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黄昏の境でお別れを  作者: 星畑ゆすら
神隠し狐の帰郷
19/26

狐火を囲いまして質問どうぞ

 

 アズトが妖狐兄弟の帰郷の旅路についていくと決めたその日の夜。

  安全性を確認した上で早々に野宿の場所を川瀬近くに確保して焚き火を囲んでいた。


 その中で白築が愚痴がこもった溜息を盛大に吐いている。


「まったく、兄上になんということを…」


(その兄上が自ら進んで食材焼いてるのだが)


 目の前の炎の色は普段見慣れた赤色のではない。明るく白色のかかった青色の炎。


 青白い火元で木の枝に貫かれた魚や食しても害の無いきのこ等、本日の晩御飯がパチパチと音を立てながら焼けている。柔らかくて頼りの無い色をしているが食材を焼く火力としては何ら申し分無い温度を発している。


 その火種は白築の兄である夕凪によって生み出されている。つまりは狐火だ。


「構いませんよ。アズト様に拾われてから人型を保つ以外で妖力を全く持って使用して来ませんでしたから」


「ですが、」


「これ以上の放置は真っ黒に焦げる。炭になってしまう前に君も早くお食べ」


「むぐ、喉に刺さるっ貴様危ないだろうが!」


「毒はありませんし、美味しいですよ。白築」


 いきなり口にきのこを突っ込まれた白築がこちらをキッと睨んでくるが、隣りで兄がにこにこと食べてるのをみた白築は少しの沈黙を置いてから、ぶつぶつと何やら文句をいいながらも大人しく食事を取り始めた。


「アズト」


「なに」


 初めて白築から呼ばれた。

 胡座をかいてはいるが少し姿勢を伸ばして若干改まっている様にも見える。山吹色の眼差しを真っ直ぐに此方に向けてきている。


「我らと行動を共にするにあたって幾らか聞きたいことがある」


「答えられる範囲であれば」


「兄上は敢えて聞かなかったようだが俺は聞く。アズト、お前はなんだ?」


「質問に質問で返すけれど、君にとってボクはどう見える?」


「初めてお前と見えたとき、神隠しの山に住んでいるというのは確かに異様ではあったが、人間の匂いが僅かながらにあって妖力も霊力も感じぬ故、感が鋭いだけの人間だと思っていた。…今は違う。お前は異様だ。お前は、なんなのだ」


 その質問は屋敷で過ごす間に夕凪からは一切尋ねて来なかったものだ。夕凪が自らの力のみで歩ける様になって間も無い頃、あの時期の身体はバッサリと切られた腹部と背中の傷口が塞がっていたとはいえ動き回るだけで痛みが伴う状態だった筈。


 それにも関わらず当の夕凪は何処からか湧いてくる謎の執着心を持って体の痛みを押し殺して、隙あらば与えられた部屋から抜け出していた。


 そして、にこにことした笑顔でアズトの後ろを粘着質につけ回してくる。何度、大人しく安静にしろと言い聞かせ布団に簀巻きにして部屋に押し戻してきたことか…。

 あの頃、謎の攻防戦と化していたそれは間違いなく無駄な手間でもあったし、何より夕凪の治療を阻む要因でもあった。


 脱走対策として夕凪を何時も以上にぐるぐると布団に簀巻きにして、その上で重石を追加して絶対に抜け出せないようにしたかっけれど重石の準備中に通りかかった三重によって実行は寸前で止められて終わってしまった。


