迷宮と邂逅(5)
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格闘術における思想が成した執行の流儀――それが型。
極限まで無駄を削ぎ、万の手番から唯一つの流れへと導くことを極意とする。
だが流動的に荒れ狂う闘争は不確定要素の嵐。そこから微かな好機を手繰り寄せることは果てしなく困難だった。
あらゆる試行錯誤が歴史を作った。他者を倒すという原始的な目的の為に。
限界を感じた戦士は武器を取り、長さと重さを速さを獲得した。
そしてさらに魔術による革新。人の限界というものが大きく様変わりした。
だがその思想ははるか前。
枝が伸びる前、幹を成すよりも前。生まれた種より変わる事は無かった。
短く。
鈍く。
遅く。
それは既知だ。変えようがないことは知り尽くした。
だからこそ、その全てを以てして、迷いなき早き一歩を。
短いのならばより近くに。
軽いのならば採択の力学と脆弱を探す目を。
遅いのならば――継続という執念によって目標が音を上げるまでただ繰り返せばいい。
「避けきれない……!」
それは相対するなら悪夢となる。
かわしたはずの拳が視界から消えてくれない。それどころか確実に軌道は修正され、精密な追従となって彼女の眼前に描かれていた。
腕が伸びている。そんな稚拙なトリックを疑いたくなるが、事実はもっとも単純なものだ。
初動の速さ。そしてそれを超える予知の加速。
一瞬先を見切り、直線的な最短距離を恐れず踏み込む。
言うは易しだが、慎重という重りと数多の選択肢による僅かな迷いは、最適な反射行動を鈍らせる逡巡の鎖となってしまう。
この拳にはそれがなかった。
間違えることへの恐れを無視するように、過信の様な確信を繰り返していた。
「はっ!」
エトリはなんとか剣を〈黒鉄〉の拳に強引にぶつけ勢いを殺し、後ろへと下がった。
今はこれしかできない。
防御を無視した攻性交差は相手に分がある。
一の攻撃を許し、二の防御を捨て、三の攻防から見切り、そして四の反撃を確定させる。
平面的な周回遅れの背中を捉えた途端、Z軸からの逆転を許すかのような不条理。
抜け道の様な最短と最適によって距離は削り取られていた。
「やれやれ、これは難題だ」
状況は徐々に狭まりつつあった。幾つもの過程をたどりながら一つの結果に収束してしまう。
歴戦の魔術師とは、たとえ未知の戦いであっても最適な攻防を無意識にこなす、言うなれば自動化された兵士である。
手札を元に有利と不利を比較。突破口となる糸口を探し、こじ開けるという戦いの基本があるからこそ劣勢を感じた時でさえ、ただの敗北へ至ることはない。
だからかみ合わない。
相手をねじ伏せるための戦いではなく、プロセスのみを最優先とする、まるで自傷と相殺を繰り返すかのような異常な歯車の戦術とは相性が悪い。
〈超翅〉の速さという優位性は揺らいではいない。だがそれだけでは意味を成さない。
エトリの五割程度の力でも〈黒鉄〉の防御を破ることはできるだろう。だがその巧みな回避と防御術によって一割ほどの力まで抑え込まれていた。
「継続機関・精緻強靭の〈黒鉄〉……というところか」
これを破らねばエトリに勝利はない。
「ないなら、つくるしかないが。さてどうするか」
すでに魔術と剣技を混ぜた構成は通じなくなってきていた。
もともと初撃にしか最大効果はない、そういうことも出来るのだと思われてしまえば警戒もされようものだ。そもそも命に執着しない戦いをこなすのならば、警戒というウエイトには期待できなかった。
「ひょっとしたら、こういうのがワンダリングアポートなのかしらね」
その言葉は今なお存在が証明できない神秘の奇術を指す。つまりかつての魔法であり、現代で魔術が生まれてもなお未解明として証明できぬ奇跡の座を揺るがぬもの。
無論ただの体術が神秘であるはずはないのだが。
「相性が悪い事は疑いようがないか」
エトリは流れるように刺槍の構えを取った。
剣でありながら、斬るという狙いを捨て、刺突の一撃に賭ける。
魔術師の戦闘はその手に握られた武器の形状にこだわることはない。
盾で斬撃を放つことも可能であり、棒で奏でることもできるだろう。そして間合いという距離の概念すら意思の力で変化する。
「ッ――!」
地を蹴るストライドは軽く静かに。踏み出した最速の一歩が空気の壁を貫いた。
「――セッ!」
剣を握るエトリでさえ慎重な制御を要する疑似的な瞬間移動ともいえる最速の〈超翅〉は、ただの体術ではたどり着けない領域への加速を実現した。
だが射出された矢の如き一撃は、何かに弾かれたかのように受け流されていた。
〈黒鉄〉を数歩通り過ぎた位置で急停止し、エトリは構えを解かぬまま振り返った。
銃がいつの間にか握られていた。一度収めていたものだろう。
「抜き撃ちか」
撃った瞬間は見えなかった。それともまだ撃つ前か。
推測する。急いで考える。想像する。何が起きたのかを。
次の一手は同じ結果の再現となるだろう。
それが答え。示される前に問題を明かさなければ解を否定することが出来ない。
結果から反転する。物差しを新たに引きなおすために。
――早く!
