今日を変える
今日を変える
「これは、一体どういうことなんだ」
悠真は―ナナと名乗る少女―を、改札前のベンチに座らせて詰め寄った。
周囲を行き交う人々は、変わらぬ速度で改札へと吸い込まれていく。誰もこちらを気にする様子はない。
「同じ日が、繰り返されてるのか。それは分かる。分かるけど、理解ができない。それになんで君はそれを知ってるんだ」
ナナは少しの間、視線を落としていた。それから、静かに口を開いた。
「私も、同じなんだと思う」
「君も同じ?」
「このループから、抜け出せないの。あなたと同じように」
その言葉に、悠真は言葉を失った。自分だけがこの奇妙な現象に巻き込まれているのだと思っていた。
だが、目の前の少女もまた、この繰り返す一日の中に、閉じ込められているのだという。
「なんで、こんなことが起きてるんだ」
「分からない」
ナナは首を横に振った。
「でも、いくつか分かっていることはある」
彼女が語った内容は、悠真にとってにわかには信じがたいものだった。
悠真が眠りにつくと、翌朝、必ず誕生日の翌日の午前七時に戻される。
日付そのものは変わらない。だが、悠真以外の人間は、前日の記憶を持たない。
ただし、完全にゼロというわけでもなく、感情や違和感のようなものだけが既視感としてだけ、うっすらと残るらしい。
「じゃあ、莉奈も? 何も覚えてないのか」
「たぶんだけど」
悠真は拳を握りしめた。
何をしても、誰の記憶にも残らない。それがどれほど奇妙で、どれほど不安定な状況か、実感が追いついてこなかった。
「これを終わらせる方法は? あるのか」
ナナは少しの間、悠真の顔を見つめていた。
「分からない。でも、たぶんあなたは――」
「たぶん、何だ」
「昨日を、変えようとしてる」
「当たり前だろ」
悠真は思わず声を荒げた。
「莉奈が誕生日を忘れたから、俺は――」
「違うよ」
ナナは、悠真の言葉をさえぎった。その声は、少女には不釣り合いなほど、静かで揺るぎなかった。
「昨日を変えるんじゃない。今日を、変えなきゃ」
悠真には、その言葉の意味が、まだ分からなかった。
だが、その言葉は、なぜか胸の奥に深く刺さった。
その日以降、悠真は繰り返す一日を、自分なりに利用し始めた。
最初のうちは、単純な好奇心と、ちょっとした自棄のような気持ちからだった。仕事を無断で休んでみた。上司に電話一本入れず、代わりに一日中、行ったことのない街をぶらぶらと歩いた。
だが、翌朝になると、上司は何事もなかったかのように悠真に話しかけてきた。まるで昨日欠勤した一日がまるごと、存在しなかったかのように。
競馬にも手を出してみた。インターネットで調べた「本命馬」に、有り金をすべてつぎ込んでみた。結果は的中、普段見たこともない額の払戻金を手にした。だが、翌朝目を覚ますと、その金は跡形もなく消えていた。
まるで、昨日の勝利そのものが、なかったことにされたかのように。
映画館にも足を運んだ。朝から晩まで、上映されている作品を片っ端から見て回った。
誰にも咎められることなく、何時間でもスクリーンの前に座っていられた。周りにいるのはもちろん毎日同じ人達だった。
だが、それすらも数日と続けば、次第に色褪せていった。誰の記憶にも残らない体験というのは、どれほど贅沢であっても、どこか虚しさを伴うものだった。
莉奈に対しても、悠真はいくつかの「実験」を試みた。ある日は、これまで我慢してきた不満を、そのまま口にしてみた。
「お前、スマホばっかり見てるよな。俺と一緒にいるときくらい、こっちを見ろよ」
莉奈は驚いた顔をして
「ごめん、気をつける」と謝った。
だが、その謝罪は、まるで温度のないものに感じられた。次の瞬間には忘れ去られる約束を、悠真は分かっていながら聞いていた。
そして翌朝には、やはりその会話そのものが、なかったことになっている。
別の日には、思いつく限りの優しい言葉を、莉奈にかけてみた。「いつもありがとう」「お前がいてくれて助かってる」
莉奈は嬉しそうに笑い、いつもより饒舌に話をしてくれた。だが、それもまた、翌朝には忘れられている。
何をしても、何も変わらない。その事実は、悠真の心に、じわじわと重くのしかかってきた。
繰り返しの中で、悠真は幾度となくナナのもとを訪れた。
「どうすれば終わるんだ、これ」
同じ問いを、悠真は何度も繰り返した。ナナはそのたびに、少しずつ違う答えを返した。
「あなたは、何を変えようとしてるの」
「もちろん、莉奈との関係だ。あいつが、俺の誕生日を覚えてなかったこと。それを、なんとかしたいんだ」
「それだけ?」
ナナの問いに、悠真は言葉を詰まらせた。
「それだけじゃないと思うな」
ナナは続けた。
「あなたが本当に欲しかったのは、誕生日を祝ってもらうことじゃないと思う」
「じゃあ、何だって言うんだよ」
ナナは少しの間、遠くを見るような目をした。
「共有する時間がずっとあるわけじゃないって、相手にもその時間を大切だと思ってほしかったんじゃない?」
その言葉は、悠真の胸の奥深くに、静かに、しかし確かに突き刺さった。悠真は何も言い返せなかった。
ただ、自分でも気づいていなかった本音を、目の前の少女に言い当てられたような、奇妙な感覚だけが残った。




