戦技の授業(2)
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「さて、と。それじゃあやりますか」
校則として、実践型の授業は基本的に見学が禁止されている。この為、ブライカは正規入口からではなく、屋根伝いに戦技場へと忍び込むことにした。
建物自体は修練場という名称だが、つまるところは体育館や格闘技場の一種である、
外見は円形。古代の観覧型闘技場を現代風にアレンジしたような造りとなっている。構造的に一般的な体育館とは違い、講堂としての使用は考慮されてはいない。大規模魔術の授業も時折行われているので屋根はあるが窓はない、完全な防音耐爆仕様。
それが贅沢にも校舎のグラウンドと同等の広さで建てられているのだ。
「ふふっふん、ふんふふん、ふふんふんふん、とぅんららん」
獣人種族の彼女は筋肉強化という、魔術としては比較的地味な秘術を得意としていた。
今も鼻歌交じりに強化された四肢を使い、踏み場の無い骨組みの螺旋階段に腕と足の力で上り抜き、そこから壁づたいに僅かな窪みをとらえ、張り付くようにして移動していた。その姿は風を読み、繊細な狩りの動きと、獲物に組み付き、力ずくに仕留める荒々しい猛獣を彷彿とさせていた。だが人界では文明的な衣装である制服のままなので、地上から見上げればスカートの下が丸見えなのに最近気付き、スパッツを装備することを覚えたブライカだった。
ちなみに階段が骨組みのまま依然修理が滞っているのは、遊び半分で何度も忍び込む不届き者が存在する為であり、壁にある窪みは力加減を誤った侵入者がへこましたからである。この件を知る管理者からは密かに修理費の請求が積み立てられている事を当事者は知らない。
「よしよし。今日も開いてるな……よっと」
最後の狭い通気口へ四肢を使い、体を支え滑り込ませた。そのまま天井の梁伝いに、授業の位置まで移動。蝙蝠のようにぶら下がり授業を見下ろす。
闘技場内はマーカーでいくつもの陣地が区切られていた。その大小ばらばらな格子状に分けられた陣地の中では〝戦士たち〟が闘っていた。
「こんな事ならあたしもこの授業とっておくんだった」
ブライカも戦技科目をいくつかとってはいたが、どちらかというと武器より素手の方を得意とするので、道具使用が主であるこの武術課目はとっていなかったのだ。
「……あ、エトリみっけ」
上級訓練生。その中のさらに一握り。更なる上級者が集められた広い陣地に彼女はいた。
防具を着けていない最低限の装備はよく目立つ。浅黒い肌に鬣のような髪が涼やかに流れる。
そして手には長剣。
現在そのエトリの相手をしているのは――女だ。頭部全体を覆うヘッドギアをしているが体つきでわかる。その付近にいる男は、あれはバラン・ジェラか。違う。その隣の男はあれはコズモ・ルー。その隣は女。違う。あれも違う。
エトリの周囲にいるのは、校内の有名人といっていい知名度を持つ生徒たちだ。もし仮に学園内で単純な戦闘力での最強を決める、という投票を取ったのなら、ある一人を除けば次点として名前が挙がりそうな生徒たちである。
彼ら以外にも、どの顔もブライカは名前を知ってはいたが該当する〝彼氏〟ではなかった。
「んー。さすが強いねえ」
その戦士訓練生の中でもエトリはさらに際立って切れのある動きをしている。
無駄に打ち合うこともせず、ただ怜悧に鋭く、容易く一撃を加えていく。結果エトリは踊るように優雅に。対戦相手は――残念ながらそれを追いかける牛のように見えてしまう。
対戦相手が弱い、というわけではない。むしろ一般的な教育課程で設定されている上級訓練生というクラスの基準はどこの機関でも同じものが使用されている。そして彼女を含むこの修練場内にいる者殆どが〈偵察兵〉や〈探索者〉の証を持っている。
ブライカも〈偵察兵〉の証を有しており、実戦経験もあるが、その彼女の目から見てもエトリには異彩を放つ――はっきり言って同年代としては異常な差を感じていた。
だからその結果も当然といえる。この学園で最強は誰か。
全てのものが口をそろえ、こう答えるだろう。
――エトリだ。