 あれ程…今もだが、兎に角執拗い夕凪が何故かアズトの出自などに深く関わるものは殆ど質問して来なかったのだ。

 もしかしていたら三重がボクに内緒で教えている可能性があるかと思ってしまうぐらいには不思議だった。


「この世界、国にだって、霊媒師、陰陽師だったか。人間だろうと人間から離れた特異な存在は色々といるだろ」


「あれらは、確かに異能を兼ね備えた人間だがそれ故の力の流れや気配を我等は感じ取れる。しかし、お前からはそれらが残滓すらも感知出来ぬ」


「上手く細工して隠しているだけかもよ」


「そうだとしても普通の人間は恐れもなく瞬時の判断で妖を素手で相手取りなどせぬし、お前がねじ伏せた俺の部下である射野は決して弱くなどはない」


「戦闘経験を豊富に積んでいれば人間でも出来る範囲内の筈だけど。それに、君の部下はあの時、油断していただろう。ボクはその隙をついただけだ」


「それだ」


「…?」


「俺からみたお前は自身が人間であるというよりも、人間でも出来るだろうという行為に拘って模範的に動いてる」


「…」


「しかも、その真似事が全く出来てなどいない」


「…えっそうなの」


 白築に指摘されて、自分の口からつい出てしまった言葉が反論では無いと気づいて、あっ間抜けだなと思った。


 これでは、


 「認めたも同義だな。お前の反応は」


 「……」


 その通りだった。

 じとっと呆れた視線を寄越してくる白築とぬけぬけとした自身の受け答えが余りにも馬鹿だし地味に痛い。

 こういうことを墓穴を掘るというのだろうな。


 「で、どうなんだ」


 「別に隠していたわけじゃない。アズト自身を説明するのは色々とややこしい。君の言う通りボクはアズトは確かに人間じゃない。だけど、君たちでもない。…ここまでで許容してくれないか」


 「だめだ、しっかりと答え」


 「白築」


 これ以上の追求をとしてくる白築を遮ったのは夕凪の声だった。柔和な笑みを口に貼り付けている。気の所為だろうか。何時も見慣れた笑顔と同じ形をしているのに質が違う気がする。


「はい、兄上」


「私もアズト様に関してはこれ以上詮索しなくてもいいと思う。アズト様もここまでと仰られているし、何よりも、これ以上は大恩があるアズト様に対して失礼だ。いいね」


「はい、俺もこれ以上を。とは思っておりませぬ。こやつに関しては闇雲に人間だと主張されるよりも、その方が信じられる」


「やけにあっさり引いてくれるんだな。どうして…」


 アズトの疑問に白築はくいっと顎を引いてアズトをみた。正確にはアズトではなくアズトの右隣から背後に移動してきた夕凪を。

 夕凪は変わらずに笑っているのだが、その兄の笑みを恐る恐る伺うように見る弟の顔は対照的に青ざめている。


 怖気ない物言いをする白築だが兄に対しては強く出られない性分のようだ。これ以上、顔色が青くなるよう場合、大丈夫かと声を掛けをすべきなのだろうか。


 こくこくと首を縦に振る白築の様子は、三重の部屋の窓辺の片隅に置いてある、あの人形。

 削りが少し粗い造りをしていて触ると首が上下に動き四足で座っている獣の人形に少しだけ似ていた。


 三重は今頃、どうしているのだろうか。

 アズトが役割の延長上でも無い理由で山の守りを離れるのは初めてだった。


 しかも、三重の口添えがあったとはいえアズト自身の意思で。


「他に質問ある?望む答えは確約しないけれども」


「お前はいつから神隠しの山の番人をしている?何故、無事でいられるのだ」


「いつからか、というのは難しい。無事でいられるのも少し違う。アズトはある誓約と対価の下、志ノ沙山に従事しているに過ぎない」


「その誓約と対価とは」


「それは教えられない」

 

「なら後はもういい。本当はまだ色々とあるが期待通りには答えてくれなさそうだ」


 それ以降の白築は狐火によって炙られた食材を黙々と口に運んでいた。


 背後に回っていた夕凪は妖狐の姿に変化している。

 アズトは夕凪のふかふかとした柔らかい脇腹に背中を預け焚き火を挟んで向かい合っている白築からの邪険な視線を浴びながら少量の食事を摂った。

 目の前で揺れる狐火から視線を外して空を見上げる。夜もかなり深くなってきた。そろそろ火の番を除いて他は眠りにつく頃合だろう。

 でも、その前に白築との話ではっきりとさせたいことが出来た。


 「ボクも問いかけ、いいだろうか。白築じゃなくて夕凪…いや、もうどちらでもいいや。知りたいことがあるんだけど」


 「なんだ」


 「はい、アズト様。何なりとどうぞ」


 「ボクが読んだ書物のひとつに妖は安易に名前を教えてはいけないという記述がされていた。名を利用した術式には命の危機に繋がるものがあると。これは本当?それとも違うの?」


