏れ出てた。
「あんまり優しくされると泣きそうですぅ」
「ははは、泣け泣け」
ニーチェさんはそう優しく笑い、涙をふいてくれた。
その光景を、アイン様も優しい目で見守っていた。
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