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狐は幕を上げない

 


「清人様、結婚式の前日に申し訳ありません。軍本部から連絡が来ております、少々よろしいでしょうか」

「……まったく、そう思うなら遠慮して欲しいものだね。が、しょうがない……名残惜しいが、僕は失礼するよ」


 僕は雪乃の小さな手を持ち上げると、その指先にチュッと軽く口付けた。たったそれだけの事で顔を真っ赤にして、「あうぅ」とうめき声を上げている。

 ほんとに、なんて可愛いんだろう。憂いがなくなって、僕の言葉をちゃんと受け止めてくれるようになって、反応がより面白くなった雪乃に僕はずっとご機嫌だった。本部の老害どもが休暇中によこした、この無粋な電信にも対応してやろうと思うくらいには。


「つむじを曲げないでください。それに、どの道雪乃様はブライダルエステを受けられるのですから、その間清人様は体が空くでしょうに」

「可愛い奥さんが僕のために体を磨くのをウキウキ待とうと思っていたのに、その楽しみを奪うなんて誠一は酷い奴だなぁ」


 そう言うと、何だか嫌なものを見たかのように、顔をしかめた誠一は無言で僕に封筒を渡してきた。失礼な男だな。

 ふん、と鼻を鳴らして「極秘」と赤い霊札で封緘されたそれに印を切って中身を取り出すと、案の定例の「非公式の花の巫女」の事だった。名前は桜だったか、まぁ「監視対象-零壱」の方が関係者には通りやすいか。


 彼女が、幼少期に親の都合で移り住んだ先の田舎で、そこの地元の役場の公務員と結婚して子供が産まれたという報告だった。当然これからも監視は続けるが、これでこいつが雪乃に関わるような事は起こらないだろう。

 ああ、本当にこいつが子供の頃からガッチリ監視をつけておいて良かった。


 人権云々を騒ぐ連中を黙らせて収容する案もあったんだが。歴史に倣って戸籍上は死んだ事にしてひっそり国のために力だけ吸い上げる、表に出てない伝統の。ただ、万が一にも監視対象-零壱に何が起きたか雪乃に気付かれるような事があったらいけないから。……だって雪乃が知ったら知人ですらない女だったとしても心を痛めてしまうだろう?

 だから穏便に見えるように遠く離れた地に縛り付けたのだ。雪乃との結婚式の前に憂いが消えて良かった。


 夢でとんでもない女を自分の姿として見ていた雪乃は、それを反面教師に自分を律して過ごしたおかげでそんな女に育たなかった訳だけど。

 僕としてはもうちょっとワガママを言って欲しい気もする。雪乃は控えめすぎるからなぁ。


「根回しはしてあるから、このまま強引に進めちゃって構わないよ。大和に協力は取り付けてあるし、龍神様も了承していただいてる」

「はぁ……」

「何か言いたそうだね、誠一」


 妖力を溶かし込んで了承印を押した書類を誠一に返すとそれはそれは不満そうな顔がそこにはあった。


「だって、予知夢じゃないですか」


 苦い顔をした誠一がそれだけをぽつりと告げる。


「……雪乃がそれを知る必要はない」

「事情を話して協力していただいていたら、こんな面倒な手を取る必要は無かったでしょうに。国に特例申請までして……さとりの力を使わせるなんて……」

「誠一」


 咎めるように名前を呼ぶと彼は口をつぐんだ。有能な側近なのだが、少し雪乃に肩入れしすぎるのがちょっとなぁ。雪乃に心を砕いて雪乃を支えて雪乃に手を差し伸べるのは僕だけで良いのに。

 でもまぁ、仕方がないか。さとりの能力で読み取らせた雪乃の心の声については、こいつも同じ報告書を読んでいるのだから。

 前世の話だという事については理解出来ない単語も多かったようだが、性根まで美しい雪乃の事を深く知って惚れない方がおかしい。隠してるに違いない、僕は片想いすら許さないと、誠一は誰より分かっているからこそ留まっているのだろう。


「分かってますし、貴方を敵に回すなんて馬鹿な真似はしませんよ、秘めた思いなんてこれっぽっちも。いい加減信じてくださいって……ただ雪乃さんが気の毒だなあって同情してるだけですよ」

「雪乃は幸せだっていつも思ってくれてるじゃないか」

「勝手に心を読まれてるなんて、本人が知ったら絶対嫌がりますよ」

「おかしな事を言うなぁ……雪乃が知らなければ、それは何も起こってないのと一緒なんだよ」

「うわぁ」


 苦虫を10匹くらい噛み潰したような、とびきり嫌そうな顔をした誠一が俺に非難の目を向けてくる。


 そう、雪乃が認識してなければ、それはこの世界に存在しないのと同義だから。


 監視対象-零壱は帝都から離れた土地に追いやった。僕らのような有能で見目麗しい男達との出会いと、その後の華々しい都会での贅沢な生活を手に入れる可能性を奪ったわけで、それを知ったら恨まれるかもしれないが……平凡な幸せを手にして、もう二度と雪乃の視界に入る事は無いだろう。

