プロローグ
最初、それは乳白色の球だった。
湿った土と岩に囲まれた、洞窟とも呼べない小さな穴蔵にそれは静かに存在していた。
ときおり迷い込む昆虫や小動物を捕食しながら、ゆっくりと無秩序に拡張し続ける。
そんな目的のない洞窟拡張を続けること幾年月。
ある時、ふと疑問が生まれた。
…………私は何だ?
ついに自我を獲得する。
最初に芽生えた感情は、飢えでも恐怖でもない。疑問であった。
これまで自然と行ってきた行動に、なぜそんなことをするのか疑問を抱いた。
その問いに答えなど得られないと諦めかけていたが、その疑問はあっけなく解決する。
天啓が降りてきたのだ。
「目覚めましたね。」
声が響く。
耳など持たないはずなのに、はっきりと聞こえた。
それは音ではなく、直接意識へ流し込まれてくる。
目も持たないが、おそらくここではない、どこか遠い場所から語りかけていると分かった。
「あなたは、このダンジョンの主。」
ダンジョンの主。その瞬間、私の個が確立する。
そうか私はこの洞窟の、ダンジョンの主なのか。
「あなたの目的は、思うままにダンジョンを拡張し続けること。そして何人の踏破を許さない災悪のダンジョンとなることです。」
続いて存在理由を得た。
その瞬間、私のとってきた行動に意味が宿った。災悪のダンジョンとなるためだった。
「それでは、あなたの活躍を願っています。また深淵に近づいたらお会いしましょう。」
それを最後に天啓を与えてくれた相手の意思が遠くなっていく。
待ってくれ。
そう思った瞬間、私は初めて自らの意思で問いかけていた。
……どうすれば深淵に近づけますか?
口を持たない私の質問に初めて相手から、驚きと愉悦が混じった感情らしきものを感じる。
「面白い個体。……深淵に近づくには試行錯誤です。リスクを恐れず進み続けること。もし道半ばで果てたとしても挑戦の結果であるのなら、私は慈しみをもってあなたを迎えましょう。」
そのアドバイスを最後に、今度こそ相手の気配があとかたもなく消え去った。




