戦技の授業(3)
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戦技。つまり戦闘技能を磨くという授業。
魔術という個人の意思による革新の一。それは思われた。いや危ぶまれた。
個人の感情が兵器を生み出すという事実に、その撃ち方を教えないでは。そしてそれから身を護ること知らないというのは愚かに極まる。そこに在る恩恵と対をなすものを知っておくべきだというのは当然の理屈なのだから。
これは訓練である。完全な一対一が規定された整えられた戦場。
授業課題は徒手での武具攻防といったところか。その言葉は矛盾しているようにも聞こえるが、それを補完するのが魔術である。
生徒たちは性別も年齢もばらばらである。服装も各々が選ぶ、軽い運動着でまとめている。唯一の共通点がその手に棒の切れ端のようなものを剣のように握り、構える。
何の仕掛けもないただの棒である。せいぜい重さや長さが個人のイメージに沿ったものが選択されているぐらいだろうか。最低限のルールとして、それを投げたり、意味のない鈍器として殴りかかったりすることは禁じられているが。
棒というわずかな長さの物体が、武器たらんとする意志はあるか。
意思は統一する。静かに。深く。強く。不思議なことを、当たり前のように。不可能の中に在る可能性を強く信じる。その第一歩が。手に触れることが魔術という奇跡となる。
――汝は剣である。その意思が通えば柄は光を帯びて剣と成る。
無機物の変容というより、魔力の物質化を本題とする授業である。進化という連鎖する生存が、意思による奇跡が意味を上乗せしているのだ。
其の形の多くが剣である所以は、戦うための力のイメージとして容易な、それこそ古代から受け継がれてきた象徴といえる形だからであろうか。
そして身体には見えない鎧。魔術世界最大の恩恵となる変容の法則。
〈套紋〉。意思の無きもの此れを侵すべからず。〝新しき〟人の皮膚となる、魔術師の肌。
新しき魔術師となった人種族は〝護られている〟という意識の負荷を感じることなくこれを備える。発達した科学兵器ではなく、なぜ彼らが剣を扱うのか。その答えがこれである。
触れるという意思。他者への接触、干渉という行為において。法則が変わったのだ。
銃弾などといった飛来物、意思の担い手から離れた物体の侵入を阻む意思の鎧。強化された生存本能の具現という到達点。つまり人は銃弾では死なない。殺せない。無論例外はあるが。
この場において一人も携帯火器をイメージする動きはとってはいなかった。
これが現代の戦士の基本なのである。護る意思を徹すれば銃弾さえ無効化する。ならばそれを破れるのは意思の刃であるというわけだ。
今現在は魔術の光刃も可視できる程度にしか具現化されていない。これならば斬られた所で、斬撃に等しい威力は出ない。
「くっ……はっ!」
エトリが〝斬った〟相手が気合の声とともに跳ね起きた。そのまま右へ、左へ。エトリの周りを旋回する。惑わせるような足運びでエトリの死角を狙っていた。
「この動きは……」
実に見事に体を捌く。足音を消し、一歩の動きで倍以上の距離を跳んでいる。
対してエトリはその動きを目で追うことなく、視界の有効範囲二百度をそのままに、視野から逸れた残りの百六十度を、感覚という練磨の目で捉えてた。
「……――」
ブライカの髪に隠されていた耳がぴんとはねた。目を閉じ、自身が知る〝エトリの戦い方〟を脳内に描いた。
仮にエトリの相手が平均的な〈偵察兵〉クラスであると仮定し、その動きをなぞる。
円の動きはその範囲を徐々に狭めてはいるが、まだ間合いからは遠い。
エトリに動きがないと見るや、背後で歩みを止めた。視界から確実に逃れるこの角度こそ正解だと思うか。否。真背後は正面と同じ。迎え撃つことを定めるならば絶好の角度である。
背後という〝見えない〟位置は手札と手数の差が如実に表れる。