交差の間際。瞬間的に接点を結ぶ位置を銃口で狙われた。
同時に放たれていた弾丸が火花を散らし表面を削る。
だが何かを破壊することはない。破壊や貫通ではなく、作用として交わる運動力の軌道を変えられた。
「えっ――!」
瞬間に見えた。受け流しながらもその銃口はエトリをむいていた。
剣の軌道を道連れにしたのは発射された弾丸だけだ。
依然銃口は隙を見せたエトリを狙っていた。
遠くのものに破壊力を向ける銃というものは、人を制することに向いていない――道具。
軍も警察も犯罪者もその道具を当てにはしない。
当然だろう。その役割は魔術とその力を込められし魔導具が果たすのだから。
だがエトリは知っている。銃弾で人を殺すことの出来る方法を。
それは接触射撃。接射。ゼロ距離射撃と呼ばれるものだ。
銃を距離を縮めるためではなく、間近にあるものに対し、ねじ込む状態を構築する為に放つ。
これにより〈套紋〉に阻害されることなく、射出物としての本懐を通る、単純な理屈としてこの法則は成り立つ。
そしてそれが仮に魔術発動の瞬間に起きた場合。
自身の内部意思から離れ、形を成して世界に顕現するという自己ではないエネルギーは誘爆のようなカウンターが起きてしまう。
この使い方であれば銃という道具は兵器として成り立つことになる。
――しかしいくつもの欠点がある。
その道具は銃弾を用意し引き金を引かねばならない。しかも銃口を直接当てるという手順すらある。そんなことをするぐらいなら筋力を強化しナイフで突けばいいのだ。
つまり論理は存在するが、実用性はない。淘汰の対象となった過去の産物。
しかし可能とするスキルさえあれば、接近戦のみとはいえ戦場において攻撃の手段のひとつとなる。
「っ――!!」
慎重に、神速で紡がれた集中を以て銃口が狙うその位置の魔力の流れを静止させ、さらに高密度の防壁を外部へと広げた。
全力疾走のさなかに瞬間的に心臓を止めたようなものだ。
迎える射撃とのタイミング誤差による死は覚悟した。
銃声。
なんとか狙いの範囲に収まった。それでもただの銃弾の一発がエトリを大きく弾き飛ばしていた。
屋上のフェンスを突き破り、エトリを夜空高く蹴り飛ばしていた。
「ああ――!」
眩んだように視界と意識の距離が混然となり、全身に疲労と痛覚のしびれが襲っていた。
今のは危なかった。乱れる防性魔力を急速に抑えるために、一度〈套紋〉を破棄するか、時間をかけて整えるか迷った。
「……!」
瞬間的に〈套紋〉を破棄。
光る花粉のような発光がエトリの身体から零れていた。それが小さな破裂の風となりエトリの軌道が流れていた。
「ふう……」
僅か一呼吸をついた。
追撃はこなかった。落下中とはいえ、音速の弾丸であれば確実に狙えるはずなのに。
再度〈套紋〉を形成を感じた。
待っていたかのように一呼吸遅れて銃弾が命中した。
当然遠距離からの弾丸は何のこともなく魔術障壁によって防がれた。
エトリの回復を待ってから狙ったのだ。
「うわ……腹立つ――」
認めるしかない。
エトリにはまだいくつも手札は残っていた。
だがその全てを破棄するしかない。
それらはすべて無駄になる。
「このままできるのはここまでか……。さて、どうするか」
久しく強敵というものに巡り合ってはいなかった。
