29.龍の従者
自身の成長に満足していたわけではないが、アイゼンエルツでガーディアンやコアと戦い、手応えを感じていた。
しかし今日、傷をつけることすら困難な龍と戦った。その相手と互角にやり合う人間がいることを知った。
この世界には、私を凌駕する生物がごまんといる。
とはいえ、ただ悲観するのは時間の浪費でしかない。私はまだ生きているんだ。
「帰ろ」
無性にダンジョンの拡張と戦力強化を再開したくなったのだ。
私はかろうじて生き残った数名の兵たちを再編すると、帰路に就く。
ダンジョンに向かい歩き始めると、フィリーも大地を揺らしながら私の横に並んで歩く。
?
進む方向が一緒ということもあるか。
そう自己解決して歩み続けるが、ついにダンジョンが視界に入る距離まで戻ってきても、フィリーは当然のように隣にいた。
「なんで付いてくるし」
「うん? だって勝負に負けたから。今日からラキアは私の主だ。主に付き従うのは当然だ」
主である私のことを呼び捨てか。一人称も「我」から「私」になってるし。
それにしても想像より厳しい主従関係だった。
勝負の前にその辺をはっきりさせていなかったが、私は地龍側の勢力を支持するとか、必要な時に戦力を融通するくらいの感じだと考えていた。
まあ、当人がそれで良いと言っているなら、わざわざ話す必要もないか。
ダンジョンに到着し、留守を任せていたケボンが駆け寄ってきたが、隣にフィリーがいるのを見てギョッと驚く。
私が勝負の推移と顛末、その結果、地龍フィグネシアことフィリーが家来のようなものになったことを報告する。
話を聞き終えたケボンを筆頭に、留守を守っていた仲間たちから惜しみない称賛が、私や散っていった戦士たちに贈られた。
称賛が一段落すると、さっそく失った戦士たちを複製し直すため、ダンジョンに入ろうとしたのだが、フィリーが困ったことを言ってきた。
「なぁラキア。ちょっとこのダンジョン、私には手狭なんだが。パパッと広くできないか?」
屋根付きの住処を所望するとは、どこまで図々しいんだ。それとも家来の面倒を見るのも主君の務めだと考えているのかもしれない。
それに地龍なんて、とんでもないモンスターが入口に寝ていたら、誰も侵入しようとしてこないだろう。それは、私の望むところではない。
「なんなら私が掘ろうか?」
「やめい!」
ダンジョンは私自身だ。これまでも、これからも私の意思で拡張を続ける。それを誰かに任せるつもりはない。私の強い意志を感じ取ったのか、フィリーは自分で掘る案を諦め、続いて閃いたことを実行した。
「それなら仕方ない。人化して小さくなるか。うまくいくかな」
何か呪文をつぶやくと、フィリーの全身が発光し、シルエットがみるみる人間の形に変化し始めた。
なにそれ?
そんな魔術は聞いたことがない。街で読んだどの魔導書にもそれらしい記載がないということは、龍種に伝わる魔法だろうか。
あの巨体がものの数秒で大きさも形も人間のそれになり、光が収まると、そこには一糸まとわぬ体躯の良い女性が佇んでいた。
腰まで届く長い髪は、その身を覆う鱗と同じ紺色。頭頂部にはひと房の毛が大きく跳ね上がっている。何かの感覚器か?