 そうなるように全部手配してある。


 「妾の子である雪乃の方が後継の大和より妖気が強い」と気に病んで過剰な教育を施す龍神の家の当主夫人には精神的な支援を用意して、それでも大和の負担になりそうな時期は有名寄宿舎への留学という形で距離を取らせたら親子関係の破綻を防げた。


 さとりの能力が暴走して無意識に心の声を読んでしまう事で他人を信じられなくなるはずだった夜刀やとも、雪乃の夢から初期に解決策を知れた事で能力の封印に成功した。雪乃の側付きにしてある夜刀の妹の伽那かなも、この封印によって雪乃以外の心は読めなくなっているから2人とも雪乃が夢で見たような悲劇は起こらない。

 夜刀は違う学園に通わせて、そこで出会ったこちらと無関係の女性と普通に恋愛をしているようだ。


 大天狗の一族のたけるも、雪乃の夢の中では大怪我を負って野球選手を諦めて自暴自棄になっているらしいが事故自体防いでいる。なので雪乃と同じ学園には通わず、すでにプロ選手として活躍していた。


 鬼の右京も、武門の一族に生まれて劣等感まみれに育つ事なく、幼少の頃から我が家が全面的にバックアップしたおかげで才能を伸ばし続け……飛び級して今では海外の研究室にいる。これも雪乃の夢がもたらした福音だ。


 そして僕。夢の中では「悪役令嬢の雪乃」の迷惑を一番被っていて、常に嫉妬と束縛をされて人形みたいな喜怒哀楽のない男になっていたらしいが、まるで想像は付かないな。

 僕は初めて会った時に恥ずかしそうに笑いかけてくれた雪乃にずっと夢中だから。


 雪乃の家庭教師になる予定だった男と、雪乃の護衛になるはずだった男も含めて全員、夢の中で起きるはずだった「悲劇」や「トラブル」をこうして未然に防ぐか先に解決してそれぞれ元気に楽しくやっている。雪乃の幼馴染みになるはずだった男達は、全員。遠い地か、雪乃の目に入らない場所で。

 雪乃だって夢の先を知ってて防ごうと動いていたけど、雪乃の手を煩わせる事はない。第一雪乃が気にかけるのも雪乃が思うのも僕だけでいいんだよ。


 雪乃が気に病むような事態を防げて心から嬉しいよ。「良かった、大和お兄ちゃん、ゲームみたいにお母さんにキツい事を言われてないんだ」って……頑張って陰からこっそり助けようとしたのが徒労に終わったのにそんな事を思える優しい子なんだよ、雪乃は。

 ほんとに、ほんとに……ぽかんと拍子抜けした後に、心から嬉しそうに笑う雪乃の事を、何度隠密を解除して抱きしめて顔中に口付けたくなったか。


「雪乃さんも可哀想に……こんな面倒な男に好かれて」

「雪乃に悲しんで欲しくないし、雪乃が傷付くような事は防ぎたいと全力を出す事の何がおかしいんだい?」

「自覚無いのがまた重いんですよねぇ……」


 すぐ照れて真っ赤になるところも、頭は良いのにおっちょこちょいなところも、時々後ろ向きになってしまうのも。あの初雪のように清らかで美しい銀髪も、白い肌も、お人形さんみたいに真っ直ぐにカットされた前髪の下の薄青の氷色の瞳も全部愛おしい。

 何よりも、その冷たい容貌がふにゃりと甘く綻ぶように笑う彼女の笑顔が……一番好きだ。雪乃の笑顔を守るためなら僕はきっと何だって出来る。

 悲しませたくない、怒らせたくない、嫉妬もさせたくない。何よりそんな事を雪乃にするなんて、自分自身が許せないな。雪乃は僕に愛されて、幸せそうに笑ってるだけでいい。


「ただ、僕は雪乃に笑顔でいて欲しいだけだよ?」

 

 

 


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 あとこの話も⭐︎ぽちして評価してくれると嬉しい……!

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[良い点] 愛の重さと手回しの良さ [気になる点] ないっす(b•̀ㅁ•́)✧ [一言] 素晴らしいです(´∀`*)ウフフ
[一言] みんな幸せ☆素晴らしいヤンデレです!
[一言] すごく良かったです!
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