2035年冬も冬も終わろうとするオーストラリアで留め置かれました
ビザなしでも就労するわけではなく、観光目的でオーストラリアに滞在していいはずだが、40年前に観光できた時よりも短い観光期間で留め置かれることになりました
2035年冬も終わろうとするオーストラリアで、長いこと止め置かれることに
オーストラリアは、ヨット、パラグライダー、バイクで40年ほど前から関わっていて
今回馬でなく車としたのは、
OG馬は日本人のいうことを聞かない
これに尽きる。
さて、車は買えた。
そこで退屈しないように
昔取得したVK4KHZ
のアマチュア無線のコールサインを再交付できないか
QLDのスペクトラム管理
を訪ねることにした。
いろんな事務との合同事務所みたいなところで、昔取得して、
長い手紙
をVK7KHZからもらって譲ったが、今は使われていないはずだと口頭で相談。
そこで、なぜか昼から夕刻まで待たされたあと
誰もいなくなったところで
制服組に部屋に呼ばれた。
ピースボートのツアーを脱獄していついてしまう考えは、甘かったようだ。
それまでの南半球に逃れた高揚感はいっぺんに冷めて
北半球でサツマイモを食べていればよかった
と思い始めた時には、事すでに遅し、であった。
日本の入国管理で留め置いて死亡したなどというニュースを昔聞いたことがあったが
オーストラリアでは、どうなのだろうか。
係官曰く
そういう日本人が多くて仕事が溜まっている
こう聞いて、ちょっとは安心した。
食べて寝ることには困らないが、自由を束縛されると不満と不安が募るばかり