顔立ちは大人びているものの、まだ少女の面影も残しており、鮮やかな青色の瞳は勝気な意志の強さを宿している。
背丈は私より頭一つ高く、しなやかな筋肉のラインが浮かび上がる引き締まった体をしているが、女性らしい丸みと肉感を併せ持っていた。
フィリーは、自分の肢体を一通り確認すると「よし」と頷いてダンジョンに向かって歩き出した。
「待て、待て、待って!」
私は慌てて彼女の前に回り込み、ストップをかける。
こんな痴女を私のダンジョンに入れるわけにはいかない。
彼女の体躯は戦士としても女性としても完成の域だ。種族が違うゴブリンですら見とれている。
間違いが起きるとは考えていないが、発情されては防衛体制に影響が出る。
私は彼女の鍛えられた肉体を褒めつつ、ダンジョン内の秩序について諭してみたが、
「うむ。私は至高の存在だからな。何者に擬態しても完璧だ。どうだ!」
「いいから服を着ろ!」
さらに筋肉をアピールするフィリーにげんなりしつつ、私は空間から厚手の布を取り出すと、要所要所に巻き付け縛っていく。
動きが制限されると文句を言ってきたが、後で動きやすい服を一式用意するから、しばらく我慢するよう命じる。
彼女を帯同し、最奥に向かう。
コアの存在が頭をよぎったが、正直心配するだけ無駄だと思えて仕方ない。
今までが全部演技で、最奥に着いた途端コアを奪取しにきたら、むしろ褒めてやりたいわ。
向かう途中、周りを見渡したり、匂いを嗅いだりしてせわしない。
「意外と清潔で安心した」という発言には、曖昧にうなずくことしかできなかった。
あと、フィリーの食事事情について確認すると、なんと食べ物を積極的に摂る必要はないという。
周りの空間からエネルギーを抽出して生命活動を維持しているらしい。この場所は質の良いエネルギーが循環しているらしく、気に入ったとも言っていた。
……なんかダンジョンの仕組みと似ているのは偶然か。
そんな会話をしているうちに、最奥に到着。
今後の対応について方針をまとめ、フィリーやケボンといった主要メンバーに共有する。
近い将来、「理を歪めるもの」たちと衝突することになる。相手がこのまま諦めて手を引くとは思えないし、私自身、売られた喧嘩をなかったことにするつもりはない。
相手はおそらく、ダンジョンの偵察から始まり、次いで強行偵察。それに並行して作戦の立案と物資の調達。その後、小規模な侵攻を行い、最後に決戦になると見ている。
王国軍なら準備に四、五か月は必要だと思うけど、奴らなら二か月でやって来ると思って準備した方がいい。
主戦場はこのダンジョン。本土決戦は避けたいところだが、ダンジョンは私にとって唯一最大のアドバンテージだ。
「ケボンは敵が行使する大規模攻撃から兵を守るための防衛陣地を考案。案をもとに私が作る」
「フィリーは兵を鍛えて。方法は、死闘という名の演習をすればいい。兵士は壊れても私が直す」
見込みのある戦士には質の良い武器を与えてやりたいから、フィリーやウドーに兵の評価を依頼する。
そのためにも私は、先の戦闘で消耗した兵士を再生し、並行してダンジョンを拡張し、金策を進める。
そして相手が使ってくるだろう戦術を知り、逆手に取る準備をする必要がある。
貯めていた魔力を使い、兵士の複製を始める。
フィリーとの戦闘で頭角を現した兵、腰が引けていた兵もすべて複製する。恐怖して動けなかった兵士にも一度チャンスを与えることで、何かに目覚めることがあるかもしれない。
その後は、ダンジョンの拡張。それまでの六階層から一気に十一階層まで、ダンジョンを深く大きく広げていく。
広げる際、外を旅して見て、感じ取った情景を意識しながら行うと、ダンジョンの中に森や泉が生まれた。空や雲まである。太陽はないが昼間のように明るい。夜になったら暗くなるのだろうか?
そして、ついに六階層に転移陣が現れた。
宝箱と同じく、ダンジョンを拡張すると勝手に生み出される侵入者用のアイテムだ。
これを使えば、一階層まで瞬時に戻ることができる。
フィリーが面白がって何度もこれを起動して遊ぶ。かなりの魔力を消費するからやめろ!
これを自由に作れるようになれば、安全かつ瞬時にアイゼンエルツと行き来ができるようになると期待したが、まったく原理が分からなかった。自分が生み出したもののはずなのに複製できないのは、納得できない。
諦めがつかないでいると、ケボンが遠慮がちに慰めてくれる。
「意識しなくても心臓は鼓動を刻みます。また、自分の意思で止めることもできません。この装置もそういった類なんでしょう」
そう言って自身の胸に手を当てる。
私は同意して一度大きく深呼吸する。ひとまずポーターの解析は後回しだ。
さて、階層も広げたし、地形を自在に操るコツもつかんだ。
次は金策だな。