これまでの打ち合いから彼我の差を素直に認めたのか、ここからさらに角度を調整。エトリは右手で剣を持ちその剣先は地面をむいていた。型としては防御とカウンターを狙う構えか。ならばと対してその左手側。左後方に勝機をかけた。
「――」
一呼吸。踏み込んだ音は聞こえてこなかった。だが二歩目の足はあえて強く踏み立てた。一歩目を殺すことにより、瞬間的なブラフをかけたのだ。さらにその軌道も直線ではない。蛇が腹這うような低い蛇行。
その体が戦いの領域へと到達した。
腕を伸ばし、剣を槍のように押し込める刺突の先制。踏み込みの足は強く鋭く速く。頭が槍。続く全身はそれを送り込むためだけに存在する射出機。それが直線という打を放った。
一点に差し込まれた堰を穿つ激流を受けるエトリ。体勢は乱れない。
一度目の打ち合い。強く込められた力の意思。その芯という点を狙い、払い流した。突き出された剣先の軌道をこれで殺した。そこまでは想定していたのか身体をわずかに泳がしながらも、刃を挟む柄の反対側に新たな刃を生み出す隠し剣。これが本命か。
だがその剣は振るえない。狙える範囲にすでにエトリはいないのだ。
「くっ……!?」
静かな焦りがブライカの耳を叩いた。迫る脅威に本能が察したのか、がむしゃらに周囲を薙ぎ払った。それが偶然にもエトリの進撃を防いでいた。終わりの一撃が未然となる。
剣を打ち合ったことで瞬間的な静止が挟まれた。次に続くのは息もつかせぬ攻防だろう。
「――だあっ!」
天井高くまで届く気合の声。
そこからは速さのみを競う剣戟が繰り返された。呼吸すら忘れて先の先の一手を狙う。それを読み違え、耐えきれなくなった方が斬られる。打ち鳴る火花を散らせ、一瞬の瞬きとともに次の一撃を放つ。
音は一太刀ごとに速さを増していた。
「んー……」
塞いだ視界。聞こえる音だけがここまでの予測に正解を告げていた。
だがここでブライカの予期しない音が混ざり込んだ。記憶という想定で描かれた予測と実際にエトリが実現させている動きに誤差が出ているのだ。
これこそが現在のブライカとエトリの差である。
そこからは早かった。ブライカの予測と現実との誤差が広がっていく。
「ぬ……!」
依然目を閉じているのにも関わらず、エトリと目が合ったような気がした。高まった集中力はこの場全てを見通しているのか。その照準の広さは対人戦の範疇ではない。
ブライカは目を見開いた。眼下の陣地ではエトリが一撃を加えているところだった。
「――さすが」
それでも打ちあう段階まで耐えることができたのは惜しかったと思う。彼女とて校内で無名の存在というわけではないだろう。やはりそれでもエトリの実力からは、遠い。
魔術の才といのは人の生きるという意思そのもの。
例えばこのブルツ・アリス学園・魔術補は魔術師や戦士を専門的に養成する為のものではない。それでも将来的に軍への志願や、個人での請負代行業を進路として考えている者も少なからず存在している。
そうした魔術というフィールドに対して武力という道筋を以って進む彼らたち。
どの分野でもそうだが才能や人脈、経験、種族。そういった早期に成長機会を得ることができた者は、学ぶことにより専門性を身に付けた者と比べ、水準的には何ら劣ることはない。それどころか平均的な行程を辿る者よりも、尖った成果を求められる分、突出した才を開花させることすらある。
この場という機会。この学園というたった数年の巡り合わせもそうなのだろう。
それはある意味、幸運なのかもしれない。いかなる努力、知略、あるいは奇策を弄しようとも今この場では決して届かないという壁。その存在を肌で感じるということは。
そして選択肢が与えられる。
このまま進むか。それとも別の道を模索するか。
今の敗北を乗り越えるのか、それともさらに己を深く知るための新たな旅を選ぶのか。
何れにせよその場で選んだ答えは、この先にも続く数多ある問い掛けの一つでしかない。どんな重要な難題であれ、ここはただの学校であり、未来を迷うことが許された場なのだから。




