36.本土決戦
「フィリーーー!」
たまらず物陰から飛び出したが、トバルガインと目が合った瞬間、動けなくなる。
あの間合いに入ったら両断される。そんな未来が見えた気がした。
どうする? どうする?
こんな事態は想定外だ。早く手を打たなくては!
案を出しては却下していく。
焦燥に駆られる私を尻目に、トバルガインが動く。
長剣を引き抜き、鞘に納めると、私たちを見据えたまま後退。
やがて踵を返し、出口に向かって歩いていく。
腕を潰した男は抗議しかけたが、結局何も言わず後を追う。
とどめを刺さない? なぜ?
私の疑問に答えてくれるものはいない。
そのまま死守を命じられた信徒たちと合流すると、転移陣を使い、ダンジョンから撤収していった。
奴が何もしないで引いた意図に思いを巡らすが、分からない。
フィリーがたまらず膝をついたのを見て、疑問を棚上げして駆けつける。
彼女がやられた。
信じられなかったが、傷口と、そこからあふれ出る鮮血を目の当たりにして、ようやく受け入れることができた。
止血のため、布を重ねて強く押さえる。流れ出る血がなかなか止まらず、押さえる手にも力がこもる。
幸い急所は外れていたのか、激しかった出血も少しずつ弱まり、赤く染まっていく布の広がりも勢いを失っていく。
「まさか、ボス自らお出ましとはね。あれは本当に人間なの?」
安堵によるものか軽口が出たが、その安堵も彼女の一言で霧散する。
「首魁は魔術師だった。あいつじゃない」
……は?
あんな化け物がもう一人いるってこと?
あまりの事実にめまいがしたが、今は彼女の処置が優先だ。
彼女を、少しでも安静にできる場所へ運ぶ。
食事の代わりに周囲からエネルギーを抽出して糧にしていると言っていた。
どれほどの足しになるか知れないが、ダンジョン内でもひときわ気の流れが強い場所を選んで観察することにする。
フィリーが負傷するという想定外はあったが、ここで歩みを止めるわけにはいかない。
交渉できる相手とも思えない。生き残るためには、迎え撃つしかない。
来る決戦に備え、すぐに防衛陣地の強化を開始する。
はじめに失った兵士を補充。
次いで街で仕入れた武器や魔術具、兵器を複製して配備していく。
複製に注力するため、通路や特火拠点などの整備は、ケボン指揮のもと、ゴブリンたちを主軸に行わせる。
寸暇を惜しむ事態であるが、武器の下賜は大々的に行うことにした。
普段は立ち入りを禁じている最下層に多くの兵士を集め、推挙があった者、先の戦で活躍した者の名を挙げ、私自ら武具を手渡していく。
このフロアに集められた兵たちは、漏れなく武器を下賜する強者たちであるが、名を挙げられた兵に集まる視線は熱い。
名を呼ばれた兵も視線を集める中、活を入れ直し、己を奮い立たせる。
中でも功労一等に挙げられたウルズスは、感動と闘志が入り混じった、なんとも器用な表情をしていた。
ダンジョンの再構築が進むなか、ときより時間を作ってはフィリーの容態を確認しにいく。
今は変身を解いて本来の姿で眠っている。
回復に努めているのか、ほとんどの時間まどろんだ状態で過ごし、意思の疎通は難しい。
優しくさすってみるが、目はまどろんだまま、覚醒の兆しはなさそうだ。
「ううん。た、食べないでー」
彼女が良からぬ夢を見ているのは分かった。
「食べないから。……まずそうだし」
それだけ告げて、再び作業に戻る。
告白しよう。
彼女を捕食して健全な体に作り直そうかと考えがよぎったことがある。
しかし、その目論見は予想外の出来事から、すでに諦めている。
先日、金策のためフィリーから剥いだ龍鱗を複製しようとした時だ。
ダンジョンに取り込んだ瞬間、表現できない不快感に襲われ、たまらず龍鱗を吐き出してしまった。
魔力が足りないのか、相性の問題なのかは分からない。
もう一度、試そうかと思ったが、その強烈な不快感から実行する気になれなかった。
……捕食できないものは仕方ない。禁則事項のようなものだと割り切ることにした。
陣地構築は、膨大な手間と時間を要し、時間がいくらあっても足りない。
敵方も私たちの事情に合わせて、侵攻を待ってはくれないだろう。
先の大規模偵察から、十日足らず。
ついに円環の徒の本体と思われる一団がダンジョンを前に布陣した。
黒一色の戦装束に、白を基調としたマントを羽織っていた集団。その数は百を超えている。
手を抜いていたとはいえ、最奥まで到達した偵察隊の十倍の戦力だ。
しかも、あの中には首魁と、フィリーを害した剣士もいるはずだ。
「嫌になるわね」
偵察に長けたゴブリンに意識を移して、布陣を固めていく様子を確認する。
我がダンジョンの攻略を始めるのも秒読みの段階である。
ほどなくして、円環の徒の動きに変化が生じる。
もとから静かな一団が、さらに物音を殺して、隊列を組み侵攻してくる様は、私から見ても異質な印象を受ける。
入口の手前までくると、二人の魔道師が隊列から進み出てくる。
深く瞑想し、詠唱を開始する。
また強力な範囲魔術で周囲を焼き払う算段だろう。
その戦術は正しい。私もそうする。ゆえに対策を行うのは至極当然のことである。
ドヒュッ ドヒュンッ!
魔術発動のトリガーとなる詠唱より早く、ダンジョンの奈落から槍ほどもある矢が飛翔する。
据え置いた二台の弩砲から発射された矢が狙い違わず、術師を射抜いた。
この展開を予想していた私は、攻城戦に用いるような大型のバリスタを設置していた。
いきなり出鼻をくじいたにもかかわらず、奴らの動揺は少ない。
少し距離をとった程度で、すぐに隊列を元に戻す。
すぐさま盾持ちの信徒でバリケードを作り、その後ろで別の魔術師が詠唱を開始する。
矢を放った直後から次弾を準備し始めるが、この弩砲の装填は一分ほどの時間を要する。
それでも魔術発動より先に矢を放つことができたが、相手の対策どおり、傾斜させた盾に弾かれてしまった。
『インフェルテガーティオン!』
続けて、最上位燃焼魔術をダンジョンめがけて打ち込んできた。
今の一撃で弩砲を操作していたゴブリン兵は、逃げ出す暇もなく消し炭となる。
炎の勢いが治まると、地下壕に籠っていた兵たちは飛び出し、防衛陣地についていく。
円環の使徒たちも何班かに分かれながら、次々と入口をくぐってくる。
いよいよ本土決戦が始まった。