 青い焚き火に焚べられていた枝がパチリと音立てて割れた。


 「間違いなどではない。名は己だけではなく他を繋ぐ基盤としての役割を大きく果たす。その結びの強さは極稀に血の繋がりをも凌駕する。それを利用した魂の支配が禁忌とされている」


 「そう。でも君は僕に名乗ったよね。白築は偽名なのか」


 「白築は父母から賜った紛うことなき俺の名だ」


 「君がアズトに名乗りをあげたあの場にはそれ以外もいたんだぞ」


 「名の楔を根源とした魂の支配は大昔のある日を境に喪われた。今はその術の記録と風習が形骸化して残っているだけだ」


 「喪われた?どうして喪われたの」


 白築から説明を受けていると背中を預けている夕凪の灰金色の尾のひとつがゆらりと近づいて来てアズトの頬をゆっくりと撫で回して擽ってから視界を遮った。

 邪魔だと思っていると今度は白築に取って代わって夕凪が続きを語り始める。


「幾千年も昔の話しです。我ら妖の最も古き祖、神として崇められ妖がおりました。いくつもの名を持つ偉大な御方で我等は辻刄(つじや)様と呼んでおります。辻刄様はその強大な力、特に魂の扱いに長け魂に根ざした名を知るだけでも、その名の所有者の命を輪廻を含めて掌握することが可能でありその力を持って我等を統治していたと伝えられております。故に辻刄様に謁見する際には特例を除き名を伏せて別の名を用意する妖が数多く存在しておりました」


「過去形だね」


「左様です。辻刄様が前触れもなく夥しい血を残して突如として消え去ったのです。私や白築が生まれる前なので当時の様子は知り得ませんが、かなりの混乱を極めたそうです。そして今に至るまで名を通して魂を支配しえる力を持つ者は現れておりませぬ」


「成程、その辻刄様が謎の失踪を起こしていなくなってしまったから名前を隠すという行為が不要になってしまったのか」


「えぇ、白築の言った通り風習として一部分は生きておりますが……アズト様はこのような質問を何故されたのですか?」


「気になっただけだよ。目を通した書物は人間側が記述した物だったから。それに白築は迷いなく名乗って来たし出発する前の会話では君の母親の名前まで堂々と身内外であるボクがいるのに出していたじゃないか。持ってる知識と合わないから確認しただけ」


「妖より短命な人間の記録は更新が早く歪みやすいですからね。でも大丈夫です。アズト様がお読みになった書物は間違っておりませんよ」


 口には出さないけれども。


 実の所、夕凪がアズトからの名付けを求めて拘る理由を、あの必死な行動原理を。本当にアズトと接点を持つだけの為だったのか疑問が少し残っていたのもある。


 目の前で視界を遮っているふさふさとした灰金色をした尻尾をムギュっと掴む。夕凪から、あっという少し上擦った高め声が上がった。そんなに力を入れたつもりはなかったのだが痛かったのだろうか。


 これ以上の悪さをさせないように両手を使って掴んだ尾をそのまま腕の中に抱き込んだ。腕の中でバタバタと暴れている。陸に引き揚げられた魚みたいにジタバタとうねっている。さらにぎゅっとすると今度は大人しくなった。


 夕凪の心臓が動く度に温かい熱と脈拍が凭れかかっている背中越しに伝わってくる。


 果たして夕凪は一族の元に戻っても本当に大丈夫なのだろうか。その時はその時で仕方がないけれども。


 アズトの最優先事項は三重との誓約だ。違えてはいけない、必ず果たさなければ。


「もう、寝よう。教えてくれた礼に火の番はボクがするから君たちは休むといい」


 抱き込んだ夕凪の尾は既に暴れてなどいないがアズトは解放せずに腕の中に抱きしめたまま火の番を夜が明けるまで請け負った。

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