学園ではどうやら教師すら凌ぐ天才魔術師だとか呼ばれているようだが、それは違う。
エトリは強い。だが最強ではない。
千載一遇の勝ちをどのように相手に押し付け奪い合うか。彼我としての力の強さや魔力の高さなどは要素のひとつでしかない。
例えば運が良ければどのような劣悪な戦況であれ悪魔に護られるかの如く生還を果たすだろうし、またその逆も起こり得るだろう。
勝敗とはそんな九十九のどうでもいい重要なことによって変化するのだろう。
そしてエトリはお綺麗な騎士を目指しているわけではない。
〈晄騎〉が死のうが、無辜の民がいくら死のうがエトリにはどうでもよかった。
死なない。工夫する。生き続け、逃げ続け最後の勝利者となる。ならなければならない。
その使命だけは果たさなければならない。
エトリという少女は強かなのだ。
強かとは単純に力が強いという意味ではない。
願いが強いのだ。
「……よし」
回復は済んだ。エトリは態勢を立て直し空を蹴った。
再び挑みかかるため舞い戻る。降りかかる銃弾など無視した。
「これを見せる気はなかったんだけど」
握る柄に力を入れた。
これはエトリが魔術師としての身に着けた奥義ではない。
外から望む術ではなく、これは技だ。
彼女の親から、さらにその親からと脈々と築かれた戦いの形骸。
受け継がれた今の少女は、ただひたすらその為の形を身に着け、その後でエトリという少女となった。
一子相伝の極意は一刀の鋼で等価以上を断つという矛盾鏡面の一法。
系譜たちにより幾度も踏み入れた死地で振るわれ、是絶てぬもの無しと無敗を鍛えられた。 二度を見た者がいないからこそ今エトリという少女の人生は繋がっているのだ。
速く、容易く、必ず殺す。
その先にいくつもの枝葉が飾られようとも、原点となった理想の形は揺るがない。
塔の頂上にて。
こちらから挑む事は無い。
十秒。
時を待とう。
その技の発動にかかる時間ではない。
難しい事ではないからだ。ただ無心で剣を振るえばその形は顕在する。
故に待つことの意味は回答できない。ただいつもその剣を放つ前にエトリはただ待った。
八。
九。
――。
「崩珂無段」
〈超翅〉は使っていない。それどころか魔力は込められてすらいなかった。
揺るがぬ静寂。
激流を見せるのではなく景色の中に溶けた影のような初動。
違和感のない緩やかな変化は、肌をなでる微風の様な柔らかさの中に隠されていた。
夢幻拍子・崩珂無段。
打った本人すら意識することのできない結果だけが残ることとなる一つの波。
その為の機械は最適な義務を果たす。
その為の機械は他すべてを不要とする。
その為の機械は想定の結果しか残さない。
それこそが、それだけがその意味であるかのように。
その為の機械は――
――躱された。
「何ッ――!?」
エトリは完全に驚愕していた。それは起こるはずのないものだ。
あれは奥義だ。近接戦闘におけるエトリの切り札。
それが深手を負わすこともなく、ただの一度目で見切られた。
機会はなかったが、〈獣〉も、〈晄騎〉ですらあの技で殺せるはずなのだ。
起キテナナラヌコトナノダ。
その意味は否定され、造られた人生ハ失敗シタノダ。
「なんと……」
2020/04/12【投稿】世の中安定しないので、何を書いても死亡フラグっぽく見える件。まあとりあえず今のところ多分元気です。




