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クッキーフレンド  作者: 加護景
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プロローグ

 甘い香りがする。


 甘くて香ばしいこの匂いは……そう、焼きたてのクッキーの匂いだ。


 大好きなクッキーの匂い。誰かがクッキーを焼いてくれたのかな。嬉しくなって深呼吸してみると、クッキーの匂いが胸いっぱいに広がる。たまらなく気分がいい。


 幸せな気分に浸りながら、ゆっくりと瞼を開ける。目の前には、ふたつの顔が覗き込んでいる。パパとママだ。どうして覗き込んでいるのかな。


 無事でよかった、とママに思いっきり抱きしめられる。突然の行動に困惑を隠しきれず、ポカンと口を開けてしまう。あれ、おかしいな。ママはいつも厳しいのに。どうしてだろう、今日はこんなにも優しい。いつも怖い顔をしているパパも今日は和らいだ顔をしている。


 ……少し頭痛がする。そもそもここは何処なのだろう。お尻には柔らかいスプリングの感触がある。ベットの上? 家にはベットなんてないはずなのに。


 抱きしめられたまま、キョロキョロと辺りを伺う。白い部屋に薄緑色のカーテン、それに点滴? どうやら病院にいるらしい。どうして病院にいるのだろうか。


 そうだ。思い出した。車に跳ねられたんだ。脇目を降らずに、信号を無視して思いっきり走ったら、車にぶつかったんだった。


 でもこれはママが悪いんだ。毎日毎日、嫌いなピーマンを出すから。ピーマンを食べ終わるまでクッキーを出してくれない、なんて言うから。こんな生活が嫌になって、ママに反抗して家を飛び出したんだ。


 パパとママが心配そうにあれこれと話しかける。話によると跳ねられた時に頭を強く打ったらしい。さっきから頭痛がするのはそのせいだったのか。精密検査をして後遺症がないかチェックするらしい。確かに後遺症があったら大変だ。飛び出す時はきちんと信号を確認してから飛び出さないと。


 そんなことを考えている内に、ママが目の前にトレイを持ってくる。甘い匂い。トレイの中にあるのは……クッキーだ。匂いの正体はこれだったんだ。


 食べてもいいの? とママに聞くと、ママは意外そうな顔をしながら、もちろん、と許可をくれた。事故に遭った甲斐があった。


 トレイの上には丸いクッキーとストライプの入った縞々なクッキーが乗っている。自然に笑顔が浮かんでくる。あと、よだれも。


 どっちから食べようかな。やっぱり最初はオーソドックスそうな丸いクッキーからかな。そうして、丸いクッキーを一口。サクっとした感触と共に独特な甘い香りが口の中で広がる。バニラ味のクッキーだ。バニラの甘さと程よいサクサク感がたまらない。


 こっちの縞々なクッキーはどうかな。何となく予想がつくけど。そう思って、パクリと口の中に放り込む。うん、やっぱりだ。思った通り、チョコとバニラのクッキーだ。チョコとバニラの組み合わせ。ありきたりだけど、最高のコンビだ。


 幸せな気分に浸りながら、目の前のクッキーを次々と食べていく。甘い、甘い、幸福な時間。気がつくとトレイの上は空になっていた。


 残さずに食べるなんて偉いね、とママが声をかけてくれる。全部食べるなんて当たり前だよ、と笑顔で返事をする。そう当たり前のことだ。大好きなクッキーを残すなんてとんでもない。


 今日は素晴らしい一日だ。クッキーの匂いで目が覚めて、クッキーでお腹いっぱいになるなんて。まだちょっと頭痛がするけど、些細な事だ。何の問題もない。


 ……まだ甘い匂いがする。誰かがまたクッキーを焼いているのだろうか。でも、もう食べられない。お腹いっぱいなのだ。少し瞼が重くなってきた。


 ママとパパにおやすみを告げると、再び眠りについた。




 甘い匂いがする。


 ぱちりと目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 目の前にはクッキーが。バニラ、チョコ、くるみに紅茶、ピーナッツ。丸も四角も三角も、星型まである。


 キョロキョロと辺りを見渡すと、右も左もクッキーだらけだ。視界のありとあらゆるところにクッキーが紛れ込んでいる。


 クッキーが動いている。

 クッキーが手を振っている。

 クッキーが歩いている。

 クッキーが話しをしている。

 クッキーが話しかけてくる。


 ああ、なんて幸せなんだろう。

 大好きなものに囲まれているのだ。


 不思議の国のアリスのような光景……きっとこれは夢なんだと思う。

 寝る直前にクッキーを食べたからかな。


 これはきっと、神様からのご褒美だ。大嫌いなものを我慢して食べたり、ママの嫌な言いつけを守ったり、お利口さんにしていたことに対する報酬なのだ。ありがとう、神様。


 大好きなものでいっぱいの幸せな光景。

 できるだけ長続きするようにと、夢から覚めないようにと、そう願った。


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