クッキー作りの前の下準備
これからクッキー作りを始めようという中、僕はこっそり麦嶋を呼び出す。
「何?」
「お前ら、本当に三枝さんに呼ばれたのか」
「ええ、そうよ」
飄々といった様子で答える麦嶋。
「だったら、なんで遠野もいるんだよ。遠野は麦嶋とも、三枝さんとも接点がないはずだろ」
そう、二人が遠野と交流している所などまるで見たことがない。だから、遠野の連絡先を知っているのはおかしいのだ。
「あら、私、遠野くんの連絡先知ってるわよ」
「えっ、なんで」
麦嶋の発言に、僕は驚きを隠せない。いつの間に接点を持ったのだろうか。僕はそんなこと知らないぞ。
「ほら、一緒の授業があるじゃない。授業の後に遠野くんの後をついて行って連絡先を交換したのよ」
まるでストーカーである。というか、遠野もよくそんな怪しいやつに連絡先を教えたな。知能情報学科なのだから、自分の情報にはもうちょっと気を遣ってほしいものだ。
「でも待て。いくら麦嶋が連絡先を知っていても、三枝さんが知っている理由にはならないはずだぞ」
この場に二人を呼んだのは三枝さんだ。三枝さんが連絡先を知らないと意味がないはずである。
「だから、教えたのよ。三枝さんに」
「……」
哀れにも遠野の個人情報はすでに他人に流出しているらしい。よく知らない人に自分の情報を教えるというのがいかに危険なのかよくわかる。これからは個人情報の取扱に気をつけてもらいたいものだ。
……それにしても、どうして三枝さんは二人を呼んだのだろうか。もしかして、前回のクッキー作りで僕に愛想を尽かしてしまったのではなかろうか。
そんな不安を見透かしたように麦嶋が僕に話しかける。
「まあ、私が三枝さんに私達二人を呼ぶように提案したんだけどね」
「何でだよ!」
思わず大きな声を出してしまった。いや、僕は悪くない。悪いのは麦嶋だ。
「ほら、羽田だけじゃ不安じゃない。だから、私達二人が手助けしてあげようってわけ。まあ、個人的にも三枝さんに会っておきたかったっていうのもあるけど」
麦嶋が笑いながら言う。なんて厄介なやつなんだ。というか、一番最後の言葉が本音だろ。全く、とんだトリックスターだ。
僕がむっとした顔をしていると、それを無視するかのように麦嶋は小さな声で囁く。
「多分、三枝さんはね、不安なんだと思うの」
さっきと打って変わって、麦嶋は真剣な表情をこちらに向けていた。
不安?
三枝さんが?
不安という言葉ほど三枝さんに似つかわしくない言葉があるだろうか。僕には不安そうな三枝さんを想像することができなかった。
「三枝さんは、今までずっと一人だったでしょう。それって、とても辛いことなんだと思うのよ。不安で寂しくて……だから、そんな気持ちを悟られないためにも強く、冷たくならざるを得なかったのよ」
「それって」
おかしいはずだ。一人で寂しいのなら、不安なら、人を寄せ付けない態度なんて取るはずがない。麦嶋の言っていることは間違っているはずだ。
「おかしいと思う? そうね、確かに普段の彼女の様子からは矛盾しているように見えるわね。でもね、きっとそれは矛盾しないことなのよ。現に、私達が来ることを了承してくれているわ」
確かに、人を寄せ付けない彼女の性格なら二人が来るなんて提案はすぐさま跳ね除けるはずだ。でもそうしないということはきっと何か理由があるはずだ。二人を迎え入れる理由、そして、彼女が一人であろうとする理由……僕には分からない。分からないが、僕はその理由を知らなくてはならない。そんな気がしている。
「私は、彼女の気持ちを知りたいの。彼女が何を考えて生きてきたのか、知りたいと思うの。……人の気持ちを察しようとするなんて傲慢かもしれないわね」
ふっ、と息を吐く麦嶋。
「まあ、気にしないで、羽田は羽田のしたいことをしてちょうだい。そのほうが三枝さんも喜ぶでしょ」
それもそうだ。人には向き不向きというものがある。僕にはそんな小難しいことなんて分からない。考えても無駄というものだ。まあ、小間使いに向いていると言われると否定したくなるが。
「さあ、戻って三枝さんの話を聞きましょう」
そう言って僕らは三枝さんのいる部屋に戻っていった。




